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本編・取り違えと運命の人
081 ボタンを掛け違えたまま ①
ルーカさんに食後のコーヒーとちょっとしたお茶うけのお菓子を出す。
「あ、コーヒーでよかったですか?」
「はい。コーヒーは好きです」
黙。やっぱり、お互い、しゃべるのが得意じゃないんだろう、それきり会話がなくなった。
「あ」
ルーカさんのシャツのボタンが一つずれていることに、今更気づく。大人っぽくてなんでもスマートにこなしそうに見えるのに。
「どうかしましたか?」
「その、シャツのボタンが」
「……ああ。ありがとうございます」
ルーカさんはシャツに目を落とすと、淡々とボタンをはめ直す。
リカルドもちょっとうっかりなとこあるから、たまにボタン掛け間違ってたな。
教えてあげると、「わあ! 俺、ここまで恥ずかしかったな! 何人に見られただろう?」なんて言いながらはめ直して、「ジュリエッタに教えてもらえてほんと助かるよ! ありがとう!」とか、笑顔でお礼を言ってくれるんだ。
ボタンの掛け違い。
「どうかしましたか……?」
私が黙り込んでしまったからか、ルーカさんが声を掛けてくれる。
「ボタンって……掛け違っても、はめられちゃうんですよね」
「え?」
「だって、等間隔に付けられてるから。しばらくはうまくいっちゃって、間違ってるなんて全然気づかないの。でも、最後に絶対ボタンかボタンホールが足りなくなって」
少し苦しくなって、ここで言葉が出なくなってしまった。ルーカさんが黙って聞いてくれているので、ふーっと息を吐いてから、続ける。
「最初が間違ってたら、全部だめなの。途中がどんなにうまくいってるように見えても」
この一年、リカルドと一緒にいると、すごく楽しくて、とっても嬉しくて。こんな毎日がずっと続くんだって、疑ってもなかったのに。そもそもの最初が間違いだったなんて。
どんなにうまくいってるように見えたとしても、これまで積み重ねてきた日々は全部間違いだったんだ、そんな風に否定されたように感じて、自分で言っておきながら、つらくて仕方ない。
長い沈黙の後、ルーカさんが私に問いかけてきた。
「ジュリエッタさんは、これで、いいんですか?」
「え?」
「リカルドさんが、よかったんでしょう?」
「でも、もう正しい組み合わせに戻すって、決まっちゃったし、なにより……リカルドがそれを望んでるんでしょう」
身体の震えが止まらないから、一度言葉を切る。しばらく、震えを鎮めようとがんばってみたけど、どうにもならないので、覚悟を決めて続ける。
「本当の『運命の人』が、きっと、いいんだろうから」
『ドアが開いた瞬間、この子なんだ! って、すごく嬉しかった』
その言葉を聞いた時の、身のやり場のない気持ちを思い出した。あの時素直に喜べなかったのは。
運命の人に憧れを持っていたリカルド。私のことをとても大切にしてくれたと思う。でもそれは「私が運命の人だから」で、私自身を好きになってくれた訳ではないのでは。あの時、そんな疑念が心のどこかにめばえたのだ。
『…………ああ、今日会ったばかりなのに、俺、君のこと、大好きだなあ……』
『直っただけじゃなくて、母ちゃんとジュリエッタが協力して作ってくれたみたいになって、俺…………すごく、すごく、嬉しい……』
『せっかくのボーナスだから、自分が一番買いたいものを、買ってしまった』
『……ほんと、ジュリエッタには、かなわないなあ。なんで、いつも、俺が一番ほしいものをくれるんだろ…………』
『なにより、ジュリエッタが一緒にいてくれるから、俺、がんばれるんだ』
『ええと、でも、ジュリエッタが一年前より、もっとずっと可愛く綺麗になったのは……俺と一緒に過ごしたからだって、ちょっとうぬぼれてる』
『ジュリエッタ。俺にとって、君は、初めて見た時から、運命のお姫様なんだ。君がもっと幸せになるように、俺、これからもがんばるから』
リカルドの言葉が次々と脳裏を駆け巡る。どれも心をくすぐって、あたたかくしてくれた、大切なもの。これも、私にじゃなくて、「運命の人」に対してかけた言葉だったなら。
