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第1話 運命のはじめまして
しおりを挟む※上の4コマは本編と何の関わりもありません。載せるところが無いのでねじ込んだだけです。
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それだけは、自分が唯一誇れる感覚だった。ただ他人の都合のいいように物事を進め、事あるごとに「どちらでも」「あなたの好きな方を」と口にした。
きっとこの方法なら誰も傷付かず、傷つけずに生きていけると思っていたから。
いつしか誰かの思い通りを作る天使でも気取っていたのだろう。
それでも常に何かが空虚を造り、胸のあたりがひやりという温度で何度も繰り返す。
「本当にそうなのか」と。
「すまないね、放課後に面倒なことを頼んでしまって…」
空調の整った一室にて。多くの職員が藁半紙に記された黒鉛と睨めっこをしている16時を過ぎた辺りの事だった。
「いえ、私は部活にも入ってないので全然大丈夫です。それに、小野屋先生も忙しいと思うのでこれくらいはお手伝いさせて下さい」
近々70代を迎える、白髪が目立つ担任兼日本史担当の小野屋先生は期待の眼差しをこちらに向けていた。
そんなに人が良い訳でもないと思うのだが、社会貢献の類をしているという自覚はある。それに自惚れては本末転倒もいいところなので、自制心に仕事をさせる事にした。
合計冊数がかなりのものとなる学校配布の問題集を教室へ運ばなくてはならない様で、何度も往復することが強いられるらしい。さらにその距離は長く、少々時間が掛かるかもしれないと踏んだ。
「ここの階段嫌いなんだよなぁ…なんか傾斜っぽくて…」
愚痴を零しつつ、1度目の運搬を終了。手ぶらで来た道を引き返す。
静かな建物の中に、聞こえるのは自分の足音だけだった。それがなんとも心地よく、いつまでも直線上に歩調を進めたいなんて思ってしまっていた。
そして突き当たりの角を右に曲がり、より一層人気のない廊下を踏み締める。しかし、唐突ながら何故かこの先には進みたくない様感じる何かがあった。そんな違和感の原因も、すぐに理解を強いられる。誰かの声が耳に届いていたから。
「うぅ…大丈夫…誰も来ないって…ねえ、集中してよ…んッ…」
「ちょっと待てって…なんか今足音しなかっ…あっヤバイ…」
別に、経験があるわけでも無ければ特別聞いた事があるわけでもないが、『何をしているのか』を鮮明に理解してしまう自分がいた。勿論高校に上がれば聞いたことくらいはある。その様な声がなにを示唆するのか…
教員に伝えるべきか、いや、知らないフリをした方が良いだろうか?
そんな事を考える脳とは別に、身体は踵を返し廊下の角を曲がっていた。何故か自身にある羞恥という概念が、この場から逃げるという選択肢をお勧めする様だった。
「なっ…なんであんなところで……⁉︎」
動揺から生まれた下半身のバランス崩壊は思ったより深刻な様で、己の身をその場に投げ出す事になる。そして、少し血の気が遠退き視界を歪めていた。静かな棟で盛大な音を立てたのだから、このまま目撃者として尋問でも受けるのだろう。
モーニングコールは、軽快なミュージックだった。それと同時に己の眼は、汗水を垂らす1人の姿をぼやけた視界の中で捉えていた。
「……あぁそうだ…運ばないと…」
第一声がこれだった。無意識だとしてもアンドロイドの一種かと言って騙せそうなレベルである。
「仕事熱心なのは結構だけど身体には気をつけてね」
スマートフォンから流れる音楽を止め、水分を含ませたタオルを額に押しつける少女は語った。
「…あれ⁉︎私何でこんなとこで寝てるの⁉︎」
意外だった。自分にもこの様な大きな声が出せるという事にだ。
「君が廊下で寝てたから連れてきたんだよ。あんなところで寝るなんて才能だとは思う…けど自分を大切にしないと。襲われても何の言い訳も出来ないぞ?」
