生贄の聖女として30年間悪竜を封じてきましたが

あまね

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プロローグ:たったひとつの願い

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 最後にもう一度だけ。

 そう願ったけれど、ロミリオ王子が私へと伸ばした手に触れることは叶わなかった。

「ジュリエッタ! ジュリエッタ――っ!」

 ロミリオ王子の叫び声が聞こえる。私の願いを阻んだのは、私の足元からせりあがりもう首のあたりまですっぽりと包んだ生贄の水晶。

「殿下、下がってください!」
「儀式は始まってしまったのです、ジュリエッタ様はもう……」

 もう――――

 その先をためらいなく口にできるような冷酷な人間はここにはいない。

 優しい人たち。温かい世界。みなしごだった私を拾い上げ育ててくれた大いなる祖国、ミズガルド。

 その国に住まう人たちを救うためなら――あなたの治める国の人々を救うためなら、私ひとりの命くらいどうということはないのです、ロミリオ王子。だから。

「ジュリエッタ! 君が……君が犠牲になることなどなかったんだ! 僕と一緒に未来へ歩もうと……生贄など捧げなくてもどうにかできると……暗黒竜ドルガマキアを倒す方法を一緒に見つけようと、約束したじゃないか……!」

 だから――泣かないでロミリオ王子。泣き虫はもうやめたとあの時仰っていたじゃないの。嘘つきはいけないわ。

 ああ、ごめんなさい。嘘つきは私も同じね。

「ジュリエッタ……ジュリエッタぁ……」

 ごめんなさいロミリオ王子。こうするしかなかったの。私が生贄の聖女となるしか――。

 暗黒竜を倒す方法、一緒に見つけたかったけれど。あなたが好きだと言った暁の明星をいつか一緒に見たかったけれど。今はこうすることしかできなかった。

 だから、お願い、ロミリオ王子。私がいなくなっても――夢を諦めないで。聖女などいなくても。生贄などいなくても。ドルガマキアを倒す方法は必ずある。神にも等しい力を持つドルガマキアも不死ではない。弱点がある。私がこの生贄へと赴くほんの少し前、古い文献からそれを確信したわ。あなたにだけ分かる方法で”印”を残してあるから。

 見つけて。

 どうか見つけて。

 そして倒すの、ドルガマキアを。犠牲になる女の子は私で最後にして。そのための時間は私が稼ぎます。ドルガマキアは生贄の聖女の魂を弄び、その恐怖と、苦痛と、絶望を食らう。それは死よりもつらいと聞くわ。けれど私は、耐えてみせる。できるだけ長く。ロミリオ王子、あなたが、ドルガマキアを倒す方法を携え、再び私の前に立つその日まで。たとえそれが、十年でも、百年でも、千年でも――――

「ジュリエッタ……ジュリエッタ、約束する……必ず君を迎えに来る。そしてこの呪われた水晶から君を救い出す……必ず……必ずだ……!」

 ロミリオ王子が水晶越しに私の唇の上にキスをした。泣くつもりなどなかったのに私の片方の目から涙が一筋こぼれ――それはもはや拭うすべもなく、私の体と共に水晶の奥へと閉じ込められる。

「ジュリエッタ……」

 儀式の終焉を迎え静寂を取り戻した生贄の神殿に、ロミリオ王子の呟きだけが哀しげに響いた。



 そして――――三十年が経った。
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