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第1章「始まり」

第26話「彼の横顔」

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※黒崎ツカサ視点

 私は油断していた。
 戦いは終わったと安心していた。

 相手はEとCランクの魔物。

 Cランクの魔物のほうは確かに強いが私にかかればその程度問題ない。そう思っていた私はすべてを倒した後、一息ついていた。
 
 後ろのいる國田君に話しかけてユタユタと心を休ませる。

 いくら相手がCランクとは言え、戦いの最中、ずっと気を張らなくてはいけない。防御力があろうと一発で食らえば流れと言うのは瓦解する。

 それが分かっていたというのに、休むことを口実に気を抜いてしまっていた。
 まだ終わってもいないのに一息ついてしまっていたんだ。

 本当に、もしも後ろにいるのが國田君ではなく、ただの小学生や一般人だったらどうしていたのだろう。

 考えてももう遅い。

 背中を襲う気配。
 先の魔物とは一味違う。

 まさに、私を殺す気配だった。

 振り返ろうとするが油断してのが仇になり体があまり動かない。重い。休んだせいだ。やられる。ここまで強い気配なら私の冷気を貫いて突き刺さるのが分かった。

 しかし、分かってそれまで。
 時すでに遅し。
 やられる。

 これでもS級の自負があったのに。やられるのか、一時の油断で魔物に。
 ただ、それが探索者。それが迷宮区。それが魔物というもの。

 どんなに強いものでも常に狙われ、自然の驚異には敵わない。

 死を悟る。
 血の気が引いていくのを感じる。
 心臓の鼓動がバクバクと鳴り響くのを感じる。

 体が緊急信号を出していた。
 やばい、やばい、やばい。

 やられるんだ、私。

 怖い、怖い、怖い。
 走馬灯のように周りの流れが一気に遅くなる。
 視界の端に奴の口が光ったのが見えた。

 鋭くとがった牙に、青くて硬そうな皮膚。
 憎しみが籠ったように見える鋭い瞳。
 体の大半を占める翼。

 一瞬の間に情報が流れ込んでくる。
 今にもやられそうなのに頭はひどく冷静で、襲われそうになっている相手がチラリとうかがえた。

 「ブルードラゴン」

 思わず、口ずさんでいた。
 さすがの私もドラゴン系の魔物はきつい。

 私が迷宮区に潜る時はいつも一緒のパーティで行くことがある。このブルードラゴンはパーティで戦って圧倒できる相手だ。ディザスターウルフの様に単体で圧倒できる相手ではない。

 Bランクと言っても侮ってはならない。

 魔物のランクと言うのはそのランクの迷宮区から出現するかもしれない——という意味だから。

 ブルードラゴンはその中でもレア度が高く、最下層にならないと現れない。Aランク迷宮区で中盤で出てくるようになり、Sランク迷宮区で普通に出てくるようになる。

 Sでは普通、それほどの魔物の一撃を食らっては私もダメージを追わずにはいられない。

 回復士いないのに傷を負うのは死ぬのと同義。傷を負いながら戦うと必ず綻びが生じ、そこを突かれる。奴らも馬鹿じゃない、どこが弱点か、そのくらい分かっている。

 ——って、なんでやられる前なのに色々考えてるんだ、私。
 走馬灯にしても長いわよ。




 しかし——私の前を何かが横切った。



 まるで天啓だった。
 神の啓示を得た気がした。

 何の根拠もないのに、心が大丈夫と言っていた。

 何かは速かった。

 黒く、素早く、何より重く目で追うことができないほどの速度で私の前を横ぎながら、ブルードラゴンへ一直線。

 分からなかった。
 私は、その時、何が起きているのかが理解できなかった。

 音速を超え、その一瞬で突風が巻き起こる。
 私も音速で走ることはできる。でも、その何かの一瞬は私のそれよりも速かった。

 ————ズゥザンンンンンンンンンンンンンン!!!!!!


