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告白録②
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あの子のことを考えていると普段重たい頬の肉がよく上がる。店長がそれを見て微笑ましいとでも言うようにニコニコと笑っているのが気に入らず、口の中に残る濃厚なチーズのもったりとした味を辛口のスパークリングワインで流し込んだ。小さな泡が次々と現れては浮かんで消えていくそれが、口の中をすっきりと洗い流すようにリセットしてくれる。今日は酒のペースが早いなと自覚しながらも次こそはジンが飲みたいとライムジュースとシェイクして作るギムレットを注文した。
店長は何回か席を外しながらも折を見て声をかけてくれるのでその後も何度かウイスキーやカクテルを注文し、さらには店長にもその度に強い酒ばかり奢っていたら少しづつだが互いに酔いが回ってきた。もう逆にシンプルにいこうかと、ジンをレモンジュースとソーダで割った、これまでに比べてアルコール度数の低いジンフィズで乾杯をする。
「どれだけ飲んでもお肌ツヤツヤの真っ白じゃない。羨ましいわ。背も高いし顔のパーツもくっきりしてるし、ロシアの血でも入ってるのかしら」
「いや……? ない、かな」
「僕はちょっと回ってきた。お客様と飲んでても普段こんなことないのに本当に強いわね」
そうは言っても彼も顔色にそこまでの変化は感じない。ここまで一緒に飲める人も珍しい。背筋もまっすぐに伸びている……先程それを指摘したらヒールを履いてるからと言われたが、あんな歩きづらそうな靴で普通に歩いているのだから同じことだ。しかし多少発汗しているようで、三編みを胸の前に流して首筋やうなじにハンカチを当てている。
ヒールを履いて目線があまり変わらないから僕より背は低いのだろうけど、首が太く筋張っていて逞しく、大きくても細長いだけの自分では一発殴られただけで伸されそうだ。それでも昔よりは筋肉がついてきたはずなのだけどと、二の腕をさする。細い。筋肉質な人が好きだと言っていたな。袖に隠し切れるくらいの嫉妬をもって彼の三編みを眺める。きれいな黒髪がオレンジ色の照明に照らされて編み込みに沿って複雑に光を反射し、アマレットのような甘い色の艶を作っている。
「店長を、見てると……コンプレックスが刺激されて、たまらないな」
「え? なに?」
「ううん……三編み、見せて」
「みつあみ? どーぞ」
カウンターに前のめりになってくれたので、持っていた煙草を咥えて右手を伸ばす。
「ちょっと燃やさないでよ?」
「善処する」
「その返事の仕方は不安を煽るから止めたほうがいいわ」
毛束も均等で編み目も等間隔に並んでおり、あまりに正確で人の髪というより縄か何かのようだ。手に取るといつものシャンプーの香りがする。何を使っているのか知らないが、こんなに匂いが残るものなのかと最初の方は驚いた。花の香りだとは思うのだが、この匂いはなんだっただろう。花の香など知らないけれど、知っている香りのような気もする。
「自分で……編むの?」
「いいえ。こんなに綺麗にできないし、なんだか恥ずかしいし、自分から進んでこの髪型にはならないわね」
「この三編み、ほしい……ちょうだい……?」
「はぁ⁉」
僕のお願いに強い拒否を感じ取れる大きな声で反応し、屈んでいた姿勢を正して三編みを胸のあたりから引っ張って没収されてしまった。するすると僕の手のひらをシルクのような肌触りで滑りながら三編みが逃げていく。
「あんたそんなに僕のこと好きだったの⁉」
「いや? 嫌いでは、ないけど……くれない?」
「あげるわけないでしょ。加賀見ちゃんは嫌いではない程度の人間の髪の毛なんか要求するわけ?」
「なぁんだ……」
ほしかったなぁ。この人色々と持ちすぎだし、髪の毛くらいまた伸びるんだからくれたらいいのに。特徴詰め過ぎだし髪の毛が短くなったくらいどうとでもないだろう。
