吸血鬼物語

トビの助

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吸血鬼物語②ハナニラ―spring starflower―

ハナニラ―spring starflower― 後編

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目を覚ますと、頭がガンガンした。

頭を左に向けると、イオンが横になって心配そうに俺を見つめていた。

「良かった、起きたのね。目が覚めなかったらどうしようかと思ったわ。」

イオンは立ち上がり俺の体を起こすのを手伝うと、
ドア横に置いた花を包みから取り出し、花瓶にさした。

立っているものやっとだったさっきまでとは違い、
足取りが軽い。

逆に俺は体を起こすものやっとという感じだ。

「さっきのは一体、何だ。」

「貴方の首元を見てたら、、喉の渇きが抑えられなくなって、
それで、、」

「俺の血を飲んだ?」

そう言うとイオンは少し悲しげな顔で俺を見つめた。

「そうね・・・。」

―吸血鬼―

その言葉が頭に浮かんだ。

昔から吸血鬼の伝説はあったが、
まさか自分の彼女が、その吸血鬼になったというのか。

理解が追い付かず、
頭が混乱と不安でぐるぐるしている。

下を向いて考えていると、
イオンが俺の頬をさすった。

「私のこと、怖くなった?」

そう聞く彼女の、頬をさする手に自分の手を重ねる。

「・・・いや。混乱してるだけだ。怖くはないよ。」

「本当に?」

「ああ、ただ貧血かもな。」

フッと笑いながら言うと、彼女もクスっと笑った。

イオンは再びベッドに座ると、
不安げに言った。

「私これからどうすればいいの。血以外は何も食べたり、飲んだりする気にはなれなくて。
昼間は外に出れそうにないわ・・。」

「そうか・・それなら、外出は夜にすればいい。ただし俺とね。
何が起きるか分からないから・・。
あと、毎週土曜日、俺の血を飲めばいい。」

イオンはビックリとした表情で俺を見た。

「そんなことしたら、レオが死んでしまうかもしれないわ。」

「一週間に一度だし、それに今日みたいにがっつり飲まれなければ大丈夫だろう。」

笑いながら言うと、

「努力するわ。」

と彼女は言った。

どれくらい経ったのか、
来たときはカーテン下から見えていた日の光も消え、
すっかり夜になってしまったようだ。

首元と服についた血を隠すために上着を着て、
彼女の部屋をでた。

彼女は体調が悪く、暫く外に出るのはリハビリとして自分が仕事終わりの夜に、
とイオンの母に説明し、その日は帰宅した。

その次の日の夜イオンと外出し、食事はとりあえず部屋で一人で食べ、
袋の中に流しいれて夜の外出時に森に捨てることにした。

それから毎週、
彼女に血を捧げた。

〝食事″の後は少し貧血気味になったが、
回数を重ねるごとに加減が分かってきたのか、
くらくらとすることもなくなってきた。

それから数週間後、事件は起こった。

いつものように花を買いに花屋に行くと、
店主のおじさんが言った。

「レオ、知ってるか。
ルビーがなくなったそうだ。」

「え、どうして?」

ルビーとはこの町で宝石屋を営んでいる30代くらいの女性だ。

「血だらけで見つかったんだ。
どうも、首元に嚙まれたような跡があったらしい。」

心臓の鼓動が一気に早くなった。

まさか、もしかして彼女が。

そんな考えが頭をよぎった。

急いで彼女に家に行き部屋に入ると、
彼女はいつも通りの優しい笑顔で俺を迎えた。

「そんなに焦ってどうしたの?」

「ルビーの件、聞いたか。」

イオンの表情から笑顔が消える。

「ええ、でも、私じゃないわ。本当よ。」

