愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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お別れするしかないみたい

04

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「お母さんは勿論のこと、須恵くんが心配してるのも愛くんはわかってるよ。それで大丈夫でいようと無理をする。するともっと心配するでしょ? 悪循環だよね。簡単なことではないと思うけど、ちょっと距離を置いたほうが何か変わるかもしれない」

 愛はこの家で生まれたわけじゃないので厳密にはひとりっ子の期間がすこしはあったのだが、それでも宇賀神の言うことは的を射ている気がした。話がもう終わったと思ったのもあるけれど、予想外に建設的な意見を貰えて面食らってしまう。宇賀神こそ他人のことをかなりよく視ているのではないだろうか。さすが興味があるだけのことはある。

 図書館でも考えていたが、父に援助を求めればすぐにでも家を出るのは可能なのだ。けれどそうなると父とも縁が薄れる。今気づいた。彼のことは嫌いではない。高校までは参観日や面談なども必ず来てくれていたし、大学の入学式もこっそり参加していたとあとで知った。愛情がないわけじゃないのだろうとは思っている。たまに帰ってきて顔を合わせた時も「元気か。学校はどうだ」と近況を聞いてくる。

 接点はこの家しかない。大学もアルバイトも一緒の歩や一二三や宇賀神のほうが、余程長くおなじ時間を過ごしている。これが家族だなんて信じられない。辛うじて動かしていたけれど、箸が止まってしまった。

(皮肉なもんだな)

 これがもうひと月でもまえのことなら、喜んで言うとおりにしたのに。八色のところへ移り住むというかたちで。もしそうしていたら、この今には辿りついてなかったんだろうか。幸せな時間が続いていたのだろうか?

「さっきの、……彼氏、みんなには内緒な。歩しか知らねえんだ」
「任せて」

 別行動の時にどういった話を周囲としているのか知らないが、恐らく宇賀神は噂などにはあまり無縁なのではという気がする。希望的観測込みだとしても龍はそんなに心配してなかった。自分も秘密持ちなら相手のそれにも敏感になるし、否でも宇宙人なのは秘密じゃなかったか。どうだったか忘れてしまった。

「止めてくれたのも、代わりに言ってくれたのも、助かったし嬉しかった。ありがとな」
「須恵くんを泣かせるなんて許せなかったから」
「いや……ハハハ」
「こんなこと言うのも悪いけど、僕あの人は嫌いかもしれない」
「えっ」

 宇賀神のくちから珍しい単語が転がり出て唖然とする。どんなに変な依頼人が来ようと受け流していたのに、その誰よりも八色のほうが彼の何かに反してしまったようだ。一応ああ見えて優しいことと誠実な人柄はアピールしておいたけれど。今ひとつ手応えが感じられなかったので、心の中で香ごめんと謝っておいた。

 ここまで言われたら、普通は自分が特別みたいに感じられるのかもしれないが、龍は不思議と親愛だと確信があった。何というか雰囲気が漂ってこないのだ。八色の時とは明らかに違って、ただ善意しかない。宇賀神はたぶんノンケのように思う。

「須恵くんも黙っててくれてありがとう」
「うん?」

 何を誰にだろう。正体が宇宙人であることだろうか。よくわからないけれど、食べる気になってきたので食べることに戻った。
 いつの間にか宇賀神の丼はからになっていて、おにぎりもナスの小鉢もきれいに片付いている。食べたというより忽然と消えたみたいだった。「とてもおいしかったよ」と笑顔で言われると悪い気はしない。自分では自分に感謝などしないし、やっぱり料理は人に作るほうが龍も楽しいのだ。趣味やストレス解消法というよりはコミュニケーションのひとつ。

「数すくねえ俺の取り柄だから。……あの人も、胃袋掴んでゲットしたようなもんだし。でもあの通りのルックスだろ? すげーアホみてえにモテまくるから、羨ましがったり嫉妬したりしてばっかだったんだ俺」

 知られてしまったからというわけではないが、これまで溜め込んでいた反動で余計なことを洩らしてしまう。例によって黒にしか惹かれない宇賀神は「そうかな?」と不満げだったけれど地球人の物差しではそうなので、そういう前提で聞いてもらった。

「醜いよな、そういうの。結局相応しくなかったんだ……あの人だって多少隙が多いけどちゃんとしてはいたんだろうし、好きで狙われてるわけじゃねえんだろうし? でも誘ってるつもりなくても自分の顔自覚しろよと思うだろ? ちょっと親しげにしただけで黒部さんとだって、誤解されちまってさ……」

 俺のなのに、と、ようやく本音が零れた。まだちょっと底に麺の沈んでいる丼に、ぱた、ぱた、としずくが落ちる。龍は顔を上げると乱雑に目元を拭った。男の造作など誰も見やしない。観賞に耐え得るような顔はそもそもしていない。知ったことかと思う。

「もうダメになっちゃったの?」

 宇賀神の気遣わしげな声に首を振る。

「わかんねえ」
「……あの人は、須恵くんのことが好きなように僕には見えた。須恵くんは?」
「好きだ」

 そんなことは誰に言われなくても知っている。龍は八色が好きだ。だからこんなに苦しんでいる。

「好きだけど、あんま言葉にはしてなかった。迷惑になるといけねえから」

 だってあの人はみんなのものだから。そういう顔も持っているから、龍だけのものにするわけにはいかない。でも今思うとそんなことは気にせずちゃんと言っておけばよかった。
 だが龍は知っている。こんな考えも、寝て起きたら間違いだったと自らの手で握り潰すことになると。そう長く続く関係じゃないし八色にはきちんと周囲に祝福される相手とまとまってほしい。それができる。彼の家族も、きっと望んでいると。
 
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