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愛情不足

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 好きな人がいる。
 彼は、ただひたすら真面目に生きてきた、そんな自分の人生全てを一瞬で奪っていってしまった。
 それは去年の四月が終わる頃のことだった。
 生徒会役員だからか教師や生徒に何か頼まれたりすることが多く、学校生活はなかなか疲れる。そんな中で昼食くらいは静かに食べたいと、屋上へ続く階段の一番上によく行っていた。本当は屋上へと出られれば一番いいのだけれど、生徒向けに開放はされていない。それでも屋上へ出る扉に寄りかかり、少し薄暗く生徒の声も遠くに聞こえるそこは意外と居心地が良かった。
「あれ? 人がいる」
 やたらと良い声が聞こえて階段の下を覗くと、この学校一の有名人、大鳥隼人が片手にレジ袋を下げて立っていた。
 当時はまだ入学したばかりだったが、並外れて優れた容姿には誰もが注目していた。確かに高く通った鼻や、キュッとしまった口元は魅力的だ。しかし少し目つきの悪い鋭い瞳や、赤茶色の襟足まで伸びた長めの髪が不良のようで、自分はあまり良いとは思っていなかった。
 あまり関わりたくない奴が来てしまった。
 せっかく一人になりたかったのにと奥歯を噛み締めるが、彼はこちらに構うことなく階段を上がってきた。一人分くらいのスペースを空けて隣に座る。
「ここ、人がいなくていいよな。あんたうるさくなさそうだし、ここで飯食わせて」
「そうですか……どうぞ」
 人気者もまぁ色々あるのだろう。
 大人しく了承し、弁当の包みを開く。すると袋から大きな惣菜パン(小さい彼の顔くらいの大きさはある)を一つ取り出しながら彼は、こちらに身を乗り出してきた。何かと思って顔を確認すると、端正な顔をしているのに口を開けた間抜けな顔で俺の弁当を凝視している。なんだか可愛らしくてこっそり笑った。
「ちょっと、なんですか」
「いや……すげーうまそう。カレーパンとか食う気失せるなマジで」
 そう言いつつ袋を開けてカレーパンを一口齧る。
「いいなー、そんなん作ってくれる女欲しいわ」
「女って。普通はお母さん、でしょう」
 思わず突っ込みを入れると、顔を顰めて視線を宙にやり、首を傾げる。けれどもなにか思いついたようにうんうんと頷いた。
「あ、そっか。お母さんね。確かに」
「俺は自分で作っていますけどね」
「え?! それを? マジで?!」
 驚きの声が静かな天井に響く。目を丸くして大袈裟に驚く姿に、こちらが驚いたくらいだ。なんとなくスカしていて嫌な奴なんじゃないかと思っていたが、全然そんなことはない。目の前で見てみると目つきもさほど悪くなく、髪と同じ赤茶の瞳は暖かくて優しい色だ。弁当を覗いてくるので顔が近くその目にドキドキした。
「この人参の甘煮なんか昨夜の残り物ですし、大したことないですよ」
「いや、すげぇって。俺も最近料理し始めたんだけど、イマイチなんだよな」
「えぇ? 料理するんですか」
「そうは見えない? 一人暮らしでさ。昨日とか肉じゃが作ってみたんだぜ。定番だろ」
 胡座をかいて特大カレーパンを平らげながら自慢げに胸を張るんだから、また笑ってしまう。本当に思っていたイメージと全然違う。
 思わず口に手を添えクスクス笑っていたら、彼の筋張った長い指が弁当の中身を指した。里芋の鶏そぼろあんかけだ。
「これ食いたい」
「え……いいですけど……」
 やたらと距離感近いなと若干引きつつも嫌ではなく、少しくらいいいだろうと弁当を差し出す。しかしそのまま暫くの間。キョトンとした彼の顔。
「食わせてくれねぇの? 俺、箸持ってねぇんだけど」
「た、食べさせるんですか?!」
「うまそーだなー食いたいなー」
 あーん、と目の前で口を開けられる。こんなこと生まれてこの方したことがない! 顔にどんどん熱を帯びていくのを感じながら、目を伏せて恥ずかしさを誤魔化し、里芋をその口に入れた。
「おぉ! うま!」
「そうです……か……?」
「うまいよ、ほんと。家でこんなの作りてぇな」
 嬉しそうにもくもくと咀嚼する姿を見ながらも、先ほどの口元を思い出して何故だかどんどん心臓が高鳴っていた。ああ、こんなに静かな場所では聞こえてしまうのではないか。そう思うほどドキドキと響いてる。
 赤くなっている顔も伏せて悟られないようにしながら、弁当をつつく。すると突然、彼の大きな手の甲が、俺の頬に触れた。そして何かと思った瞬間に顎を掴まれ、顔を上に向けられる。俺を見下ろす顔は、気さくに話してくれたそれとは変わっていた。