そう聞き、ふうと息を吐く。

「私がやったと思ったの?」

イオンは少し怒った表情で俺の目を見つめた。

「ごめん、ただ、最初の時と状況が似てたから、少し不安になったんだ。」

悲しそうに下を向いた彼女を見て、
彼女を悲しませてしまったと後悔した。

彼女を抱きしめてもう一度、ごめんと言った。

「私、もう自分を制御できるのよ。レオの血さえ飲めればいいの。」

「ああ、分かってる。」

泣き出してしまった彼女を強く抱きしめ、何度も謝った。







次の日も、その次の日も、同じように事件は起きた。

どの死体にも首元に噛み跡があり、
この町に吸血鬼が住んでいると皆が恐怖に怯えた。

そして恐れていたことが起きた。

いつものように彼女の家に行くと、
イオンの母と3人の男達が話していた。

「どうしたんですか。」

俺はイオンの母の前に立ち、
男達を睨んだ。

「なに、イオンの姿を夜にしか見なくなったと思ってなあ。
少し話を聞こうと思っただけだ。
最近物騒な事件が起きてるから、皆怖がっているのさ。」

「そうですか。
イオンは体調が悪いので、今は寝ています。
騒ぎ立てると体に障るので、帰って頂けますか。」

ぎろっと男達を睨みつけると、
彼らは少し怯み、渋々と去っていった。

「イオンは・・大丈夫よね?」

イオンの母が不安げにそう聞いてきた。

「彼女は無関係です。信じてあげてください。」

そう言い、いつも通り彼女の部屋に向かうと、彼女が部屋の前で待っていた。

「私、疑われてるのね。」

彼女の腕を掴み、部屋に入りドアを閉める。

「この町をでよう。」

え、と彼女はビックリした。

「この町には別の吸血鬼がいるのかもしれない。
でも、今一番疑われているのはイオン、君だ。
このままだと恐ろしいことが起きるかもしれない。
そうなる前に、この町をでよう。俺も行く。」

彼女は少し戸惑っていたが、
意を決し、頷いた。

「今日の夜中に迎えに来る。おばさん(イオンの母)にはこの町にいるのは危険だと伝えて。
詳しい事情は町を出た後にするんだ。
とにかく今は荷物をまとめて。」

「分かったわ。」

イオンの家をでて市場で買い物をし帰宅すると、
肩掛けの鞄に購入した食料などを詰め、飼っている馬に荷物をかけた。

外はすっかり薄暗くなっていた。

あとは皆が寝静まった時間にイオンの家に行き、
町を出るだけ。

着替えをとりに自分の部屋に入った時だった。

誰かが部屋にいた。

女性のようだった。

胸あたりまでまっすぐ伸びた黒い髪、真っ赤な唇。

そして切れ長の、赤い目。

女が吸血鬼だと、すぐに悟った。

「こんばんは、レオ。」

「何故俺の名前を知っている。」

女はにこっと笑いながら言った。

「彼女に頼まれたの。貴方を変えてほしいって。」

「変える?」

目の前から女が消え、
そして首に激痛が走る。

後ろから女に頭と体をがっしり固定され、
動くことができない。

俺は女に血を吸われていた。

だがそれと同時に、何かが俺の中に流れ込んでくるのを感じた。

女が俺の首元から頭を離すと、体の力が抜け、
俺は床に両手をついて倒れた。

「ぐっ」

「安心して、すぐに終わるわ。
夜中には間に合うんじゃないかしら。」

女はそう言うと姿を消した。

首元から体中を、何か熱いものが走っているようだ。

そのまま暫く起き上がることができなかった。




何時間くらい経ったのだろうか。

首周り部分の服が、血で赤く染まっている。

ようやく起き上がり、椅子に座ると、
机にある鏡を見て、ぎょっとした。

自分の目が真っ赤になっていたのだ。

思わず自分の顔を両手で覆う。

嘘だ、そんな、まさか俺が、、吸血鬼に?