「襲…そうだ……確か私、アレから逃げて…」
すごく嫌な記憶の思い出し方な気がしたが、どちらにせよもやもやとしたものが渋滞するよりはマシなのではないだろうか。そんな思考の向こう側で、彼女は続けていた。
「それより早く帰ったほうがいいんじゃないの?時すでに18時だけど」
彼女は荷物を鞄に詰め込み、代わりに取り出した制服を着て教室を後にしようとしていた。
「あ…あの…今日は助けて頂いて…その…ありがとうございました。私、七海蕣っていいます」
「別にいいよ礼なんて。同じ歳で畏るの苦手なんだ。あ、私は時雨宮古だよ。ほら、帰ろ?」
差し伸べられた手に、何か優しい抱擁感の様なものを感じた。
陰鬱な気分でガラス張りの扉を抜ける。昨日という情報量が多すぎる日を忘れきれないのだ。とりあえず1番の気がかりは何も言わずに帰ってしまった事に対する小野屋先生への謝罪だろう。
「はぁ…」
溜め息、というものも何度目なのか数えるのは諦めている。私は、他人の意見に便乗する。そんな特技とも言えないものを持っている。というのも、自身の選択を全て「どちらでも」「あなたの好きな方を」と答えてしまう癖があるのだ。自分の選択で誰かの理想が崩れるなら、それは自身の不幸だと思う。勿論、自分にもしたい事の一つや二つは必ずある。しかしどうでもいい事は全て他人任せなのだ。
特に眺めの良い訳でもない定位置となる窓際の席に座り、扉を開ける小野屋先生に目をやる。HRが始まるようだ。
「朝からこんな話はしたくないのですが、昨日校舎内で不純異性交遊を行った生徒がいるというらしいのです。今朝、B棟の空き教室で証拠品が回収されました」
普通に、普通にその言葉を聞くのが嫌だった。何か特別な事柄がある訳でもないが、何故か気分が悪くなる。
「せんせー、昨日私それ見ましたぁ。あの教室でセックスしてたの『七海』ですぅ」
「………え?」
不適な笑みを浮かべる1人の視線がこちらを向いていた。それに合わせ、乾いた一言を発する。
「いや…信じたくはないんだが、七海は昨日、途中で居なくなってしまったからな…」
生徒指導室。自分とは無縁だと思っていたのだが、何故か今パイプ椅子に腰を下ろし体のあらゆる部位を硬直させている。
「…それで、相手は誰なんだ?早めに話してくれれば停学で済むかもしれない。これは君の為だ…」
胸の辺りを撫でる空虚な感覚とは、これだったのかもしれない。今こうしている自分の、あまりの無力さというそれだけ…
『ちがう』の3文字すら口に出せない無力で非力で情けない自分という存在たったそれだけ——
「やめなさい!今ここは取り込み中だから!あぁもう‼︎」
金属の擦れる音と共に勢いよく立て付けの悪い扉が開く。そこに立っていたのは、先日出会った少女。時雨宮古だった。
「相手……私です」
「…は?」
ピリピリとした発言と共に部屋へ踏み入る時雨宮古は、小野屋先生の横に立ち繰り返す。
「だから…私が彼女と———」
「ちょちょちょっとまってなに言ってるの時雨さん⁉︎」
唐突に訳の分からない事を口走る時雨宮古の抑制に走る。庇ってくれてるのに状況がなにも変わってなかったからだ。
「昨日空き教室で私は2時間の間ずっと踊ってました。これがその録画…練習を始める前に彼女が倒れているのを回収し、こちらで看護。それらの一部始終です。」
簡易の長机に叩きつけられたスマートフォンには、動画時間2:14:37と表示されたものが提示されていた。早送り再生をしていても、机に寝そべる私の姿が見切れる事はなかった。
その後釈放された私は、先頭を歩く時雨宮古に連なり歩く。
「とっ…時雨さん…昨日に続いてまたご迷惑を……」
「…あのさ。言いたいことは色々あるけど、今はもういいよ。色々あるだろうし、放課後もう一度話そう」
そう言うと時雨宮古は1-A教室へと姿を消した。別に怒っていたような気配はしなかった。だが、それがどのような感情なのかを知ることは安易だった。