腹立つなぁ。この人は嫌いじゃない。でも腹が立つ。
「ゴットファーザー……店長のも」
「まだ飲ませる気? どんなに酔わせても僕のことは持ち帰れないからね?」
「持ち帰る、より……持ち帰って、ほしいな……」
顔をくしゃりとした変な苦笑いをしながら首を傾げ、ミキシング・グラスを用意している。そこにスコッチと、それから黒髪に反射した光が織りなすのと同じ色をしたアマレットという杏のリキュールが注がれる。美しい琥珀色がやや透明感が増していくのをじっと見つめる。
「その三編み、見てたら……アマレットが飲みたくなって」
「そうなの? ゴッドファーザーの名前が同名の映画からつけられたのはさすがに知ってる?」
「うん」
軽く混ぜるとからんと氷がグラスに当たる音が響く。本当に丁寧に、繊細な動きをする指先だ。髪の毛よりもその指先が欲しくなるほどに。
「二人共いくらでも飲めそうだな」
その指先が触れるものを考え始める前に、二つ空けた並びの席に座る年配の男性に声をかけられた。おそらく女性(ここの従業員には性別の判断がつかない人が数名いる)の従業員に接客されながらビールを呷る。
「あれ見せてくれよ、テレビでよくやってる……テキーラどんだけ飲めるかみたいなのあんだろ。おじさんが奢るからさぁ、いい飲みっぷり見せてくれよ」
「やだ、相澤さんったら悪酔い? せっかくの申し出だけどもう今日は既に飲んでしまっているし、お客様に悪いから……」
「いいよ?」
提案してきた客だけでなく、話を聞いていた客の歓声がヒューッと響き、ムード溢れる静かな空間は一転して下町の飲み屋のようにざわめき始めた。
店長はそれを見て冷や汗を浮かべながらおおよそ客に向けていいとは思えない、眉間にこれでもかと皺を寄せた怖い顔で睨んできた。この人いつも穏やかな雰囲気で微笑んでるからあまり気にしていなかったけど顔怖いな。
「大丈夫ですよ、店長。店長が潰れたら私達で締めの作業やりますし、いざとなったらキョウくん呼びますから。心置きなく! どうぞ!」
「面白がってんじゃないわよ……」
従業員も客も今か今かと始まるのを待っている中、唯一彼一人だけまだ渋っていた。やってもやらなくてもどうでもいい……が、この男の負け顔は見てみたかった。
「店長……もう、飲めない? いいよ。僕、一人で……飲む?」
テキーラちょうだいと酒の並んでいる棚を顎でしゃくれば、彼はテキーラのボトルをカウンターにドン、とおいた。先ほど空にしたゴットファーザーが入っていたグラスについていた水滴が落ちる。
「煽ったって乗らないわよ。お客様のために乗るだけ」
捨て台詞とともにショットグラスが二つ追加で置かれ、彼はやはり穏やかに、爬虫類のような小さい瞳をした目を細めて隠し微笑んだ。
※※※※※※
ベッドの壁際のすみっこで枕を抱いて寝転びながら、スマートフォンをいじること二〇分。なにか好みの動画はないかなと探していたがなかなか見つからず、ちょっとした旅をしてしまっていた。
早くしないと途中で路彦さんが帰ってきてしまうと焦り始めながら、スエットのズボンの中に手を入れ下着の上から男性器に触れる。立ち上がってはいないが芯の感じる熱いモノを上下に撫でればゆるやかに気持ちいい。もうこのままシテしまったほうがいいかもしれない……スマートフォンを手から離してズボンと下着を下にずらし、亀頭をくにくにと揉みながら竿を握って手をスライドさせる。
先生といる間は自分の役目は終わったというばかりに立たなくなっていた男性器も、すっかり元気を取り戻した。お尻でする自慰はたまらなく気持ちいいけれど、やっぱり手早く済ませたいと思ったらこれに勝るものはなく。上半身は枕をぎゅっと抱いて身を縮め、下半身では忙しく手を動かす。
「ん……ん、んっ……」
