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崩壊

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「ああ、鍵閉めるの忘れてたね」
 唇が離れ和人さんが悪びれもなく微笑むが、隼人は目を見開いたまま動かなかった。出雲との時にはすぐに彼を殴りつけていたというのに。
 もしかしたら同意の上だと思われている?
 先日のことがあって時間も経っていない、軽蔑された?
 そもそも二回もこんな痴態を晒してしまうなんて。
 驚いた顔のままだった隼人の表情は少しずつ険しいものに変化していった。それは嫌悪からくるものなのか。自分の血の気が引いていくのを感じ、もう立場的な問題などどうでもいいと思った。隼人にそんな風に思われたくない、その一心で俺は和人さんの身体を押し退け隼人の胸に飛びついた。和人さんが少し寂しそうな顔をしていたのにも気が付かないほど無我夢中だった。
「はやと、たすけてくれ……!」
 ぎゅうっと強く胸に顔を寄せて背中に手を回すと、腕が小刻みに震えていることに気がついた。実際、どうなってしまうのかと恐ろしかった。そんなことをしても無意味だと言うのに手の甲で奪われた唇を拭う。少しでもされた事実を消してしまいたい。
「あーあ、そんなに嫌がられたの初めてかも」
 背後から聞こえてきた和人さんの声はいつも通りの明るさを持っていた。隼人はそんな発言は気にも止めず、左手を俺の背に回し抱き返してくれた。背中から体温が伝わって広がり、ようやく震えが収まり始める。
「玲児、帰るぞ」
 そう言って和人さんを睨み、俺の背に手を添えて前へ進めと促しながら二人で部屋を出た。なんとなくわかっていたがやはり和人さんは引き止めたりすることはなかった。扉を背に隼人は俺の衣服の乱れを直してくれ、その手つきがとても優しくて安心する。隼人は何も聞かないが一体俺達を見てなんと思ったのだろう。
「隼人、これは……和人さんにいきなり……」
 弁明をしておこうと口を開くと隼人は和人さんにもしたように俺のことを睨みつけた。その目があまりに鋭く射抜かれてしまいそうで、言葉を飲み込んでしまう。そうして隼人はすぐに俺の手を握り歩き出した。
「帰ろう」
「あ、しかし、コートや荷物が浅人の部屋に」
 言いかけると隼人は自分が着ていた橙色の厚手のカーディガンを俺の肩にかける。そして有無を言わさぬ口調でまた告げるのだ。
「帰ろう」
 その迫力に負けて黙って頷くしかできなかった。




 ずっと手を繋いだまま浅人の家を出て、外を歩き、電車にも乗った。十二月になりもう外は寒いというのに隼人は長袖のTシャツ一枚という出で立ちだったし、ずっとお互い無言で目も合わさず手を繋ぐ男子高校生二人は異様だっただろう。周りの目はもちろん気になったし隼人も有名になってきたので手を離した方がいいのではないかと思ったが、電車に揺られ隣に座りながら隼人に目を向けても窓の外を見ているだけだ。片時も離さずずっと手を握られていたが、いつも暖かい隼人の手はさすがに冷たかった。
 電車の方角で隼人の家へと向かっているのがすぐわかったが、そのまま従った。従うしかないという雰囲気を持っていた。
 和人さんに襲われそうになった恐怖から隼人に助けられて安心したはずなのに、またじわじわと恐怖が後ろからやってきている。彼が一体何を考えているのかわからない。
 隼人のアパートについてからも手を引かれたままだったが、突然ぐいと力強く腕を引っ張られ、ここのところまるで力の入らないこの身体はベットへと投げられた。ベットの激しく軋む音が響く。
「俺さ……お前のこと本当に大事で」
 ずっと無言を貫いていた隼人の語りに、彼を見上げた。
