95 / 201
本編・取り違えと運命の人
094 リカルド日記(抜粋) ②
○月×日
夕飯の時に父ちゃんが「明後日母ちゃんが帰ってくる」と言った。
母ちゃんは入院していて、日に日に弱っていくように見えていた。気のせいでよくなってたんだ! と退院できることを喜ぶと、父ちゃんは首を振った。
「あと三か月くらいしかもたないんだそうだ」。お医者さんからそう聞いて、父ちゃんと母ちゃんはできる限り家で一緒に過ごすことを決めたんだって。
目の前が真っ暗になった気がした。
「わかった。母ちゃんが少しでも楽しく幸せに過ごせるように、俺、がんばるから」
男にはがんばらなければならない時があると父ちゃんはよく言う。今がその時のような気がして、決意を込めてそう答えた。
父ちゃんは黙ってうなずいてくれた。
○月×日
寝床の母ちゃんから呼ばれた。
「リカルドにこれをあげます」
差し出された小さな箱を開けてみると、宝石の付いた綺麗な指輪が入っていた。
「お父さんの家に、代々受け継がれている指輪なんですって。結婚して一年経った時にもらったの」
「結婚した時じゃなくて? なんで一年?」
「一年一緒に過ごして大丈夫なら渡すように、と言い伝えられているそうよ。お父さん、私にこれをくれる時、『俺は会ったその日に渡したかったんだからな!』って言ってくれて、笑っちゃったわ」
母ちゃんが一生を共にする相手だって一目でわかったんだろうけど、きちんとしきたりは守ったんだ。父ちゃんらしい。
「お父さんは神託の相手が私に決まった時にもらったそうだけど、私がこれを持てる時間はあとわずかだから、リカルドに託しておきます。いつか出会う、大切な人にあげなさい」
「母ちゃん……」
そんなこと言わないで。
「リカルド、そんなに泣き虫じゃないでしょ?」
母ちゃんは笑顔で俺をなでて、いつまでも抱きしめてくれていた。
○月×日
バタバタしていてそれどころではなかったのもあるけれど、なかなか日記を書く勇気が出なかった。認めたくなかったんだと思う。かなり気落ちしていた父ちゃんも、ようやく現場に復帰して、がんばってる。「お前がやりたいことを精一杯応援するって、母ちゃんと約束したからな」と父ちゃんは笑う。無理して笑わなくていいのに。先生にやっぱり勉強を見てもらいたいとお願いすると「もちろんだ。一緒にがんばろう」と言ってくれた。
○月×日
先生と放課後に勉強を始めて三年ほど経ち、内容はとても興味深いけれど、ちょっと疑問がわいてきた。上級学校に首尾よく受かったとして、卒業までに最低でも四年かかる。奨学金とか免除制度も先生はいろいろ教えてくれたけど、どうしてもある程度金がかかるし、学校に通っている間に稼げる金もたかが知れている。
幸い俺のやりたいことは技術と資格が勝負なので、上級学校に通っても通わなくても、その先にそこまで影響はないはずだ。俺が進学を考えたのは、技術を身につけたり資格を取って、より現場で役立ちたかったからというだけなのだ。
「進学をやめて、働きながら資格を取りたい?」
「父を見ていると、実際働きながらでは、大変だとわかるんですけど。俺、なるべく早く働き始めて、父に楽をさせてやりたいんです」
父ちゃんはずっと働きづめで、自分の楽しみなんか一つもなかったと思う。
「ずっと放課後つぶして見ていただいていたのに、申し訳ありません」
そのことだけがとても悪く思えて、先生に謝った。
「それはいいんだ。私は生徒の希望する道が閉ざされないように協力したかっただけだし、リカルドはとても教えがいのある生徒だったよ」。
その日、先生は初めてご自身の思い出を少しだけ話してくれた。
先生よりも頭のよかった同級生が、親の借金のせいで進学できず、職も転々とせざるを得なかったこと。先生ご自身も経済的に恵まれなくて、働きながら夜学で教員の資格を取ったこと。
「リカルドの未来が幸せであるように、願っているからね」
先生の言葉に、目頭が熱くなった。
夕飯の時に父ちゃんが「明後日母ちゃんが帰ってくる」と言った。
母ちゃんは入院していて、日に日に弱っていくように見えていた。気のせいでよくなってたんだ! と退院できることを喜ぶと、父ちゃんは首を振った。
「あと三か月くらいしかもたないんだそうだ」。お医者さんからそう聞いて、父ちゃんと母ちゃんはできる限り家で一緒に過ごすことを決めたんだって。
目の前が真っ暗になった気がした。
