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第3部
第2話 契約
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二月二十一日。
いつしか寒さが支配していた環境も、木々が色付き始めるにつれて少しの暖かさを連れている。少しばかり思いを馳せるこの世界にも、もう一度夏の原を駆け回りたいと願ってみたり。
叶わないそれらには、既に諦めを超えた呆れが根を張っている。
宣告された余命は、担当の医者によると六年。しかし、その中に安息などは無かった。ただ一歩でも体に負荷を与えようものなら、いつ消えてもおかしくない命の灯火らしい。
最後に悲しい結末を用意した恋愛小説のような気の利いた展開は無く、きっと私は身内に見守られながら旅立つのだろう。
ろくに学校さえ行かず、無機質な白が支配する部屋で一人孤独に巣食う。そんな生活を続けて何年目だろうか。
なんとなくだが、十七年生きてきた中で、その半分がここに居座っている気がする。
戸の開く音。すぐに気付くことが出来たのは、きっと五感のほとんどが使い物にならなくなっているからだろう。動かなくなった身体では天井を見つめるだけで、嗅覚も塞がれてしまっている。
「綴起きてるか?」
「兄ぃ……」
「どーよ体調は」
「全然良くならないね」
現在この身を蝕む病は、そう簡単に安息を与えてはくれないらしい。あまりにも無慈悲なそれは、何度も自身を奈落へと叩き落としてきたのだ。
自己免疫性後天性凝固因子欠乏症。
体内に存在する血液の凝固因子が極端に減少し、あらゆる部位に傷が付きやすくなる。凝固因子が少なくなるということは、当然止血が困難となるのだ。
この病を完全に治療することは困難らしく、一番に求められるのは身の安息である。
他にも色々と患っているが、それらは次第に治療ができるらしい。先程の病が理由で薬の投与が出来ないものもあるというのだが、結局それも寿命を早めるだけなのではないかと子供の思考ながら考えてしまうのだ。
しかしまぁ、今は不安を模索するよりも家族との時間を噛み締めるとしよう。こうして顔を合わせるというのも、なかなか困難なのだから。
「兄ぃ仕事は?」
「有給取ってきた。土日に来るとアイツらに会うかもしれないし」
「……まだパパたちと喧嘩してんの?」
「当たり前だろ。兄ちゃんはDRじゃ無くなった今でも仕事は辞めないし」
兄の宗二は、両親の反対を押し切ってDRへの就職を決めた。それ故に家庭の関係は壊れる一方を辿り、成人と共に追われるよう家を出た。
隊員としての功績は残念だったが、頭脳の面で採用を受けて研究員という形で就職。今は悪魔学だとかの胡散臭い研究をしているとか。
「……兄ぃは、さ。なんでDR入ったの?」
視線の先で見下ろす兄へと言葉をかける。これは何度も聞いた質問であり、帰ってくる言葉は分かっていた。繰り返し問う理由は、その答えが安心をくれるから。
「みんなを守りたいから」
「……そうだよね」
「って、いつも言ってたけど実は違う」
そのとき、違和感が襲う。兄がいつもの質問に同じ答えを出すという、たったそれだけの明白なやりとりだ。その先に、真の理由なるものが存在していたという。
「なにそれ……いつもと違うじゃん」
「そうだな、いつもと違う。ずっと隠してたから」
「それじゃ、本当の理由は?」
「……綴を助けるため」
兄は、淡々と語った。その言葉の真意を。
「乃鳥支部に配属されてから、三課のメンバーが一人死んだ。でもその人は悪魔を食べて生き返った。だから悪魔を上手く使えば、綴の病気を治せるって確信した」
「そんな事が……」
信じられないが、兄が今ここで嘘を語る理由もないだろう。ましてや自身を救いたいとまで言ってくれたのだ。疑うわけにはいかない。
「兄ちゃんはもう準備出は来てる。ただ、綴が断るなら強要しない」
迫られているのは、己の命を普通へと戻すか否か。当然イエスと答えたいのは山々だが、いかんせん心の準備というものがあまりにも行き届いてなさすぎるのだ。
「もうちょっと、考えさせて……」
「……分かった」
病床の並ぶ建造物の屋上にて。一人の男は、その姿と肩を並べて風に当てられていた。
「答えは聞けたか?」
「少し考えさせてくれって言ってた。悪いね、待たせて」
「いや、構わん。それ相応の対価さえ貰えれば、我もあの子にも悪い話じゃない」
「……もう一度、契約内容を確認させてくれないか。『アスタロト』」
三代支配者が一人と契約を交わした男が、そこには居た。その場に顔を向かい合わせる双方は、真剣な眼差しを飛ばす。
「我があの子の身体を一時的に乗っ取り、病状に蝕まれた部位を健康体へ再生する。その代わりにお前は対価を我へ献上する……間違ってないな?」
「一つ、答えて欲しい。僕は何を差し出せば良いのかを」
悪魔との契約。それ相応の覚悟は持っているつもりだが、やはりハッキリさせないと精神に悪い影響を及ぼしそうで恐ろしい。