良いオカズが見つからない時は単純に身体の気持ちよさと妄想で興奮を高めるしかないのがつらい。こんな時はいつも先生が自分との行為をハメ撮りしていたことを思い出して恨めしくなる。あの動画をもらっておけばよかった……あれがあればいくらでも抜けるのに。萎えてるおちんちんからいっぱいおもらしして、おしりの中擦られて、思い出しただけで高まる。ああもう本当に映像が、音声が欲しい。
しかしないものは仕方ないので目を瞑って目の前に先生がいると想定する。見てあげると言って静かな……でも本当は俺を抱きたくて仕方ない、密かな熱を持った瞳に見られてる。どうなってるのと問いかけて、いつもエッチなことを言わされて……ううん、自分でも気持ちよくなるとたくさん恥ずかしいことを言ってしまって。
低く囁くように話すのによく通る声が、何してるのと俺に話しかける。
「あっ……しこしこ、してます……おちんちん、きもちいい……」
枕に埋めたままきっと傍からは聞き取れない声で答える。それでもこんなこと一人で口走ってしまって恥ずかしくてたまらない。でも目を開けなければ本当に先生がいるみたいで、せんせい、と声に出したらだらりと先走りが溢れ出した。
「せんせぇ、せんせぇぇ……おちんちん、きもちい……せんせぇ……」
手とおちんちんの隙間が自分の液体でぬるぬるになってきて気持ちがいい。いつの間にか完全に勃起したおちんちんを扱くだけでは物足りなくて腰も揺すって激しく責め立てる。こんなに激しくオナニーしてるの先生に見られちゃうの恥ずかしい、そんな風に考えたらお尻の穴がきゅうっとしてむずむずした。
先生のこと考えてオナニーするのは興奮するし気持ちいいけどお尻の穴が切なくて中をいじりたくてたまらなくなって、手軽で済まなくなるのが困る。
「あっ、おしり、だめ……おしりちがう、おちんちん、おちんちんでいくぅ……」
おちんちんを少し前に突き出して、お尻に力を入れて我慢する。足の先までピンと伸びて仰け反り気味になったら、枕に胸が押し付けられて乳首が擦れる。Tシャツ越しなのに刺激が走った。
「あっ……!」
おっぱい気持ちいい……今すごいかっこ悪い、みっともない格好してる。おちんちん扱いて、枕に胸擦り付けて、ピンと身体を反らして……こんなとこ誰にも絶対見られたくないけど、先生に見られたい。ううん、見られてる。先生見て、先生、先生、先生……!
しかしあともう少し、というところで玄関から物音がした。もう鍵が開けられる前に出してしまえば良かったが、驚きにビクッと身体が揺れて急いで下着とズボンを元の位置までずり上げようとして、しかし慌ててしまい男性器が引っ掛かて上手くいかない。
「ただいまぁー」
間一髪のところで扉が開き、間延びした声が響いてくる。風に押されるままに大きな音を立てて扉が締まり、どすんどすんと一歩一歩大きな音を立てて路彦さんが入ってくる。
いつもこんなに物音を立てる人ではないのに珍しいと思いながらも、頭まで布団をすっぽりと被った身体が縮こまっていくのを感じる。昔から大きな生活音は苦手だ。どんどん迫ってくる足音にたまらず耳を塞いだ。
「出雲くん? 寝ちゃった?」
ギシ、とベッドに体重がかかる。何だか様子がおかしい。おそるおそる布団から顔を出してみると、俺を見下ろす路彦さんの顔は赤く吐く息はお酒臭かった。
「起きてた。可愛い顔。僕の可愛い子」
いつもより一度くらい温度の高そうな手がおでこから頬を撫で、頬にキスをする。いや、ほんと酒くさっ。
「え、路彦さん酔ってるんですか? ていうか、路彦さんって酔っ払うんですか?」
「そりゃあねー? ホストやってた時は毎日酔っ払ってげーげー吐いてたもの。あーもー寝転びたい、お布団入れてー?」
「路彦さんホストだったんですか?!」
色々と驚いてるうちに布団を剥がされ中に侵入され、今度は二人ですっぽり布団にくるまった。色々と驚いて呆気に取られてされるがままにされていたが、自分の手が汚れていることに気がついて枕元のティッシュを取って鼻をかむ振りをして手を拭く。同居人がいるとこういう誤魔化し方ばかり上手くなる。
