愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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メフィストの娘

03

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「すっげえおねーさん出た! ネっさんよりこっちのが全然いいじゃんたまちゃん天才! なあ龍」
「いや……胸が尻みてえとしか……」
「にゅっ」
「ほんとよく出来てるわ~」

 涎を垂らさんばかりの歩がいやらしい手つきで触れようとすると、美女はポンッと白煙につつまれて愛くるしい子猫に戻った。おさわりは厳禁です。

 割り振られた仕事を終えて通称子ども部屋から戻ると詰め所は人員が増えていた。外回りの人達が戻ってきているのもある。迷子のペットのポスターを貼らせてもらったり広告を載せてもらったり、実際捜しまわったりとやることは多い。事務所の中ではアルバイトに任されることなど掃除か電話番くらいなので、龍達も時間が取れる日は外に出ているほうが断然多かった。

 そもそも若さを期待されて雇われたのだ。機動力で役に立つのはあたりまえだし、接客する職員の様子などを見ていると大変そうだなあと思ってしまう。客の大半がいい精神状態ではやってこないため、怒りや焦り、不安、苛立ちをぶつけられても平静を保たなければならないし、宥めたり慰めたりもしなければならない。いつも客が来るところではないが、ひとり来ただけでも完了までに時間がかかるため常に何かしらやることはあった。

 とはいえ龍達は学生なので、本分は勿論学業。あまりのめり込みすぎないよう、あがり時間も職員よりずっと早い。かと言って隙間にもう一本バイトを入れるほどの体力は残らないので悩ましい。まあ3年になると大学が忙しくなると聞いているためちょうど良くはなりそうだが。一二三は院まで行く予定らしく、その頃にはアルバイトをする余裕もなくなっているのかもしれなかった。
 全然遊んでないのかと言えばそんなことはない。龍は自分のスマホを覗き、めあての返信を読んでかすかに口元を綻ばせた。

「須恵くん!」
「おー宇宙人じゃん、こんちは~」
宇賀神うがじんだろ」

 声を掛けられたのは龍なのに、歩が勝手に返り事をする。10センチ背の低い彼に合わせてふたりして目線が下がる。宇賀神は歩にも律義にわらいかけてから、龍の傍に来ると改めてうっとりと見あげてくる。
 宇宙人というのは別に歩が蔑称を付けたわけでもなんでもなく本人の言だった。彼らは外見的特徴が様々だが黒だけは出ない。ゆえに黒い髪、黒い眸に憧れを持つ。そうな。ここでは龍だけというわけじゃないが、取り敢えず龍はその特徴に当てはまるため、こうして妙に懐かれている。

 宇賀神も大学の同級生で、日本文学科に所属している。ゆくゆくは伝統文化コースで科内でも不人気で有名な民俗学を修めたいらしい。地球の文化や動物に興味があってのこの専攻、このアルバイトなのだろうか。すこしふしぎ系の男ではあるけれど、まあ害はないし、変わった友人だと思って優しく接している。こういうスパイスも人生には必要だ。

「元気くんどうだった?」
「……まだ見つかってないんだ」
「そうかあ」

 はたで聞いていた歩も宇賀神につられてしおしおと眉を下げる。二週間ほどまえに捜してほしいと依頼がきた中型犬だった。いなくなった地点を中心に住民や定期的に通りかかる人に写真を持って尋ねてまわる。保健所にも毎日連絡し確認してもらう。自宅周辺は特に念入りに、どこかに引っ掛かったり挟まったりして身動きの取れない可能性も考慮して人間では通りにくい路地まで、私有地の際は捜させてくださいとお願いしてまで目を配っているのだけれど、未だ成果は出てなかった。

 貼り紙は勿論、地域情報誌やローカル局のラジオ番組などでも呼び掛けて、あらゆる手は打っているつもりなのだがなんせ犬は生き物。自分の脚で移動もするし誰かについていったり連れていかれたりもする。どの子もそうだけれど写真で見るとめちゃくちゃかわいい顔をしていた。淡いベージュの毛並みもきれいな、人懐こい男の子。首輪はしていたそうだが、野良犬として届けられてないところをみるとどこかで保護されているのかもしれない。

とりでくんたちもそっち手伝ってもらえる? 違う人が行けば見る目も変わるしね」
「ふぁい」

 報告を受けて活動記録をつけていた調しらべという職員に言われて、歩は龍と一二三をかるく振り向く。今こそ魔法の出番では。はっとして見やれば魔法使いは欠伸をかみ殺して変な顔をしていた。龍が半目をすると、何よというように睨み返してくる。

 宇賀神の持っていた地図をテーブルの上に広げる。他にも、この件に関わっている全員で情報を分け合う。ここは通行止め。この家には仲良しの犬がいる。散歩コースはこう。黙っているとチャラさがばれにくいので造作の良さが目立つ歩が、いっちょまえに顎に手をやる。物思いに耽るふりをする様を中身をよく知らない女子がこっそり熱っぽく見つめていた。騙されるなよと龍は念じる。そのくらいしかできない無力な自分を恥じる。

「あ、わかった、もみちゃんに手伝ってもらったら?」
「……実は散歩の時にそれとなく捜索範囲にも行ってみてるんだけど」
「あら~天才じゃなかった俺」

 自分がひらめく程度のことくらい、他の誰かもひらめいているものだ。へらりと笑う歩に申し訳なさそうに調が言う。発想は遺憾なことに同レベルで龍まで顰め面になった。
 
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