生贄の聖女として30年間悪竜を封じてきましたが

あまね

文字の大きさ
5 / 21
1章

第3話 人生二度目の入学式

しおりを挟む
「ようこそミズラル学院へ!」
「入学おめでとう!」

 木々には花が咲き誇り、それにまけじと正門のアーチも花で飾られている。

 人の波の後ろのほうを目立たないよう気をつけながら歩いていたけれど、その光景を見て思わず足を止めた。

 白い花は正義を、赤い花は勇気を、青い花は知恵を、黄色い花は慈悲を表しているのだと――幼い頃からこの季節が来るたびに聞かされた話を懐かしく思い出す。

「ようこそミズラル学院へ」

 アーチと私の視線の間に、ミズラル学院の制服を着た男子生徒が、ひょい、と顔を出した。

「えっ」
「綺麗な花だろう? この花はね、白い花は正義を、赤い花は勇気を、青い花は知恵を、黄色い花は慈悲を表していて、毎年入学の時期にはこうして校門を飾り付けるのが我が校の伝統なんだ」

 つい先ほど思い出していたこととまったく同じ話をしだしたものだから、口もとが思わずほころぶ。

 男子生徒は左腕に腕章をつけている。校門の中から笑顔を向けている新入生応対係の上級生のうちのひとりなのだろう。

「この花は新入生の手により一年かけて育てられる。もしかしたら来年飾られるのは君が育てた花かもしれないね」
「まあ……」

 今度は意図的に、はにかむような表情を作った。

 今、彼が言ったこともまたこの学院の伝統だ。生徒たちは授業の一環としてこの花を育てる。特殊な魔法花であるこれらの花は、土や太陽や水の加減が難しいことはもちろん、ほどよい魔力を与えた適切な魔術を施さなければ枯れてしまう。

 そして、一般の生徒たちには公にされていないが、その「お花育て」は、聖女選びのための重要な試験のひとつだった。

 それを知っているのは「聖女」候補である女生徒と、学院内で聖女候補の護衛を務める「聖女の騎士」である男子生徒のみ。

 もしかして彼は誰かの騎士なのだろうか?

 その男子生徒をまじまじ見ているとその上級生もまじまじと見返してきた。

 おっと、見過ぎたかしら。

「ねえ、僕たち、どこかで会ったことあったっけ?」
「いえ」
「なかったっけ? まあ、君みたいに可愛い子、一度会ったら忘れない気がするけど」
「…………」

 どうやら単なるナンパらしい。由緒正しいミズラル学院といえどもノリの軽い輩もいる。在籍する生徒の半分ほどは厳しい選抜試験を突破して来た者たちだが、もう半分を占めるのは多額の寄付金と引き換えに無試験で入学する貴族の子女たちだ。

「王都へは昨日到着したばかりですので、お会いするのは初めてかと」

 おそらく彼は後者だろう。そっけなく言いながら脇によけ、校門の方へ向かう。

 しかし上級生もまたさりげなく体を横に寄せ、行く手を阻んだ。

「ねえ君、名前は?」
「ジュリエッタ・リースです」

 街中でのナンパだったら黙っていたが、どのみち入学後は同じ校舎内で過ごすのだ。まあ名前くらいはいいだろう。

「へえ、伝説の聖女と同じ名前だ」
「よくある名前ですから」

 これは本当。ここ数日の間に調べたところによれば、「ジュリエッタ」という名前はいまミズガルドで一番多い名前らしい。とくに王都では「石を投げればジュリエッタに当たる」と言われるほど。その例えはどうかと思うけど。

 もちろん由来は「ひとりで暗黒竜ドルガマキアを抑え続けている伝説の聖女」、つまり私自身である。

「いい名前だね。僕はティボルス。手を出して」
「えっ?」

 何か言う間もなく、ティボルスは片手でうやうやしく私の手を取り、もう片方の手をその上にかざした。

 優雅なようでいて案外押しが強く、洗練たスマートな仕草。

 誰かを思い出す。

 ジュリエッタの手の甲に一瞬紋章が浮かび上がり、消えた。

「入学許可の紋章確認はこれで完了。改めて、ようこそミズラル学院へ。君にミズガルドのご加護がありますように」
「あなたにも……」

 そう答えながら、ティボルス……ティボルス……と名前を頭の中で何度も反芻する。

 誰かを思い出させる彼――そして、ティボルスというのは――ロミリオの息子の名前のはずだ。

 まさか。

「あの……」
「ティボルス! いつまでそうしているつもり?!」

 校門の奥から飛んできた甲高い声が耳を刺した。

「あなたはわたくしの騎士でしょう?! 聖女から離れるなんて騎士失格よ!」
「マキューシャ、君はまだ聖女じゃない。”候補”だよ」

 声がしたほうに、ティボルスが困ったような笑顔を向ける。

 笑うと、目尻に小さな皺が寄った。

「同じでしょう! あなたが王子でもなんでも、この学院において聖女はなによりの優先事項。あなたが離れている間にわたくしになにかあったら一体どうするつもりなの?!」

 と、殺しても死ななそうな声をあげながら、女生徒がこちらへやってきた。

 はっきりとした目鼻立ちに、気の強そうな眼差し。黄金のようなブロンドは一人での手入れはほの不可能と思われる完璧に揃った縦ロール。その姿だけでも、明らかに周囲の生徒とは雰囲気が違う。

