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第1章「始まり」
第30話「これだからこの称号は好きじゃない」
しおりを挟む「にしても……黒崎さんって結構、普通な女の子なんだな」
てっきり、裸を見られても動揺しない冷血な人だと思ってたけど、すれ違い様のあの時と言い、覗いちゃった時と言い、普通に恥ずかしがっている所から察するにそう言うわけでもないようだ。
って、武勇伝みたいに語るな俺。
不可抗力で仕方ないけど、あれは悪いことだぞ。
今度、詫びでもしなきゃだな。
「ふぅ……雫を寝室まで移動させないとだな」
ため息交じりに袖を捲り、雫をお姫様抱っこする。
「んん……ぅぅ……お兄ちゃん、っお、おきぃなぁっぁよぉ」
寝言をぼそぼそと呟く姿に笑ってしまった。
一体、どんな夢を見てるんだか。夢の中でも俺を起こしてくれるなんてまったく、ブラコンな妹だぜ。これは……高校生になったら反抗期が来るやつなのかな。
そんなことを考えながら、寝室まで運ぶと力尽くように倒れてしまう。
次の日、一緒に寝ていたことにぐちぐち言われるなんてつゆ知れず俺は雫のベットでうたた寝をしてしまったのだ。
――――――――――――――――――――
※黒崎さん視点
國田君の家からの帰り道、薄暗い街灯に照らされながら今日あった出来事を思い出していた。
警戒音が鳴ってギルド長に呼びだされて、
そのまま戦って、
國田君の本当の力を知り、
助けられたのにあまり素直になれず、
――でも國田君と妹さんのご厚意で家に招かれて一緒にピザも食べて……こんなに波乱万丈な一日は他にはなかったけれど、そんなことよりも誰かと囲んでご飯を食べてれたのが久し振りで楽しかった。
雫ちゃんとも仲良くなれて、私にはめったにいない友達も出来た。
こんなに幸せな一日は他にない。
私に一目ぼれしたのか、下心丸出しで声を掛けてくる探索者に誘われて行くような食事会なんかよりも断然楽しかった。
世の中、お金だけ――なんて考えていたときもあったけれどそれが違うことを知れたいい機会だった。
数年前の魔物災害で両親を失い、国の機関に引き取られて育てられ、今ではこうして自分の稼ぎで一人暮らしをさせてもらっている。
そんな私をこんなにも熱くなる感情にさせてくれた國田君は一体、どんな人なんだろうかと。
まるで、胸にぽっかりと空いていた穴が彼で埋まった——かのような。
うまく言い表せないけどそんな気がしていた。
あったかい。
人の温かさを知った。
最初の愚かな私をどうか許してほしい。
F級だからとかS級だからとか、そんなことはきっと関係ない。
彼はそれを教えてくれた。
「はぁ……帰りたくない……」
思わず本音が飛び出してしまい、慌てて周りを確認する。
これでも顔が割れてる探索者なんだから、しっかりしなきゃだめだわ私。
もっと、しっかりしないと。
ビシッと頬を両手で叩くと、ちょうどその瞬間でデバイスから電子音が鳴った。
「……こんな時間に、誰よっ」
デバイスを開くと、書かれていたのは「黒沢城之助」という名前だった。
見知った名前、というよりも何度も見た名前。
私を北海道に連れてきた張本人であり、今所属しているとある機関のリーダーでもある。
この時間に電話をしてくるということは、きっと何か重要なことが分かったということなんだろうけれど……彼が苦手な私からしてみれば、色々終わったこの時間に会いたい人じゃない。
せっかく、國田君の家で楽しい思い出を作れたのに、早速仕事の話なのね。
これだから、S級探索者は嫌なのよ。
・探索者ギルド札幌市地区、15階の鍵付きの一室にて。
指紋認証、虹彩認証、そして魔力認証を通過して扉を開くと窓の外の夜景を見ている黒沢ギルド長の背中が見えた。
「あの、今日は一体何の話ですか?」
不愛想に言うと私に気づいて振り向いた。
「あぁ、黒崎君~~。待っていたよぉ~~、今日は2人で深夜のお盛んと行こうじゃないかぁ」
「酒でも入ってるんですか? 何にもないなら私帰りますけど」
「あははは~~そうじゃないそうじゃない、重要な話だからさ、ねね、座って座って」
会議用のテーブルを挟んで反対側の席を指さす姿はまさに会社の後輩に手を出そうとしている先輩社員の如く。
