愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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あなた病

05

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「……本当に、娘と仲良くしてくれてるんだね。どうもありがとう」

 その台詞に込められた真摯な想いのようなものが伝わってきて、龍はかすかに首を振る。一二三は特に何も言わないが、こういう家に生まれて、やはりいくらかは周りの子と違う生活を送って、誰にも何も言われなかったとは考えにくい。子ども社会はとてもシビアだ。いくらかは嫌な思いもしたのだろう。
 内緒だと言ってあのトンデモ魔法を見せてくれたのも、一二三なりに最上級の親愛のしるしだった。この血筋のことを打ち明けられる友人が娘にできて安堵している。そう言いたいのがわかって、龍も居住まいを正して頭を下げる。

「いえ、こちらこそ」

 なんだかゆくゆくは嫁にと提案されそうな匂いがしたが気のせいだろう。そんな馬の骨をかわいい娘とひとつ屋根の下に泊まらせたりはしない。しないと信じる。余程嬉しかったのか酒を勧められそうになったが、人様のお宅で粗相をしない自信はまだないため遠慮させてもらった。「飲めるようになったら是非」とつい付け加えてしまったのは国民性か。敗けた気分だ。

 一二三が風呂の順番待ちをする間、彼女の部屋へ移動した。さっき一瞬入った時も気になったのだがかなり広くて、取り敢えず戸口から見える範囲に寝る場所は見あたらない。薬学部の実験室みたいな設備と何らかの装置が組まれた実験台が正面の壁際に据えられている。左側には厚みもいろいろの本がびっちり詰まった高い書架。部屋の一角に奥へ伸びる通路があって、その先がベッドやクローゼットのある生活空間らしい。
 だが入って右手の壁一面も扉になっているのでそこがクローゼットかと思ったら、開けてみせてくれてびっくりした。中は広い保管庫になっており、さまざまな植物や動物の一部または死骸、謎の液体の瓶が整頓されてズラリと並んでいる。

「はー、すげえな……」

 要するに薬学部に通う魔法使いとして100点の部屋だ。一二三の生活が本当に修行と学業三昧と知って、龍は自分も何か努力しなければという焦りに駆られる。逆にこんなに打ち込めるものがあって羨ましい。この家の娘として生まれた時点で定められていた彼女の宿命をそうひとまとめにするのも、すこし乱暴かもしれないけれど。

「玉山は親から魔法使いになるよう育てられてきたんだろ?」
「そう」
になったりしなかった?」
「……勿論あるよ。私、母のことは尊敬してるけど、同時にとても苦手だった。特にちいさい時は大人の事情とか全然わからないからほんとにすっごく泣いて嫌がって、毎日お父さんにしがみついてた。魔女に攫われるうってビービー泣いて」
「そ、そこまで……」

 親であり師匠でもあるため結構すれすれの厳しい教育を受けさせられてきたらしい。加えて女系にしか宿らない力なので、初めから鍛錬を免除されていた音にも当たり散らしていたと聞き、一二三も普通の感性を持った人の子なんだなあと嬉しくなってしまった。生まれた時から優等生でした、みたいな顔をしているので親にも逆らったことがないのかと思っていた。

「強制された道ではあるけど、まあ私しかできないことだし、母も自分の母におなじ目に遭わされてきたんだと思うと、ね。苦労するってわかっててさせなきゃいけないつらさもあるなあって、だんだんわかってきたから」
「もし普通の家に生まれてたら?」
「そうだねぇ……私は結局こういうのが好きだから、製薬会社で研究者になってたんじゃないかな」

 女子としてはやや低めな、耳に心地よい一二三の声を聞きながら、龍の現状がこうなっているのはやはり環境の所為じゃないと強く確信した。突っ伏したまま起き上がれない性質を作り上げたのはあの家だとしても、一生そうしていろと強いられているわけではない。結局自分で起き上がらないだけだ。八色や一二三なら、親に何も強制されなくてもきちんと自分の足で立って歩いていただろう。
 ここから起きて巻き返す力は己の中から絞り出さなければならない。他の誰にも何にも頼れない、自分の人生なのだ。時間は有限で巻き戻しもできない。多くの果敢無い命に触れて、いやというほど思い知った事実だった。

「私も須恵に訊きたいことあるんだけど」
「何?」

 実験室めかした部屋の真ん中に置かれたテーブルセットで向かい合わせに座ってふたりは話し込んでいた。微妙に目が開きづらいなと指でさわって、しこたま泣いて変形しているのを思い出した。いつもはもうちょっとだけましな造作なのだとあとでよく言っておいてもらわなければ。

「私の父は母と出会った時すごく特別な感じがしたんだって。結婚するなって気がしたって。須恵と塞もそういう感じで付き合ってたのかと思ってた。……同性同士なのに惹かれるってそうあることじゃないでしょ?」
「まあ……そうかもな」

 当時歩は男にこういう気持ちになったのは初めてだと言っていた。龍とは入り口からして異なるので、彼はそんな感じになったかもしれないけれど、八色には男も群がっているようだけれど、たぶんそんなにしょっちゅう起こる出来事ではないだろうと思う。
 
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