 空気を切り裂く音が耳を劈く。
 思わず、手で耳を覆った。

 その瞬間、さらに轟音が鳴り響く。

 ————ズドンッ‼‼‼‼
 ————ガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!!!

 何かを抉った音に加えて、コンクリートと何かが擦れる音。

 その瞬間、さっきまであったブルードラゴンの気配が弱まる。気配が弱まるということはつまり、倒される寸前だということだ。体力が減って、生命力が失われつつある証拠。

 でも、どうして急にそんなことになっているの?

 そうして、私は手を離し、振り返った。
 
 目の前の光景に胸を刺すような衝撃を覚えた。
 分かっていた、もちろん彼が強いことは理解していた。私と同等、いやそれ以上に強いとは分かっていた。でも、あのステータスはまだ信じ切れていなかった。

 しかし、ここまでくれば——それがすべて本物だと分かる。

 圧倒的なんて比じゃなかった。もはや、誰もかない様がないほどだ。
 Sランク迷宮区に出てくる魔物をこうも簡単に圧倒してしまえるのだから。

 それも武器無しで、拳一辺倒で。
 聞いた事も、見たこともない。
 少なくとも知っている限りでそんな人は見たことがない。

 そんな人間がブルードラゴンから私を守る様に着地する。

「っだ、大丈夫なの」

 彼の姿を見て当たり前のことを聞いてしまっていた。
 現実か、現実じゃないのか、区別すらついていないけど見えていた。

「えっ……いやまぁ、大丈夫ですけど……」

 彼はボケッとしていた。
 ブルードラゴンと戦っている人の顔とは思えない。

「え……ほ、ほんとなの?」
「ほんとも何も――っと!?」

 話していると背後からブルードラゴンの回し蹴りが炸裂するが彼は私を囲い込むようにすんなりと躱した。

 身のこなしは完璧そのもので、思わず見惚れていた。

「それで……本当か何かって」
「あ、あなたっ——」

 頭が正常に働かない。
 冷静さを具現化している私がアックスホーンと戦っていたときのような余裕さが窺えた。

 性格が変わったんじゃないかってくらい、冷静で正直彼が怖く思えた。
 
 ブルードラゴンは咆哮を上げる。
 分が悪いと思ったのか翼を広げて地を蹴って飛翔する。

 ドラゴンの目も鋭くなっていた。死を悟ったのか、本気でやらなくてはいけないと感じたのか、手負いの敵が一番厄介とは言うけれど、そんな雰囲気を感じた。

 しかし、さらに驚くことに國田君の背中から翼が生えたのだ。

 目を疑ったが、今更信じないわけにはいかない。
 スキルを獲得できるとも言っていたし、おそらくそれで翼系のスキルを手にしたんだと考えられる。

 にしても、おかしい話だった。

 すぐさま飛び上がり、そこからは一瞬だった。

 ブルードラゴンもとっておきになるドラゴンブレスを繰り出すも簡単に封じられ、結局彼の一だが顔面に突き刺さった。

 ——ドンッ‼‼‼

 鈍い音が響き、地面に叩き落とされる。
 まさに一瞬の出来事で、私はその場で唖然と見ていることしかできなかった。

 着地を決めて、落ちたドラゴンを睨みつける。

 その横顔に胸が跳ねた自分がいた。
 今まで、私を越えれる男は一人もいなかった。

 下のくせに常に大きなことを言って、私に多くを求めようとしてくる。
 実力で落そうなんてする人は一人もいなかった。

 なのに――彼は違う。
 私よりも強いのに、私を見ようともしてこない。聞いてくるのはいっつも探索者の事で、私の事じゃない。

 その時、理解した。

 ——そうか、私は、彼に興味が湧いたのか。

「——あなた、一体何者なのよっ」
「……あははは」

 彼の笑みが脳裏に焼き付く。
 それが一生忘れられないものとは知らず、顔が熱くなった気がした。

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