前から抱きつかれそうになり、それはまずいと(さっきまでいじっていたものが完全に路彦さんをつついてしまうので)慌てて背中を向けたらそのまま抱きしめられた。
いつも路彦さんは愛用しているシャンプーのホワイトローズの清潔感を保ちつつセクシーな香りがする……のだが、今日は臭い! 酒と煙草の臭いがキツい。
「路彦さん、シャワー、シャワー浴びましょう? 浴室までは連れていきますから」
「だるいー、あしたぁ……」
「えー、俺は綺麗にしたんですよ。ばっちいです! ならくっつかないでください」
「やーだ。絶対くっつく」
うなじの毛のところに顔を埋めてすりすりもふもふされてくすぐったい。いつも仕事中も仕事後もどれだけ飲んでも、いつものしっかりとしていてお客様や俺や他のキャストの面倒を見てくれる路彦さんが崩れることはないのに。
「どれだけ飲んだんです?」
「わかんない……水曜たまに来る、強いお客様と飲んでたの。そしたら近くに座ってた他のお客様がね、二人とも強いなぁ、奢るからテキーラ対決見せろぉって言い出して……」
「ええええ! 何やってるんですか」
「断ろうとしたんだけど、みんな盛り上がっちゃってね……相手は良いって言ってるし、引けなくなっちゃった」
ということは、わからないほどテキーラを飲んだのか……俺なんか今隣で呼気を感じるだけで酔っ払いそうなのに。想像しただけでおえっとくる。
でも路彦さんは本当は嫌だったのに、お客様のことを考えて飲んだのかと知ったら同情してきた。自分が酒を飲めないからこそ気持ちがわかる。俺のおへそを守るように組まれた大きな手に自分の手を重ね、水仕事で少しカサついた指を撫でる。
「大変でしたね……それで、勝たれたんですか?」
「んーん、負けた。あれ以上飲んだらちゃんと立てなかったもの」
「今もふらふらじゃないですか」
「お店では、というか玄関入るまではいつも通りだったのよ? もうギブアップって言ったらまだいけるだろってブーイング食らっちゃった。意地で立ってるだけでフラフラなのに……帰ってきたら気が抜けて、もうだめ」
「本当に頑張ったんですね。お疲れ様です」
失礼かなとも思ったが、手を後ろに回してつい頭をなでなでとしてしまった。酔って甘えているのはわかるし、嫌ではないはず。するとまたすりすりと肌に顔を擦り寄せて、ふふふ、と柔らかな笑い声が漏れる。
「負けたけど、僕の勝ち。帰ればこんな可愛い子に慰めてもらえるんだから」
そんな大したものじゃないけれど満更でもなく路彦さんの顔を見ようとしたら、頬に口付けをされて顎を掴まれた。え、と思った隙に唇が……自分の唇に、押し付けられる。
店長は何回か席を外しながらも折を見て声をかけてくれるのでその後も何度かウイスキーやカクテルを注文し、さらには店長にもその度に強い酒ばかり奢っていたら少しづつだが互いに酔いが回ってきた。もう逆にシンプルにいこうかと、ジンをレモンジュースとソーダで割った、これまでに比べてアルコール度数の低いジンフィズで乾杯をする。
「どれだけ飲んでもお肌ツヤツヤの真っ白じゃない。羨ましいわ。背も高いし顔のパーツもくっきりしてるし、ロシアの血でも入ってるのかしら」
「いや……? ない、かな」
「僕はちょっと回ってきた。お客様と飲んでても普段こんなことないのに本当に強いわね」
そうは言っても彼も顔色にそこまでの変化は感じない。ここまで一緒に飲める人も珍しい。背筋もまっすぐに伸びている……先程それを指摘したらヒールを履いてるからと言われたが、あんな歩きづらそうな靴で普通に歩いているのだから同じことだ。しかし多少発汗しているようで、三編みを胸の前に流して首筋やうなじにハンカチを当てている。
ヒールを履いて目線があまり変わらないから僕より背は低いのだろうけど、首が太く筋張っていて逞しく、大きくても細長いだけの自分では一発殴られただけで伸されそうだ。それでも昔よりは筋肉がついてきたはずなのだけどと、二の腕をさする。細い。筋肉質な人が好きだと言っていたな。袖に隠し切れるくらいの嫉妬をもって彼の三編みを眺める。きれいな黒髪がオレンジ色の照明に照らされて編み込みに沿って複雑に光を反射し、アマレットのような甘い色の艶を作っている。