 目を細め口の端だけ上げて笑う意地悪な顔は、やはり自分の最初のイメージで間違いないのではと思わせた。それなのに心臓の高鳴りは寧ろ激しくなっている。
「名前教えて」
「あ……いずも、です。森久保出雲……」
「俺は隼人」
 とっくのとうに知っている。
「随分そそる……いや、可愛い顔するな?」
「あっ……なに、言って……」
「今度うち来いよ。飯作って」
「え……? あの……」
「約束な。またここで会おうぜ。ごちそうさま」
 そうして軽やかなリズムで隼人は階段を駆け下りていってしまった。
 それが、俺達の出会いだった。
 あの出会いからすぐに隼人の家に通うようになり、今ではこのキッチンにもすっかり慣れ親しんだ。自宅のよりも随分と小さいけれど、コンロはちゃんと二口あるし調理台もまな板二枚分は置ける奥行きがあるので問題はない。俺が設置したコンロ上の小さな棚には自分好みの調味料が並んでいる。
「すっげーいい匂いすんだけど」
 廊下にキッチンがあり、その先にある部屋から隼人が顔を出す。隼人はいつも料理の匂いにつられてやってくるのだ。よく姉が“男は胃袋を掴まなきゃ”と言うが、まさか自分がそれをするとは思わなかった。この家に呼ばれる一番の理由は夕ご飯を作ることだ。
 間取りのせいで、料理中に後ろから急に抱きつかれるというシチュエーションにはならない。危ないから駄目なのだろうけど、少し残念でもある。普通にこちらに近づいてきて、俺の隣に立ち鍋の中身を覗く。顔の前に彼の頭がきて、スモーキーで少し甘い香りが鼻腔をくすぐると、これでも十分だとも思えた。腰に回された手が嬉しい。
「ん? 何作ってんのこれ?」
「鮪のアラが安かったんで煮てます。作り置きもできるので食べてくださいね。もうすぐできますよ」
「お、いいな。助かる」
 少し屈んでこめかみに口付けされる。なんだか今日はスキンシップが多いなと思っていたら、腰に置いていた手を伸ばし、隼人はコンロの火を止めた。どうしてと隼人を見上げると、身体を向かい合わせにされ、ふわっと軽々持ち上げられる。そして調理台に浅く座らされた。
 目線の高さが同じくらいになり(それでも俺の方が少し低い)、股の間を入ってきた隼人の顔が近づく。
「どうしたんですか……? 」
「いつも美味い飯を作ってくれる出雲にお礼でもしようかなってさ」
 そう言うと隼人は、グレーで柄のないシンプルなエプロンの下から手を忍ばせた。スボンの前が開かれ、性器を取り出される。何回か扱かれるとすぐにそこは元気になりエプロンを下から押し上げて恥ずかしかった。
 布の下で隠れて上下に扱かれるのは、見えない彼の手を頭の中で想像してしまってたまらなかった。
「あっ、あっ……そんな激しくしちゃ、だめですっ……!」 
 性器の先端が当たっているエプロンに染みが広がっていく。グレーが濃くなった部分がどんどん昂っていく自分の気持ちと比例しているようだ。見ていられなくて両手で顔を覆うと、空いている手で隼人にすぐに退かされる。そして目が合い、口付けされた。
「んぅ……! ふ、ぅ……」
 上下の唇を舐められ、歯列も丁寧に舐められ、口の中全てが隼人で染められていく。俺も隼人の中にいきたくて舌を伸ばすがその前に絡め取られて侵されるばかりだ。扱く手も休んではくれないので上手くできない。
「ふぁっ……ぁ、はやと……」
 やっと唇を離してくれたと思ったら、受け止めきれない唾液が顎を伝っていった。息が荒くなり歪む視界で下を見ると、エプロンに付いた染みは既に亀頭大ほどのサイズになっていて、思わず目を瞑った。
「どうしたんだよ? そんなに自分の先走りが見てらんねぇの?」
「あ、だって……そんなに、はっきり見えると……っ」
「見える? これでも隠れてるんだぜ? ほら」
 隼人は尿道の周囲を手の平で撫で回した。それだけで有り得ないほどにヌルヌルしているのが伝わってくる。しかしその手でさらに激しく性器を扱いてくるのだから、それどころではなかった。ぐぢゅぐぢゅぐぢゅぐぢゅと、狭いキッチンに響き渡り耳を覆いたくなるが、俺の両手は隼人の二の腕を握りしめて離せない。自分から発せられている音だなんて到底信じられなかった。
「すっごい濡れてるだろ? エプロン外してやろうか?」
「あ、や、やだぁ、見たく、ないですっ……!」
「俺は見たいんだよな」
 そう言って結局隼人は性器にかかったエプロンを横に退けた。電気の光を真上に受け、全体がぬらぬらと濡れて光った性器が露になる。
「うわぁ、スケベだな」
「い、言わないでください……」