「わかった。母ちゃんが少しでも楽しく幸せに過ごせるように、俺、がんばるから」
男にはがんばらなければならない時があると父ちゃんはよく言う。今がその時のような気がして、決意を込めてそう答えた。
父ちゃんは黙ってうなずいてくれた。
○月×日
寝床の母ちゃんから呼ばれた。
「リカルドにこれをあげます」
差し出された小さな箱を開けてみると、宝石の付いた綺麗な指輪が入っていた。
「お父さんの家に、代々受け継がれている指輪なんですって。結婚して一年経った時にもらったの」
「結婚した時じゃなくて? なんで一年?」
「一年一緒に過ごして大丈夫なら渡すように、と言い伝えられているそうよ。お父さん、私にこれをくれる時、『俺は会ったその日に渡したかったんだからな!』って言ってくれて、笑っちゃったわ」
母ちゃんが一生を共にする相手だって一目でわかったんだろうけど、きちんとしきたりは守ったんだ。父ちゃんらしい。
「お父さんは神託の相手が私に決まった時にもらったそうだけど、私がこれを持てる時間はあとわずかだから、リカルドに託しておきます。いつか出会う、大切な人にあげなさい」
「母ちゃん……」
そんなこと言わないで。
「リカルド、そんなに泣き虫じゃないでしょ?」
母ちゃんは笑顔で俺をなでて、いつまでも抱きしめてくれていた。
○月×日
バタバタしていてそれどころではなかったのもあるけれど、なかなか日記を書く勇気が出なかった。認めたくなかったんだと思う。かなり気落ちしていた父ちゃんも、ようやく現場に復帰して、がんばってる。「お前がやりたいことを精一杯応援するって、母ちゃんと約束したからな」と父ちゃんは笑う。無理して笑わなくていいのに。先生にやっぱり勉強を見てもらいたいとお願いすると「もちろんだ。一緒にがんばろう」と言ってくれた。
○月×日
先生と放課後に勉強を始めて三年ほど経ち、内容はとても興味深いけれど、ちょっと疑問がわいてきた。上級学校に首尾よく受かったとして、卒業までに最低でも四年かかる。奨学金とか免除制度も先生はいろいろ教えてくれたけど、どうしてもある程度金がかかるし、学校に通っている間に稼げる金もたかが知れている。
幸い俺のやりたいことは技術と資格が勝負なので、上級学校に通っても通わなくても、その先にそこまで影響はないはずだ。俺が進学を考えたのは、技術を身につけたり資格を取って、より現場で役立ちたかったからというだけなのだ。
「進学をやめて、働きながら資格を取りたい?」
「父を見ていると、実際働きながらでは、大変だとわかるんですけど。俺、なるべく早く働き始めて、父に楽をさせてやりたいんです」
父ちゃんはずっと働きづめで、自分の楽しみなんか一つもなかったと思う。
「ずっと放課後つぶして見ていただいていたのに、申し訳ありません」
そのことだけがとても悪く思えて、先生に謝った。
「それはいいんだ。私は生徒の希望する道が閉ざされないように協力したかっただけだし、リカルドはとても教えがいのある生徒だったよ」。
その日、先生は初めてご自身の思い出を少しだけ話してくれた。
先生よりも頭のよかった同級生が、親の借金のせいで進学できず、職も転々とせざるを得なかったこと。先生ご自身も経済的に恵まれなくて、働きながら夜学で教員の資格を取ったこと。
「リカルドの未来が幸せであるように、願っているからね」
先生の言葉に、目頭が熱くなった。
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在
唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話
中山加恋(20歳)
二十歳でトオルの妻になる
何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛
中山トオル(32歳)
17歳の加恋に一目ぼれ
加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する
加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる
会社では群を抜くほどの超エリートが、
愛してやまない加恋ちゃんに
振り回されたり落ち込まされたり…
そんなイケメンエリートの
ちょっと切なくて笑えるお話
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041