愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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お別れするしかないみたい

03

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 こうして自宅のまえで待ち伏せしたくせに、普通にここにいるとは思ってもらえない信用の無さが悲しいが、当然かもなと龍は唇を歪めた。どれだけこの家が嫌いか八色は識っている。でも思っているほど友達は多くないのに。そう考えたのはどうやらとんでもない買いかぶりだったらしい。

 八色の目には、もっとずっと龍は移ろいやすく映っていたらしい。

「元彼に戻んのか」
「……はあ?」
「こないだ病院に来てたろ、ッ」

 耳のすぐ傍でブチンと音が聞こえた気がした。さすがに我慢ならなくて拳を飛ばしそうになった龍を、敏捷な動きで宇賀神が制止する。腕にかじりついているとかじゃなく、ただ手首を取られただけなのにびくともしなかった。吸いつくように握り込まれて、触れたところからつめたい皮膚に体温を奪い取られていく。

 そうか、見られていたならいっそ認めてもよかったかもしれない。しかし歩を巻き込むのはやっぱり駄目だ。洒落にならない。第三者に介入してもらった功績か瞬間的に沸騰した頭が一気に冷えて冴えてくる。八色にそれを言われてしまったら、もう、本当にお終いだった。

「今のはあなたが悪いです」
「……行こう、宇賀神」
「いいの?」
「ああ」
「――……」

 手を離してもらってから、放り出してしまった箱を拾い上げて門を開ける。ろくに言葉を掛けず、頭すら下げずに家の中へ逃げ込むと涙が出そうになったが、近づいてくる足音に衝動が引っ込んだ。

「兄ちゃん、おかえり」
「ただいまめぐむ。友達連れてきた」
「宇賀神季楽きらです。よろしくね」
「えと、須恵愛です! 兄ちゃんがいつも、お世話になってます」

 恥ずかしがりの弟にしては珍しくなめらかに喋っている。宇賀神の物腰がやわらかいからだろう。中学生なんだ、けっこう年の差があるんだね、と会話が続いても嫌わずに訥々と応じている。
 愛にはこういう話し相手がいるといいのだろうが、もっと歳の近い者とも気負わずに接することができなければ学校という社会にはいつまでも馴染めない。さりげなく兄弟の有無を尋ねてみたけれど、宇賀神はかぶりを振った。残念。

「愛、そろそろ寝る時間でしょ……」

 母は案の定、龍を見て露骨に嫌な顔をしかけたが隣の友人に気づいて表面的には優しげな笑みに塗り替えた。あまりの早業に感心する。

「お友達? いらっしゃい」
「こんばんは、宇賀神と申します」
「泊まってくから。キッチン使っていい?」
「……好きになさい」

 どうせ母と弟は食事を終えているのだ。すんなり許可を得て、まずは自室に宇賀神を案内する。二階の二部屋を兄弟がそれぞれ貰っており、他にレストルームと倉庫、外にベランダがある。
 部屋は広いのでひとり増えようがふたり増えようが問題なかった。所在なさげにしている友人に「先に風呂入っててくれ」と適当に着替えを見繕って手渡す。荷物を預かると一緒に階下へ降りた。バスルームは下なのだ。

「食えねえもんとかある? けっこう遅い時間だから肉そばかうどんかにしようと思ってるけど」
「大丈夫だよ。須恵くんが食べるなら付き合う」
「オッケ」

 連れていって一応使い方をひと通り教えてあげてから、手を洗って龍はキッチンに立つ。出汁をとりながら別の鍋で牛肉を甘辛く煮て、もうひとつ鍋に湯を沸かしておく。茹でて冷凍してあるほうれん草を解凍し、かまぼこを切って、小ネギを刻んでいるともう宇賀神が風呂から出てきた。

「早えな」
「いいお湯だったよ」

 そう言いながらも然程血色に変化がない。本人がそう言うのだしネチネチ確かめるのも変なので食卓に着いてもらった。彼に水を出してから、丼にすこし湯を移してうどんを茹で始める。

 ナスを皮付きのまま切って塩で揉み、小鉢に盛りつける。パックしてこれも冷凍していた白米をレンチンして、ほぐしておにぎりをふたつ作る。皿に並べて塩わかめを振りかけた。あたたかい器に湯切りしたうどんを入れ、ほうれん草とかまぼことたっぷりの肉を並べて、最後につゆを注げば完成だ。ネギはお好みで各自掛けるスタイル。

「手抜きでごめんな。機会があったら今度はちゃんとしたの作るから」
「ううん、すごくおいしそう」

 いただきますと手を合わせてふたり横に並んで食べ始める。宇賀神は箸の使い方が独特だった。龍がちょっと教えてあげるとすぐに覚えて上手になる。呑み込みが早い。
 絶対引いたと思ったので、敢えて自分から龍は話を振った。実のところタイミングを窺っていたのだ。

「変な家だろ。母さん弟溺愛なんだ」
「かわいい弟くんだね」
「うちではああだけど、引っ込み思案っつうか、引け目を感じやすくて学校でうまく行ってないみたいで」
「そうなんだ」

 失礼ながら周囲から浮いている宇賀神なら何か秘訣でも知っているかと思い、デリケートな部分までばらしてみる。しかしどうやら彼の場合は気にしない性格というだけのようだ。まあ「そのうち気の合う子が現れるんじゃないかな」という言葉は、龍も概ね同意なので頷いておく。

「下の子は上の子と違って生まれた時から身近におなじかたちをした別の生き物がいるから、どうしてもそいつの出方を窺うのが習慣になってるんだよ。だから初めは引いたところから始めるのも無理はない。そうやって知らず知らずに察する能力が鍛えられるから全体を視ようとして、家の中が円満に行くように自分から振る舞う。わざと馬鹿なことしてみたりね」
「お、おん……」
 
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