「店長を、見てると……コンプレックスが刺激されて、たまらないな」
「え? なに?」
「ううん……三編み、見せて」
「みつあみ? どーぞ」
カウンターに前のめりになってくれたので、持っていた煙草を咥えて右手を伸ばす。
「ちょっと燃やさないでよ?」
「善処する」
「その返事の仕方は不安を煽るから止めたほうがいいわ」
毛束も均等で編み目も等間隔に並んでおり、あまりに正確で人の髪というより縄か何かのようだ。手に取るといつものシャンプーの香りがする。何を使っているのか知らないが、こんなに匂いが残るものなのかと最初の方は驚いた。花の香りだとは思うのだが、この匂いはなんだっただろう。花の香など知らないけれど、知っている香りのような気もする。
「自分で……編むの?」
「いいえ。こんなに綺麗にできないし、なんだか恥ずかしいし、自分から進んでこの髪型にはならないわね」
「この三編み、ほしい……ちょうだい……?」
「はぁ⁉」
僕のお願いに強い拒否を感じ取れる大きな声で反応し、屈んでいた姿勢を正して三編みを胸のあたりから引っ張って没収されてしまった。するすると僕の手のひらをシルクのような肌触りで滑りながら三編みが逃げていく。
「あんたそんなに僕のこと好きだったの⁉」
「いや? 嫌いでは、ないけど……くれない?」
「あげるわけないでしょ。加賀見ちゃんは嫌いではない程度の人間の髪の毛なんか要求するわけ?」
「なぁんだ……」
ほしかったなぁ。この人色々と持ちすぎだし、髪の毛くらいまた伸びるんだからくれたらいいのに。特徴詰め過ぎだし髪の毛が短くなったくらいどうとでもないだろう。
腹立つなぁ。この人は嫌いじゃない。でも腹が立つ。
「ゴットファーザー……店長のも」
「まだ飲ませる気? どんなに酔わせても僕のことは持ち帰れないからね?」
「持ち帰る、より……持ち帰って、ほしいな……」
顔をくしゃりとした変な苦笑いをしながら首を傾げ、ミキシング・グラスを用意している。そこにスコッチと、それから黒髪に反射した光が織りなすのと同じ色をしたアマレットという杏のリキュールが注がれる。美しい琥珀色がやや透明感が増していくのをじっと見つめる。
「その三編み、見てたら……アマレットが飲みたくなって」
「そうなの? ゴッドファーザーの名前が同名の映画からつけられたのはさすがに知ってる?」
「うん」
軽く混ぜるとからんと氷がグラスに当たる音が響く。本当に丁寧に、繊細な動きをする指先だ。髪の毛よりもその指先が欲しくなるほどに。
「二人共いくらでも飲めそうだな」
その指先が触れるものを考え始める前に、二つ空けた並びの席に座る年配の男性に声をかけられた。おそらく女性(ここの従業員には性別の判断がつかない人が数名いる)の従業員に接客されながらビールを呷る。
「あれ見せてくれよ、テレビでよくやってる……テキーラどんだけ飲めるかみたいなのあんだろ。おじさんが奢るからさぁ、いい飲みっぷり見せてくれよ」
「やだ、相澤さんったら悪酔い? せっかくの申し出だけどもう今日は既に飲んでしまっているし、お客様に悪いから……」
「いいよ?」
提案してきた客だけでなく、話を聞いていた客の歓声がヒューッと響き、ムード溢れる静かな空間は一転して下町の飲み屋のようにざわめき始めた。
店長はそれを見て冷や汗を浮かべながらおおよそ客に向けていいとは思えない、眉間にこれでもかと皺を寄せた怖い顔で睨んできた。この人いつも穏やかな雰囲気で微笑んでるからあまり気にしていなかったけど顔怖いな。
「大丈夫ですよ、店長。店長が潰れたら私達で締めの作業やりますし、いざとなったらキョウくん呼びますから。心置きなく! どうぞ!」
「面白がってんじゃないわよ……」
従業員も客も今か今かと始まるのを待っている中、唯一彼一人だけまだ渋っていた。やってもやらなくてもどうでもいい……が、この男の負け顔は見てみたかった。