「お前に縛られて犯されてた癖に、神聖なもの、みたいに思ってて」
 その目には光がなく、こちらを見ているのに何を見ているのかわからないような得体の知れなさがあった。隼人もベットに乗り、俺の上に覆いかぶさる。
 先程まで握られていた手の平を、そっと指先でなぞられた。ぴくりと指が反応してしまう。
「お前に触れなくなったのも拒否されるのが怖いのもあったけど、こんな汚い手で触っちゃいけないってそっちの方が怖くて」
 そのまま手を握られる。もう片方も。そして万歳と手を上げるようにされると大きな手で両手首を頭上で押さえられ、隼人は自分のベルトを引き抜いた。
「はやと……?」
 呼びかけると口角を上げて笑顔を作るが、目は笑ってはおらず不気味だった。そうしてベルトで俺の腕をベットの格子に縛り、拘束する。拘束されるだろうなとわかっていたのに少しの抵抗もする気にならなかった。冷たくなった彼の目を見ていると蛇に睨まれたかのように動けない。
「汚しちゃいけないって思ってたのに……無防備過ぎる。それとも誘ってんのかよ。出雲にもあんなことされた後で、立て続けにこんな……俺がいなかったらどうすんの? そのうち……誰かに犯されんの?」
 隼人の手が、俺の首に触れた。首の細さや形を確かめるように、掴むように、まるで首を絞める前のように触れた後、その手は降りていきシャツの襟元に手をかけると、そのまま下に向かって力任せに引き裂いた。シャツは破けなかったものの、ボタンが弾け飛んでいくのを見ながら自分が思っているよりも危険な状況に身を置いてることをやっと理解した。拘束されているというのに今更だ。
 動かすことのできなかった身体を恐る恐るやっと動かし、腕を揺するがベルトが外れそうな気配はない。
 しかし、何故だろうか。
 和人さんに襲われた時の方が余程怖かったのだ。
 隼人の表情や目つきは怖い。
 隼人が何を考えているのかわからず怖い。
 しかし自分がこれからどうなるかという恐怖が欠如している。
 隼人は少し躊躇しながらも、俺の頬に触れた。まだ冷たい手。今の隼人の気持ちを表しているかのように思えた。
「そんなことになったら耐えられない。そんなことになるくらいなら、俺が汚した方がマシだ」
 隼人の顔が近づいてくる。
 瞼を閉じていくのが見える。
 そうしてその唇が、俺の唇と重なった。
 唇が厚くないので柔らかさには欠けるが、熱い唇。
 涙が出そうになる。
 何年ぶりなのだろう。
 最後にしたのはいつだろう。
 この唇が好きで好きで堪らない。
 本当はずっと隼人を求めていた。
 口付けられたことにより、ずっと蓋をしてきた想いが溢れだしていってしまう。
 触れ合うだけの口付けがもどかしくなる。きっと今俺は襲われている。それなのに舌が欲しくて、無意識にその下唇を舐めて誘い出していた。
 誘いに乗って舌が口内に侵入してくる。お互いの舌先を撫でて絡み合う。こちらも攻めていた筈が、いつの間にか舌を根元まで舐められ吸われ、されるがままになってしまう。息ができなくてボーッとしてくるのが気持ちいい。
 隼人だ。隼人と本当にキスしてる。
「あっ……」
 唇が離れても、まだ足りなくてその唇を見つめていた。視界は歪み、息が上がっているのにもっと欲しい。
 しかし隼人はそんな俺を見て軽蔑するように顔を顰めた。
「俺のこと拒否するくせにそんな物欲しそうな顔するんだな」
「いたっ……!」
 ガリッと音を感じるほど、胸の先端に爪を立てられた。そのまま爪を押し付けられ、足の間には膝を入れられ股を踏むように刺激される。痛くて腹の下に力を入れて耐えているというのに、上から笑い声が聞こえた。乾いた声であまり楽しそうには聞こえない。
「う……っ、いたい、はやと……!」
「こうしないと喜んじゃうだろ? 誘ってるようにしか見えねぇんだよ。もっと嫌がれよ」
「あうぅっ!」