あの女が俺を吸血鬼に変えたのだろう。

ボーン、ボーン、、

0時を告げる鐘の音を聴き、ハッとした。

今すぐ彼女のもとに行き、町をでなければ。

途中転びながら走り、馬に乗ってイオンの家までたどり着いた。

部屋に入ると、彼女は俺に抱き着き、そして言った。

「レオも吸血鬼になったのね!」

「どういうことだ?」

イオンは満面の笑みで俺の顔を見上げた。

「昨日の夜中、私を変えた吸血鬼がまた現れたの。
だから彼女に、あなたも吸血鬼に変えてほしいって頼んだのよ。
これでずっと一緒にいられるわ。」

俺はイオンの腕を掴んで引きはがした。

「なんでこんなことしたんだ!」

思わず彼女に向かって大きな声をだしてしまった。

イオンは悲しそうな顔をして下を向き、
そして言った。

「吸血鬼は年をとらないのよ。
このまま、私だけが年をとらずに、母もレオも先に死んでしまうのかもって、そう思ったの。
だったら、レオも吸血鬼になればいい。

私、一人になりたくない。私を一人にしないで。」

「イオン・・。」

怒りはなかった。
ただ、苦しみと、悲しみと、混乱で頭が一杯になった。

こうなった以上、
はやく町を出ることが先決だ、そう思った。

「町を出るんだ。」

イオンの手を掴み、急いで階段を下りると、
昨日の男達が槍を手に持ち、イオンの母の囲んで立っていた。

「やあやあ、君らを待っていたんだ。」

「こんな時間に何の用だ。」

「君らこそこんな時間に荷物をまとめて何をしているんだ?
もう寝ている時間だろう。」

「・・・何も。少し夜風にあたろうかと。」

イオンの手をより強く握りしめる。

「首元の血はどうした。」

(しまった)

急いで着替えずに来たため、
服についた自分の血がそのままべっとりとついている。

男達の顔がどんどん険しくなっていく。

「実はさっきも死人がでてなあ。
また噛まれた跡があったんだよ。
お前らだな?ここ最近の吸血鬼事件の犯人は!」

「違う!俺達じゃない!!」

「殺せ!吸血鬼を殺すんだ!!」

男達が叫ぶとドアが開き、勢いよく大勢の村人達が入ってくる。

そして、イオンの母を槍で刺した。

「いやあ!お母さん!!」

イオンは思わず階段の手すりから身を乗り出し、落ちそうになる。

俺は男達を殺したい衝動をグッと抑え、
イオンを抱えて部屋に戻り、机でドアをふさいだ。

ドアが槍や包丁でつかれ、
ギシギシと軋む。

「レオ、、お母さんが、、。」

放心状態になったイオンをギュッと抱きしめながら、
何かないかと部屋を見渡した。

「火をつけろ!!燃やせ!」

ドアの向こうから男達が火をつけ、
部屋がどんどん熱くなる。

窓から逃げるしかない、そう思った。

椅子を手に持ち、窓を何度も叩いた。

バリーン!

窓が割れると、イオンを抱きかかえ、思い切って飛び降りた。

痛みなどは感じなかった。

吸血鬼として体の構造が造り替えられたからだろうか。

振り返ると、
めらめらと炎がイオンの家を包み込み、少しづつ崩れ始めていた。

外に出たことに気づいた村人達が「あそこにいるぞ!」と指をさし、
武器を手に、こちらに向かってくる。

イオンの手を固く握りしめ、
森に向かって必死に走った。




どれくらい走ったのだろう。

森の出口が見えてきた。

速度をあげて、森を抜けるとそこは―

崖だった。

下には海が広がっている。

後ろからは村人達が迫ってくる。

松明と武器を持ち、こちらに近づいてくる。

呼吸がどんどん荒くなるのを感じた。

「レオ」

イオンは服の襟をつかみ、
俺の顔を彼女の方に向けさせ、軽く唇を重ねた。

そして、俺の体をドン、と押した。

何が起きたのか分からなかった。

遠ざかっていく夜空と、無数の槍に貫かれ、そして燃える彼女の体―

それが最後の記憶だ。





ザクザクザク

砂浜を歩くは美しい銀髪の少年。

彼は今日も何か面白いものを探して歩いている。

「こんなに綺麗な夜空なんて、
何かありそうだ。」

空を見ながら歩いていると、
少年の足に何かがあたった。

見ると、
黒髪の20代くらいの男が倒れていた。

海を流れてきたのか、頭から足先まで濡れている。

「もしかして、新生児?」

少年は男の顔をじっくり覗き込む。

「赤ん坊の世話は得意じゃないけれど、、話し相手がいるのは悪くないかもね。」

そして少年は男の腕を掴み、ズル、ズルとひきずりながら、再び歩き出したのだった。
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