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最終章 ジャックにはジルがいる
321 水平線上に見えたものは ⑥
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ふと思い返す。実家で姉がお菓子を作った時、僕はどんな風にしていたか。
いる? と聞かれた時に自分一人だったら、いらないと答えた。両親が一緒で断り切れなかった時は、早く食べて部屋に戻ろうという思いしかなく、いただきますとごちそうさましか言わなかった。見た目は綺麗だった気がするけど、味を覚えていない。
たぶん本当は当時もまずくはなかったのだろう。でも、おいしいと感じたことがなかったから、おいしいと言ったことはなかった。
ケーキの残りを口に運び、僕はお皿を姉に差し出して言った。
「おかわりください」
「おかわり?」
「うん。おいしかったから、もっと食べたい」
ぎこちないかもしれないけれど、僕は笑みを浮かべた。
僕はずっと姉が苦手だった。横暴で、いつ見ても怖い表情をしているから。
じゃあ、僕の方は? 姉に笑顔を向けていたかな? ふと、それが気になった。
「はい。まだあるから、よかったら帰りに持っていきなさい」
新しいケーキを差し出してきた姉は、僕と目が合うと、驚くほど穏やかな笑みを浮かべた。ああ、人は鏡だ。
僕を取り巻く世界はおそらく、最初からかなり優しかったんだ。気づけていなかっただけで。僕が見誤っているものは、きっとまだある。
「この部屋、いいですね。温かい感じで」
「選んだものから見える価値観はあるよね」
「うちのゼミの先生も、仁科さんと似たようなこと言ってました」
「……新くんのゼミの先生って、誰?」
僕が宗岡先生の名を告げると、仁科さんは少し席を外し、冊子を抱えて戻ってきた。
「新くん。うちの高校現代文の教科書だけど、奥付を見てみるといいよ」
奥付? 渡された教科書を確認すると、果たして宗岡先生の名前があった。
最終面接の時、さらりと訊ねられたことを思い出す。「渋沢さんの大学に国文学の先生は複数おられたはずですが、どなたのゼミですか?」と。宗岡先生の名前を答えたところ、「そうですか」とあっさり返されただけだったけれど。
どこで何がつながっているか、人生は本当にわからない。
思いの外、姉と仁科さんの部屋は居心地がよくて、つい長居してしまった。壁に掛けられた時計を見て少しびっくりし、お礼を言って帰ろうとすると、姉から呼び止められた。
「新」
「何?」
「これ」
姉から小さな箱を差し出される。なんだろう? 受け取って、パッケージに書かれた文字を読んだ。
「リング、ゲージ……?」
「指のサイズを測る道具。今度こそ若葉ちゃんに指輪を贈りたいんでしょう? これあげるから、きちんと測って注文しなさい」
若葉ちゃん本人と一緒に買いに行くしかないかと思っていたので、そんな手段があったことに驚く。
僕は、ありがとうございますと二人に頭を下げ、ピーターラビット号で颯爽と帰宅した。
いる? と聞かれた時に自分一人だったら、いらないと答えた。両親が一緒で断り切れなかった時は、早く食べて部屋に戻ろうという思いしかなく、いただきますとごちそうさましか言わなかった。見た目は綺麗だった気がするけど、味を覚えていない。
たぶん本当は当時もまずくはなかったのだろう。でも、おいしいと感じたことがなかったから、おいしいと言ったことはなかった。
ケーキの残りを口に運び、僕はお皿を姉に差し出して言った。
「おかわりください」
「おかわり?」
「うん。おいしかったから、もっと食べたい」
ぎこちないかもしれないけれど、僕は笑みを浮かべた。
僕はずっと姉が苦手だった。横暴で、いつ見ても怖い表情をしているから。
じゃあ、僕の方は? 姉に笑顔を向けていたかな? ふと、それが気になった。
「はい。まだあるから、よかったら帰りに持っていきなさい」
新しいケーキを差し出してきた姉は、僕と目が合うと、驚くほど穏やかな笑みを浮かべた。ああ、人は鏡だ。
僕を取り巻く世界はおそらく、最初からかなり優しかったんだ。気づけていなかっただけで。僕が見誤っているものは、きっとまだある。
「この部屋、いいですね。温かい感じで」
「選んだものから見える価値観はあるよね」
「うちのゼミの先生も、仁科さんと似たようなこと言ってました」
「……新くんのゼミの先生って、誰?」
僕が宗岡先生の名を告げると、仁科さんは少し席を外し、冊子を抱えて戻ってきた。
「新くん。うちの高校現代文の教科書だけど、奥付を見てみるといいよ」
奥付? 渡された教科書を確認すると、果たして宗岡先生の名前があった。
最終面接の時、さらりと訊ねられたことを思い出す。「渋沢さんの大学に国文学の先生は複数おられたはずですが、どなたのゼミですか?」と。宗岡先生の名前を答えたところ、「そうですか」とあっさり返されただけだったけれど。
どこで何がつながっているか、人生は本当にわからない。
思いの外、姉と仁科さんの部屋は居心地がよくて、つい長居してしまった。壁に掛けられた時計を見て少しびっくりし、お礼を言って帰ろうとすると、姉から呼び止められた。
「新」
「何?」
「これ」
姉から小さな箱を差し出される。なんだろう? 受け取って、パッケージに書かれた文字を読んだ。
「リング、ゲージ……?」
「指のサイズを測る道具。今度こそ若葉ちゃんに指輪を贈りたいんでしょう? これあげるから、きちんと測って注文しなさい」
若葉ちゃん本人と一緒に買いに行くしかないかと思っていたので、そんな手段があったことに驚く。
僕は、ありがとうございますと二人に頭を下げ、ピーターラビット号で颯爽と帰宅した。
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