アスタロトはその言葉を返し、要求を語った。
いつしか寒さが支配していた環境も、木々が色付き始めるにつれて少しの暖かさを連れている。少しばかり思いを馳せるこの世界にも、もう一度夏の原を駆け回りたいと願ってみたり。
叶わないそれらには、既に諦めを超えた呆れが根を張っている。
宣告された余命は、担当の医者によると六年。しかし、その中に安息などは無かった。ただ一歩でも体に負荷を与えようものなら、いつ消えてもおかしくない命の灯火らしい。
最後に悲しい結末を用意した恋愛小説のような気の利いた展開は無く、きっと私は身内に見守られながら旅立つのだろう。
ろくに学校さえ行かず、無機質な白が支配する部屋で一人孤独に巣食う。そんな生活を続けて何年目だろうか。
なんとなくだが、十七年生きてきた中で、その半分がここに居座っている気がする。
戸の開く音。すぐに気付くことが出来たのは、きっと五感のほとんどが使い物にならなくなっているからだろう。動かなくなった身体では天井を見つめるだけで、嗅覚も塞がれてしまっている。
「綴起きてるか?」
「兄ぃ……」
「どーよ体調は」
「全然良くならないね」
現在この身を蝕む病は、そう簡単に安息を与えてはくれないらしい。あまりにも無慈悲なそれは、何度も自身を奈落へと叩き落としてきたのだ。
自己免疫性後天性凝固因子欠乏症。
体内に存在する血液の凝固因子が極端に減少し、あらゆる部位に傷が付きやすくなる。凝固因子が少なくなるということは、当然止血が困難となるのだ。
この病を完全に治療することは困難らしく、一番に求められるのは身の安息である。
他にも色々と患っているが、それらは次第に治療ができるらしい。先程の病が理由で薬の投与が出来ないものもあるというのだが、結局それも寿命を早めるだけなのではないかと子供の思考ながら考えてしまうのだ。
しかしまぁ、今は不安を模索するよりも家族との時間を噛み締めるとしよう。こうして顔を合わせるというのも、なかなか困難なのだから。
「兄ぃ仕事は?」
「有給取ってきた。土日に来るとアイツらに会うかもしれないし」
「……まだパパたちと喧嘩してんの?」
「当たり前だろ。兄ちゃんはDRじゃ無くなった今でも仕事は辞めないし」
兄の宗二は、両親の反対を押し切ってDRへの就職を決めた。それ故に家庭の関係は壊れる一方を辿り、成人と共に追われるよう家を出た。
隊員としての功績は残念だったが、頭脳の面で採用を受けて研究員という形で就職。今は悪魔学だとかの胡散臭い研究をしているとか。
「……兄ぃは、さ。なんでDR入ったの?」
視線の先で見下ろす兄へと言葉をかける。これは何度も聞いた質問であり、帰ってくる言葉は分かっていた。繰り返し問う理由は、その答えが安心をくれるから。
「みんなを守りたいから」
「……そうだよね」
「って、いつも言ってたけど実は違う」
そのとき、違和感が襲う。兄がいつもの質問に同じ答えを出すという、たったそれだけの明白なやりとりだ。その先に、真の理由なるものが存在していたという。
「なにそれ……いつもと違うじゃん」
「そうだな、いつもと違う。ずっと隠してたから」
「それじゃ、本当の理由は?」
「……綴を助けるため」
兄は、淡々と語った。その言葉の真意を。
「乃鳥支部に配属されてから、三課のメンバーが一人死んだ。でもその人は悪魔を食べて生き返った。だから悪魔を上手く使えば、綴の病気を治せるって確信した」
「そんな事が……」
信じられないが、兄が今ここで嘘を語る理由もないだろう。ましてや自身を救いたいとまで言ってくれたのだ。疑うわけにはいかない。
「兄ちゃんはもう準備出は来てる。ただ、綴が断るなら強要しない」
迫られているのは、己の命を普通へと戻すか否か。当然イエスと答えたいのは山々だが、いかんせん心の準備というものがあまりにも行き届いてなさすぎるのだ。
「もうちょっと、考えさせて……」
「……分かった」
病床の並ぶ建造物の屋上にて。一人の男は、その姿と肩を並べて風に当てられていた。
「答えは聞けたか?」
「少し考えさせてくれって言ってた。悪いね、待たせて」
「いや、構わん。それ相応の対価さえ貰えれば、我もあの子にも悪い話じゃない」
「……もう一度、契約内容を確認させてくれないか。『アスタロト』」
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「我があの子の身体を一時的に乗っ取り、病状に蝕まれた部位を健康体へ再生する。その代わりにお前は対価を我へ献上する……間違ってないな?」
「一つ、答えて欲しい。僕は何を差し出せば良いのかを」
悪魔との契約。それ相応の覚悟は持っているつもりだが、やはりハッキリさせないと精神に悪い影響を及ぼしそうで恐ろしい。
アスタロトはその言葉を返し、要求を語った。
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