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最終章 ジャックにはジルがいる

330 優しい夢を見る四月の魚 ③

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 仕事が終わり、部屋に帰り着いてから、僕は姉にSNSでメッセージを送った。

《ご結婚おめでとうございます。今日のお昼に仁科さんから聞いたのですが、直接お祝いを伝えたいので、電話を掛けてもいいですか?》

 やりとりを交わすうちにわかってきたのだ。姉は電話を好まない。
 姉は忙しいし、性格的にも無駄を嫌う。おそらく、自分の時間にいきなり割り込んできて強制的に付き合わせる電話の仕様が嫌いなのだ。SNSのメッセージやメールは、都合のいい時間に対応できるから。
 僕も以前より電話が嫌いになったので、実感としてわかる。デスクワーク中に電話で作業を中断させられると、集中力が戻るまで時間がかかるのだ。

 少しして、スマホの呼び出し音が鳴った。姉から初めての着信。

『……新。今、電話大丈夫?』
「はい。大丈夫です」
『メッセージ、読んだ』
「電話に出られないかもしれないので一応メッセージに書いたけど、やっぱりお祝いは直接伝えたいと思って。結婚おめでとう」
『……ありがとう』

 しおらしい返事に少し驚く。いつもの姉らしくない。

「どうしたの? 具合でも悪い?」
『……新から祝ってもらえるなんて、思ってなかったから』
「おめでたいことだし、きょうだいなんだから、祝うに決まってるでしょう」

 姉は無言だ。でも、機嫌が悪い訳ではないと感じた。なんだか伝わってくる空気がやわらかい。たぶん、文字ではわからない部分。

『今日、婚姻届を出したんだけど』
「今日だったんだ」
『うん。日付が変わってすぐ、時間外窓口で提出したの』
「そこまでして四月一日に結婚したかったの? 付き合い始めた記念日か何か?」
『特に何もない。六曜も赤口で日が悪い。終が「そういう日なら絶対忘れないだろう」って。あと、「椿の友達の反応が楽しみだ」って、笑ってた』
「姉さんは反対しなかったの?」
『「お互い日付なんかいつでもいいんだから、かまわないだろう?」と、勝負に勝った者の権利を主張された』

 一生に一度のことだというのに、いろいろとひどい。
 僕が少しあきれて言葉を失っていると、姉がぼそりと言った。

『ポワソン・ダブリルが気に入ってるからじゃないかなと、私は思ってる』
「ポワソン・ダブリル?」
『四月の魚。春に鯖が馬鹿みたいにやたら釣れることにちなんで名づけられたお菓子。フランスでは四月一日に食べるの。以前、私が作ったポワソン・ダブリルを一緒に食べた時、終は笑ってた。「まぬけな顔が可愛い」って』

 仁科さんはどこまでも面倒だ。そして、やっぱり好きなものより嫌いなものに、わかりやすく考え方があらわれる人である気がする。
 つまり、仁科さんが何を考えて四月一日を選んだのかは、僕にはさっぱりわからない。でも、まあいいや。There is no accounting for tastes. 人の好みは説明できない。
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