セクハラでもしようものなら訴える気満々の私ではあったが、黒沢さんがいないと回らないのも事実なので黙って席に着いた。
この時代にそんな甘いことは言ってはいけない。
世界情勢は刻々と変化しているし、そこら中に散らばって永遠と出てくる魔力というエネルギー源のせいで小国も大国も存在しない今の世界では重要な人ではある。
「いやぁ、それにしても。君は2人っきりだと俺の事を『黒沢さん』って呼ぶんだね? 別にギルド長でもいいでしょうに?」
「……別に、意味があるわけじゃないですよ。そっちの方が区別できるので使ってるだけです」
ちょっとだけ痛いところを指されて視線を逸らす。
すると、私の姿が面白かったのかクスリと笑みを溢した。
「っ笑わないでください」
「はははっ。いやぁ、俺が拾った時よりも随分と成長したんだなと思ってな。まぁ、まだ分かりやすいんだけどさ」
「うるさいです。とにかく、今日の要件は何ですか」
「せっかちだなぁ……まぁ、俺も眠いし早めに話しちゃおうか」
最初から話してほしい。
どうせ、この部屋に連れてきているんだから大事な話なのは来る前から分かっているんだ。
すとんと腰を降ろすと、黒沢さんも目の前に座って腕を組んで真剣な眼差しを向けてきた。
「——実はな、今日の魔物の発生のことで色々と新情報が分かってな。公式見解としては出すことができない情報だが、機関の探索者には伝えてもいいことらしいので主戦力の君には伝えておきたくてな」
やっぱり、そう言う話みたい。
「今回の魔物の大量発生の原因はお前も知ってる、あの組織が暗躍していると考えられる」
「……アンチスキルのことですか?」
「あぁ、そうだ」
アンチスキル、それは現代日本に反旗を翻そうとしている組織の一つ。
現代の日本——というよりも世界は魔力やスキルによって支配されている。
そのため、あらかじめ決められたスキルによってやりたいこともやれずに制限されている人が多い。そう言う人たちの受け皿ともなっていてネットではかなり知名度の高い組織でもある。
実際、裏の組織というよりは割と明るみに出ているアノニマスみたいな部分がある。
しかし、それほどに有名な組織であるというのにかかわらず、その実態はまだ不透明。警察の公安が幹部数名を逮捕し、もう数人の正体を暴いてくれているが誰がリーダーなのかも知らない。
それほどに機密が守られている組織で、機関が本腰を入れている組織でもある。
私自身、今年の初めに迷宮区内で工作活動をしていたメンバーを捕まえたものの、尋問も意味がないほどの精神力で乗り越えられていて未だ手柄は一つもない。
つまり、そんな男がメンバーの化け物集団ということになる。
まぁ、私にとっても――色々と考えさせられる組織だ。
「でも、どうしてそんなことを……あ、もしかして。國田君ですか?」
「おぉ、さっすが。俺でも数十分かかった結論をこうも簡単に」
「まぁ、わざわざ札幌に来てやることじゃないので。それくらいしか見当たらないですし」
「鋭いな、さすが俺の子」
「いつから私は黒沢さんの子になったんですか。やめてください、ぶん殴りますよ」
「おぉ、怖い怖い~~」
何を言っているんだこの人は。
とはいえ、この人に勝てないことは私がよく知っている。
私のすべてはこの人から教えられたのだから。
A級だからとか、S級だからとか、そんなのすべて使い方だ。
しかし、まぁ。
だからと言って、私に何をさせようというんだろう。
もしかして、明日から特別任務があるとか。
そう言う話だろうか。
かれこれ1か月以上も迷宮区に潜ってないし、そろそろ前線に戻りたいっていうのに。
溜息を吐きながら、黒沢さんに訊ねる。
「で、私は何をすればいいんですか?」
すると、パッと見開いた。
「君には監視してほしいんだ」
「はい?」
「國田元春、彼の動向をね。奴らから身を守るって言う意味も含めて」
私が彼を守る。
そんなの必要ないと直感で思ってしまった。
しかし、見透かしたように黒沢さんは言った。
「彼には最大限、俺たちの味方になってもらえるように。染め上げてほしいんだよ」
「犬にさせろということですか……」
「あぁ、正解だ」
不敵な笑みを溢す。
その嫌な雰囲気が悪寒を呼び起こした。
これだから、S級探索者という名の称号は好きじゃない。
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