「あなたもあなたよ、おちびさん。入学早々王子に色目を使うなんて、いったいどういう教育を受けてきたのかしら」
「やめるんだ、マキューシャ。彼女は……」
「あわよくば玉の輿でも狙ってきたのかもしれないけど、学院は勉強をするところよ。男漁りをするような女は即退学。気をつけることね」

 たった今の自分の言動を高い高い棚に上げたらしいマキューシャが、したり顔でジュリエッタを指さす。

「マキューシャ、いくら聖女候補でも、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「忠告してあげてるのよ。この子ときたらずいぶん男慣れしているみたいだから」
「マキューシャ!」
「なっ、なによ……」

 強気一辺倒だったマキューシャだが、ティボルスが見せた剣幕に少し怯む。それはすぐに私への怒りに転嫁された。

「この子が悪いのよ! ティボルスにいつまでも当たり前のように手を握られているから……ちょっとあなた、いい加減にしなさいよ!」

 あ、そういえばそうだった、と、ティボルスに預けたままだった自分の片手を引く。

 変なタイミングでマキューシャが声をかけてこなければとっくに離していたはずだが、それは言うまい。

 自分の手からジュリエッタのそれがすり抜けると、ティボルスは舞踏会で一曲踊った後のような丁寧な礼をする。

 こんなときにまでマイペース過ぎない? と思ったら案の定。ティボルスの態度を見たマキューシャはますますいきりたった。

「なによ、いやらしい!」

 え、いやらしいって、何が。

「ふたりしてなんなのよ! もういや! 聖女なんかやめてやる! やめてやるんだからあ!」
「ま、マキューシャ。少し落ち着こう」
「ティボルス、あなたは黙ってて! そこのあなた! 黙ってないでなにか言ったらどう?!」
「私、ですか?」
「そうよ!」
「何を言えば……」
「すみません、とか、申し訳ありません、とか、ごめんなさい、とか……この状況を見ればわかるでしょ!」
「……はあ」

 例が全部同じ意味でまったく参考にならない。

 こういう時に、言われた通り謝罪の言葉を口にしても火に油だ。

 この状況を見て……この状況を見て、言えることは……

「……そうですね。あえて言うなら……」
「なによ!」
「この感じ……懐かしいな、と」
「……………………は?」

 三十年前――私がロミリオ王子と親しくなっていった時に、似たようなことは何度もあった。

 こうして面と向かって難癖をつけられたことは数知れず、物を隠される、教科書を破られる、でっちあげの事件のせいで退学に追い込まれそうになったこともあれば、吹き込まれた嘘を信じこんだ王子に嫌われそうになったこともある。

 ――なにもかもが懐かしい。

 あとさき考えず感情のままにそうしてしまったかつての同窓生たちの幼さが、今は少し愛おしく思える。

 もちろん、やったやつらを許したか許してないかで言えば許してないけど――一応大事には至らなかったわけだし、やったやつらのほうが後から酷い目にあっていたわけで。

 ふと気がつくと、マキューシャが私をぽかんとした表情で見ている。 

 思わず、その肩を、ポン、と叩いた。

「老婆心ながら言わせていただきますけど……そんなことしたって逆効果ですわ。好きな人がいるのはいいことです。でも、やり方を間違えないほうがよくってよ」

 マキューシャの向こうに見えるかつての同級生たちに向かって、私はそう語りかけた。

 彼女らもロミリオ王子と同様、それぞれにさまざまな年月を重ねていることだろう。

 どうしているのかしら……

 思い出をたどるようにゆっくりと、校門をくぐる。

「す、す、す、好き、って……わたくしは、そんなんじゃ……!」

 背後で、真っ赤になったマキューシャの叫び声が、透き通る青空にこだましている。


 ちょっと口に出しすぎちゃいましたわね。失礼失礼。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

『魔力ゼロの欠陥品』と蔑まれた伯爵令嬢、卒業パーティーで婚約破棄された瞬間に古代魔法が覚醒する ~虐げられ続けた三年間、倍返しでは足りない~

スカッと文庫
恋愛
「貴様のような無能、我が国の王妃には相応しくない。婚約を破棄し、学園から追放する!」 王立魔道学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの下、王太子エドワードの声が冷酷に響いた。彼の隣には、愛くるしい表情で私を嵌めた男爵令嬢、ミナが勝ち誇ったように寄り添っている。 伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。 婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。 それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。 ――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。 「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」 リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。 彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。 絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。 彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

完【恋愛】婚約破棄をされた瞬間聖女として顕現した令嬢は竜の伴侶となりました。

梅花
恋愛
侯爵令嬢であるフェンリエッタはこの国の第2王子であるフェルディナンドの婚約者であった。 16歳の春、王立学院を卒業後に正式に結婚をして王室に入る事となっていたが、それをぶち壊したのは誰でもないフェルディナンド彼の人だった。 卒業前の舞踏会で、惨事は起こった。 破り捨てられた婚約証書。 破られたことで切れてしまった絆。 それと同時に手の甲に浮かび上がった痣は、聖痕と呼ばれるもの。 痣が浮き出る直前に告白をしてきたのは隣国からの留学生であるベルナルド。 フェンリエッタの行方は… 王道ざまぁ予定です

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

処理中です...