「店長……もう、飲めない? いいよ。僕、一人で……飲む?」
テキーラちょうだいと酒の並んでいる棚を顎でしゃくれば、彼はテキーラのボトルをカウンターにドン、とおいた。先ほど空にしたゴットファーザーが入っていたグラスについていた水滴が落ちる。
「煽ったって乗らないわよ。お客様のために乗るだけ」
捨て台詞とともにショットグラスが二つ追加で置かれ、彼はやはり穏やかに、爬虫類のような小さい瞳をした目を細めて隠し微笑んだ。
※※※※※※
ベッドの壁際のすみっこで枕を抱いて寝転びながら、スマートフォンをいじること二〇分。なにか好みの動画はないかなと探していたがなかなか見つからず、ちょっとした旅をしてしまっていた。
早くしないと途中で路彦さんが帰ってきてしまうと焦り始めながら、スエットのズボンの中に手を入れ下着の上から男性器に触れる。立ち上がってはいないが芯の感じる熱いモノを上下に撫でればゆるやかに気持ちいい。もうこのままシテしまったほうがいいかもしれない……スマートフォンを手から離してズボンと下着を下にずらし、亀頭をくにくにと揉みながら竿を握って手をスライドさせる。
先生といる間は自分の役目は終わったというばかりに立たなくなっていた男性器も、すっかり元気を取り戻した。お尻でする自慰はたまらなく気持ちいいけれど、やっぱり手早く済ませたいと思ったらこれに勝るものはなく。上半身は枕をぎゅっと抱いて身を縮め、下半身では忙しく手を動かす。
「ん……ん、んっ……」
良いオカズが見つからない時は単純に身体の気持ちよさと妄想で興奮を高めるしかないのがつらい。こんな時はいつも先生が自分との行為をハメ撮りしていたことを思い出して恨めしくなる。あの動画をもらっておけばよかった……あれがあればいくらでも抜けるのに。萎えてるおちんちんからいっぱいおもらしして、おしりの中擦られて、思い出しただけで高まる。ああもう本当に映像が、音声が欲しい。
しかしないものは仕方ないので目を瞑って目の前に先生がいると想定する。見てあげると言って静かな……でも本当は俺を抱きたくて仕方ない、密かな熱を持った瞳に見られてる。どうなってるのと問いかけて、いつもエッチなことを言わされて……ううん、自分でも気持ちよくなるとたくさん恥ずかしいことを言ってしまって。
低く囁くように話すのによく通る声が、何してるのと俺に話しかける。
「あっ……しこしこ、してます……おちんちん、きもちいい……」
枕に埋めたままきっと傍からは聞き取れない声で答える。それでもこんなこと一人で口走ってしまって恥ずかしくてたまらない。でも目を開けなければ本当に先生がいるみたいで、せんせい、と声に出したらだらりと先走りが溢れ出した。
「せんせぇ、せんせぇぇ……おちんちん、きもちい……せんせぇ……」
手とおちんちんの隙間が自分の液体でぬるぬるになってきて気持ちがいい。いつの間にか完全に勃起したおちんちんを扱くだけでは物足りなくて腰も揺すって激しく責め立てる。こんなに激しくオナニーしてるの先生に見られちゃうの恥ずかしい、そんな風に考えたらお尻の穴がきゅうっとしてむずむずした。
先生のこと考えてオナニーするのは興奮するし気持ちいいけどお尻の穴が切なくて中をいじりたくてたまらなくなって、手軽で済まなくなるのが困る。
「あっ、おしり、だめ……おしりちがう、おちんちん、おちんちんでいくぅ……」
おちんちんを少し前に突き出して、お尻に力を入れて我慢する。足の先までピンと伸びて仰け反り気味になったら、枕に胸が押し付けられて乳首が擦れる。Tシャツ越しなのに刺激が走った。
「あっ……!」
おっぱい気持ちいい……今すごいかっこ悪い、みっともない格好してる。おちんちん扱いて、枕に胸擦り付けて、ピンと身体を反らして……こんなとこ誰にも絶対見られたくないけど、先生に見られたい。ううん、見られてる。先生見て、先生、先生、先生……!