それは、呆れだ。
「…蕣ちゃんってさ、他人が幸せならそれでいいだろみたいな思考してるでしょ」
「…そう……なのかな?誰かにとっていい結果になるなら、それはその人に委ねるべきかなって思うけど…」
何度も見慣れたガラス張りの玄関に夕陽の入り込む時間帯。この人気のない空間が、昨日をフラッシュバックするが見ないフリをする。
「…じゃあ、さ。蕣ちゃん含む全員にいい結果になることすればいいんじゃない?今のままだと『幸せの裏には必ず不幸』でしょ?今日もそうやって誰かの代わりになったせいで冤罪食らったんだからさ」
「そんな都合のいいこと…」
校門を出て左側のルートを辿り、駅まで行く。そう。行きたかったのだが。
「まあそれが有……」
「もー遅いわ宮古。仕事遅れるでしょ?」
唐突に投げかけられた言葉に肩を震わせた時雨宮古は、冷や汗を垂らし「やべっ」とだけ呟いて私の左手を強く握っていた。
「逃げるよ蕣ちゃん‼︎」
「え⁉︎ちょ…ちょっと待っ……‼︎」
「え⁉︎どこ行くの宮古⁉︎」
唐突なスタートダッシュに体力を使い果たし、時雨宮古に惹かれるまま15分ほど進んだ後に何故か私達はカラオケボックスに入っていた。
「ほんとごめん‼︎お金は全部出すからちょっとだけここに居よう⁉︎」
「はぁ…はぁ…一体なんなんですか⁉︎あの人は…」
ドリンクバーにて注いだ烏龍茶を一気に飲み干し、息を整えながら問いかける。
「…私の所属する事務所『Quartetto』の事務で私のプロデューサー的な人。私が仕事したくないからって好き勝手逃げ回ってるだけだよ…」
「…え⁉︎Quartettoってあの雑誌とかでよく見る…」
Quartettoは、小企業ながら有名誌に身を乗り出すモデルの排出を何度も行なってきた事務所だ。そのような場所に彼女は所属しているという…
「ごっごごごごめんなさい‼︎私全然知らずにすごい簡単接してましたぁぁ‼︎」
「…なに言ってんの?私みたいに無名な…ていうか仕事いっぱい断ってきたんだから知ってる人がいる訳ないじゃん。ほら、お金勿体ないし歌わないと損だよ損。ほらマイク」
「心理なんてぇーどうでも良かったんだぁぁぁぁぁ‼︎過去を羨むなんてぇ当たり前だろぉぉぉぉぉ‼︎」
ものすごい声量で歌う時雨宮古。ずば抜けでブレスが強すぎる。
「はぁーっ‼︎スッキリしたぁ…蕣ちゃん、次はデュエットでもする?流石に歌わないのは勿体ないよ⁉︎」
「うぅ…私ヘタクソだし…なんか怖いです」
大丈夫とサムズアップを決める彼女の笑顔に何かをもらった様な気がした。流石に言う通り歌わないのは勿体ない気がしたので、私はマイクを握った。
「……ねぇ蕣ちゃん。」
「は…はい……?」
「めちゃくちゃうまいじゃん……⁉︎」
画面に表示された98点を見つめながら私と時雨宮古は会話していた。
「私、初心者なので基準とか分からないんですけど…多分普通だと思います…」
「いや…もうなんていうか……やっと見つけた…」
見つけた、とは。私は彼女に求められていたのだろうか。マイクを持たない方の拳が掌に抱擁される感覚が伝わる。方向を向くと、時雨宮古は口を開いた。
「蕣ちゃん…私とユニット組んで…?Quartetto初の歌って踊れるアイドルとして……‼︎」
「あ…い………⁉︎」
訳が分からないまま足下が覚束なくなって行く。ソファにへたり込むと同時に耳が軽くなり、伊達眼鏡の淵に制限されていた世界が広大に広がった。
「蕣ちゃん。これは他人を優先してきた君が初めてする『私利私欲の為の決断』だよ。すぐに答えてくれなくてもいいから…」
彼女は今、こう言った。私利私欲の為と。
そうすれば…自分に素直になれば、すぐに見えていた気がする。私が本当に見たかった世界がどんなものなのかを———
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