 隼人はそのまま膝立ちになり、カリ首に少しだけかかった皮の部分を下に引っ張って露出させた。隠れていたそこを舌でつつかれ、ビクンと腰が跳ねる。
「え、ちょっと……待ってください、舐めるんですか……?」
「あぁ? だめなの?」
 隼人はあまりフェラチオを好まない。一年以上関係を続けてきていても、してもらったのなんて初めての時くらいな気がする。それなのにどうして。
 しかし隼人は戸惑う俺など無視して根元から先端まで舌を滑らせていく。
「あ、やっ……なん、で……やぁ」
「いいんだよ、今日は。特別」
 亀頭をぐるりと舐めながら舌先でカリの下を刺激されると背中が震えた。普段しない癖にちゃんとどうすれば良くなるのかわかっているのが悔しいけれど嬉しい。
 けれども何が特別なのかよくわからない。なにも思いつくことがないのだ。いつもの気まぐれなのか。
 隼人が性器を咥え吸い上げている様は初めての行為を思い出してしまい、なんだかこそばゆい。なかなか見られないからよく目に焼き付けようと思うが、あまりの快感に視界は歪むし、目は瞑ってしまうしで散々だ。
「あぁ……はやとっ、きもちいい、ですぅ……っ……はぁ、そこぉ……」
「裏筋よりも尿道よりも好きだよなぁ、ここが」
 カリに吸い付きながらその真下のクビレをグリグリと舌で刺激してくる。気になることはあるのに気持ちよくて気持ちよくて訳が分からなくなる。
 そんな状態なのに隼人は再び性器を咥え込み、俺を追いつめる。中では舌が焦らすように尿道から鈴口を舐め回す。くるくると回りながら上下する舌はなかなか欲しいところにこないが、その分カリにきた時の快感が上回った。
「ああぁぁ!! それ、出ちゃいますっ、だめ、イッちゃう……!」
「イッてもいいよ? 口では出すなよ」
 優しい声音が低くなり、チクリと忠告される。でもその冷たい声が好きで、ずっとずっと好きで、聞いた瞬間に頭が真っ白になった。
 腰が、ガクガクと震える。性器の中にあるだろう管を通りながら刺激してビュクビュクと精液が発射されていく快感。
「あぁ……あぁ……」
「出雲、顔やべぇよ。とろとろ」
 口内射精は免れたがドロドロになってしまった手を、隼人はあろうことか人のエプロンで拭った。どうせ汚れてしまったからいいのだけど。
 隼人は立ち上がり、自分の口元を手の甲でぐいっと拭う。そして口を開けて惚けた顔をしていた俺の口内に指を入れ、舌をぐりぐりと人差し指で押してきた。
「今度は俺のこと気持ちよくしてくれる? いつも通り」
「ふぁい……」
 舌を抑えられているため、なんとも情けない声だった。そんな俺を見て、指先で何度も頬を撫でてくる隼人。優しく笑い、そのまま撫でた箇所を口付けた。
 イッた後だからだろうか。少し冷静になった頭でやっぱりおかしいと思う。こんなに優しくされることはない。いつも自分が精を吐き出せればそれでいいといった感じで乱暴に扱われているのに。行為中に寝られるのは嫌いだが、乱暴にされるのは別に構わないのに。モノみたいに扱われるのはそれはそれで快感だった。
 優しくされて嬉しい気持ちもある。けれどそれよりも上回る不安。だって彼が俺に振り向いてくれるなんて有り得ないから。
「隼人……なにか、あるんですか」
 このままでは行為に集中できないので聞くと、彼は顔を顰めた。眉根が寄せられ、目をそらす。
「何が?」
「いつもと違うじゃないですか。優しすぎるというか……」
「優しくて嫌なのか? さすがドM……」
「誤魔化さないでください」
 懇願するように彼を見上げ、少しも目を離さないように見つめた。隼人は仕方なさそうにこちらに目を向け、俺の頭を撫でる。
「本当に地毛なのか疑うくらい茶色いよな。俺は黒髪の方が好みなんだよな」
「話を逸らさないでください」
「身長は同じくらいか。少し出雲の方が小さいか……」
「何の話ですか?」
「たれ目はいい感じだな。ほら、眉間にしわ寄せてみ?」
 そこまで言われて俺は彼の両肩を強く押し、調理台から下りた。隼人が最低なのは今に始まったことではない。それでもこれは許せなかった。ズボンを直し、睨みつける。狭いキッチンでは隼人を壁際に追いやっても、大人の男二人が向かい合うのがやっとくらいのスペースしかない。
「なんですか? 玲児くんと比べて……だから優しくしたんですか?」
「違う」
「じゃあ……」
「今まで上手い飯作ってくれたし」
 隼人は背中を丸めて俯き、片手で頭を抱えた。暫くそのままでいた後、深いため息が漏れる。
「もう最後にしようと思ったんだ。玲児の代わりにお前を抱くの」
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