しかしあともう少し、というところで玄関から物音がした。もう鍵が開けられる前に出してしまえば良かったが、驚きにビクッと身体が揺れて急いで下着とズボンを元の位置までずり上げようとして、しかし慌ててしまい男性器が引っ掛かて上手くいかない。
「ただいまぁー」
間一髪のところで扉が開き、間延びした声が響いてくる。風に押されるままに大きな音を立てて扉が締まり、どすんどすんと一歩一歩大きな音を立てて路彦さんが入ってくる。
いつもこんなに物音を立てる人ではないのに珍しいと思いながらも、頭まで布団をすっぽりと被った身体が縮こまっていくのを感じる。昔から大きな生活音は苦手だ。どんどん迫ってくる足音にたまらず耳を塞いだ。
「出雲くん? 寝ちゃった?」
ギシ、とベッドに体重がかかる。何だか様子がおかしい。おそるおそる布団から顔を出してみると、俺を見下ろす路彦さんの顔は赤く吐く息はお酒臭かった。
「起きてた。可愛い顔。僕の可愛い子」
いつもより一度くらい温度の高そうな手がおでこから頬を撫で、頬にキスをする。いや、ほんと酒くさっ。
「え、路彦さん酔ってるんですか? ていうか、路彦さんって酔っ払うんですか?」
「そりゃあねー? ホストやってた時は毎日酔っ払ってげーげー吐いてたもの。あーもー寝転びたい、お布団入れてー?」
「路彦さんホストだったんですか?!」
色々と驚いてるうちに布団を剥がされ中に侵入され、今度は二人ですっぽり布団にくるまった。色々と驚いて呆気に取られてされるがままにされていたが、自分の手が汚れていることに気がついて枕元のティッシュを取って鼻をかむ振りをして手を拭く。同居人がいるとこういう誤魔化し方ばかり上手くなる。
前から抱きつかれそうになり、それはまずいと(さっきまでいじっていたものが完全に路彦さんをつついてしまうので)慌てて背中を向けたらそのまま抱きしめられた。
いつも路彦さんは愛用しているシャンプーのホワイトローズの清潔感を保ちつつセクシーな香りがする……のだが、今日は臭い! 酒と煙草の臭いがキツい。
「路彦さん、シャワー、シャワー浴びましょう? 浴室までは連れていきますから」
「だるいー、あしたぁ……」
「えー、俺は綺麗にしたんですよ。ばっちいです! ならくっつかないでください」
「やーだ。絶対くっつく」
うなじの毛のところに顔を埋めてすりすりもふもふされてくすぐったい。いつも仕事中も仕事後もどれだけ飲んでも、いつものしっかりとしていてお客様や俺や他のキャストの面倒を見てくれる路彦さんが崩れることはないのに。
「どれだけ飲んだんです?」
「わかんない……水曜たまに来る、強いお客様と飲んでたの。そしたら近くに座ってた他のお客様がね、二人とも強いなぁ、奢るからテキーラ対決見せろぉって言い出して……」
「ええええ! 何やってるんですか」
「断ろうとしたんだけど、みんな盛り上がっちゃってね……相手は良いって言ってるし、引けなくなっちゃった」
ということは、わからないほどテキーラを飲んだのか……俺なんか今隣で呼気を感じるだけで酔っ払いそうなのに。想像しただけでおえっとくる。
でも路彦さんは本当は嫌だったのに、お客様のことを考えて飲んだのかと知ったら同情してきた。自分が酒を飲めないからこそ気持ちがわかる。俺のおへそを守るように組まれた大きな手に自分の手を重ね、水仕事で少しカサついた指を撫でる。
「大変でしたね……それで、勝たれたんですか?」
「んーん、負けた。あれ以上飲んだらちゃんと立てなかったもの」
「今もふらふらじゃないですか」
「お店では、というか玄関入るまではいつも通りだったのよ? もうギブアップって言ったらまだいけるだろってブーイング食らっちゃった。意地で立ってるだけでフラフラなのに……帰ってきたら気が抜けて、もうだめ」
「本当に頑張ったんですね。お疲れ様です」
失礼かなとも思ったが、手を後ろに回してつい頭をなでなでとしてしまった。酔って甘えているのはわかるし、嫌ではないはず。するとまたすりすりと肌に顔を擦り寄せて、ふふふ、と柔らかな笑い声が漏れる。
「負けたけど、僕の勝ち。帰ればこんな可愛い子に慰めてもらえるんだから」
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これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
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