『やっぱり、ジュリエッタ、笑った方がいい』
笑えないよ、全然。
「あ、コーヒーでよかったですか?」
「はい。コーヒーは好きです」
黙。やっぱり、お互い、しゃべるのが得意じゃないんだろう、それきり会話がなくなった。
「あ」
ルーカさんのシャツのボタンが一つずれていることに、今更気づく。大人っぽくてなんでもスマートにこなしそうに見えるのに。
「どうかしましたか?」
「その、シャツのボタンが」
「……ああ。ありがとうございます」
ルーカさんはシャツに目を落とすと、淡々とボタンをはめ直す。
リカルドもちょっとうっかりなとこあるから、たまにボタン掛け間違ってたな。
教えてあげると、「わあ! 俺、ここまで恥ずかしかったな! 何人に見られただろう?」なんて言いながらはめ直して、「ジュリエッタに教えてもらえてほんと助かるよ! ありがとう!」とか、笑顔でお礼を言ってくれるんだ。
ボタンの掛け違い。
「どうかしましたか……?」
私が黙り込んでしまったからか、ルーカさんが声を掛けてくれる。
「ボタンって……掛け違っても、はめられちゃうんですよね」
「え?」
「だって、等間隔に付けられてるから。しばらくはうまくいっちゃって、間違ってるなんて全然気づかないの。でも、最後に絶対ボタンかボタンホールが足りなくなって」
少し苦しくなって、ここで言葉が出なくなってしまった。ルーカさんが黙って聞いてくれているので、ふーっと息を吐いてから、続ける。
「最初が間違ってたら、全部だめなの。途中がどんなにうまくいってるように見えても」
この一年、リカルドと一緒にいると、すごく楽しくて、とっても嬉しくて。こんな毎日がずっと続くんだって、疑ってもなかったのに。そもそもの最初が間違いだったなんて。
どんなにうまくいってるように見えたとしても、これまで積み重ねてきた日々は全部間違いだったんだ、そんな風に否定されたように感じて、自分で言っておきながら、つらくて仕方ない。
長い沈黙の後、ルーカさんが私に問いかけてきた。
「ジュリエッタさんは、これで、いいんですか?」
「え?」
「リカルドさんが、よかったんでしょう?」
「でも、もう正しい組み合わせに戻すって、決まっちゃったし、なにより……リカルドがそれを望んでるんでしょう」
身体の震えが止まらないから、一度言葉を切る。しばらく、震えを鎮めようとがんばってみたけど、どうにもならないので、覚悟を決めて続ける。
「本当の『運命の人』が、きっと、いいんだろうから」
『ドアが開いた瞬間、この子なんだ! って、すごく嬉しかった』
その言葉を聞いた時の、身のやり場のない気持ちを思い出した。あの時素直に喜べなかったのは。
運命の人に憧れを持っていたリカルド。私のことをとても大切にしてくれたと思う。でもそれは「私が運命の人だから」で、私自身を好きになってくれた訳ではないのでは。あの時、そんな疑念が心のどこかにめばえたのだ。
『…………ああ、今日会ったばかりなのに、俺、君のこと、大好きだなあ……』
『直っただけじゃなくて、母ちゃんとジュリエッタが協力して作ってくれたみたいになって、俺…………すごく、すごく、嬉しい……』
『せっかくのボーナスだから、自分が一番買いたいものを、買ってしまった』
『……ほんと、ジュリエッタには、かなわないなあ。なんで、いつも、俺が一番ほしいものをくれるんだろ…………』
『なにより、ジュリエッタが一緒にいてくれるから、俺、がんばれるんだ』
『ええと、でも、ジュリエッタが一年前より、もっとずっと可愛く綺麗になったのは……俺と一緒に過ごしたからだって、ちょっとうぬぼれてる』
『ジュリエッタ。俺にとって、君は、初めて見た時から、運命のお姫様なんだ。君がもっと幸せになるように、俺、これからもがんばるから』
リカルドの言葉が次々と脳裏を駆け巡る。どれも心をくすぐって、あたたかくしてくれた、大切なもの。これも、私にじゃなくて、「運命の人」に対してかけた言葉だったなら。
『やっぱり、ジュリエッタ、笑った方がいい』
笑えないよ、全然。
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