 爪が押し付けられたまま引っ掻かれた乳首に激痛が走り、目視すると血が滲んでいた。ヒリヒリと痛くて熱いそこを今度は舐められ、唾液が染みて痛みが走るとともに快感の種が植え付けられる。
 痛いのに気持ちがいい。
 痛いとしか思えなかった膝で乱暴に弄ばれる性器も気持ちいいような気がしてきて頭が混乱した。食いしばっていた歯が開き声が漏れる。こんな自分が恥ずかしい。
「あ、あ、いやだ、こんな……あぁ、あ……」
「こんなことされても感じるんだな。腹立つ。何だっていいのかよ? なぁ?」
「ちがっ、ちがう、んん、んぅぅ……」
「何が違うんだよ。勃ってんじゃん」
「やだ、言うなぁ……やだぁ……」
 恥ずかしくて顔を隠したい、口を塞ぎたい。なんとかならないものかと腕を動かすが手首がベルトに擦れて痛いだけで何もできない。
 こんな何をされても感じてしまう自分なんて隼人に見られたくないのに。隼人にされるなら何だって、何だって良い。でもそんなの恥ずかしい。
 実際犯されてしまってもいいと思っている。怖くないわけではない。こんな形で抱かれるなんて嫌だと思う気持ちもある。
 それでも隼人に抱かれたいという悲願が昇華される期待が俺の中にあった。
 それなのに隼人は腕を動かす俺に眉を顰めた。そして胸の切れた場所に再び爪を立てる。痛みばかり与えられる。
「あああっ!」
「ほどいてほしい? 嫌になってきたか? まぁ嫌がれっつったけどな。それとも和人さんにされるのは良くて俺は嫌なの?」
「そんな、ちが……」
「お前ほんと細いね。へし折ってやりたい。そんでずっとここに拘束しておきたい」
「あ……! いた、い、はやといたいっ」
 胸に歯を立てられ腰に腕を回されたと思ったら、強く強く抱きしめられ背骨からギリギリと音がするようだった。痛い、本当に折れてしまう。隼人は苦痛に歪む顔を上目遣いに見ながら乳首に舌を這わしていく。
 苦しくて痛くてゾクゾクして、わけがわからぬままにまた唇が重ねられて。隼人の唇に触れると下半身が反応するのが自分でわかる。痛いのは嫌だけれど唇はいくらでも欲しい。
 もっともっと……
 求めているのに、隼人は唇にすら噛みついた。
「いっつ……!」
 なんで。
 どうして傷つけるようなことばかりする。
 顔をあげた隼人の唇にはわずかながら血がついていた。
 拳で唇を拭い、俺のズボンに手をかける隼人はちっとも楽しそうではない。
 独特の光を放ってはいるものの、その目は力がなく辛そうで。
 そんなに辛そうなのになんでこんなことをする必要がある。
「隼人……やめてくれ……俺は誰ともしない」
「あーそう? 悪いけどそうは思えねぇわ」
「こんな風に体に傷をつけてどうするんだ。お前がこれで満足するなら構わない……しかしきっと後悔する」
「うるせぇな」
「隼人、やめよう……今さらかと思うかもしれないが話を」
「うるせぇっつってんだろ?!」
 怒声と共に腹に拳が叩き込まれた。視界は揺れ、内蔵が上がってくる苦しみが襲うが、痛くて苦しくて仕方ないが、それよりも伝わらない気持ちや隼人に殴られた事実が衝撃的でとうとう頬に涙が流れた。
 苦しい。
 俺は殴られて苦しいが、隼人は?
「ずっと、ずっと話なんか聞いてくれなかっただろ?! こんなことになったらそんなこと言うのかよ。満足するなら構わないって? だったら黙ってろ! 黙って受け入れればいいだろ!」
「はや……と……っ」
 涙に濡れた頬を撫でて爪を立てたと思えば舌を這わして涙に口付けて。
 隼人は俺のズボンを下着と一緒に引きずり下ろす。
「そんなにやめてほしい? 絶対やめないから」
 太ももを抱えられ、その手がそのまま尻の割れ目に入っていく。
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