愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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無明長夜

01

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 迷子の捜索は甲斐なく時間切れになり、事務所へ戻ってきたとおるは歩と一二三どれみに報告を頼んで子ども部屋へ足を運んだ。今はまた持ち込まれた生後ひと月くらいの猫が四匹と、白いミックス犬が保護されている。
 犬の名前はロンロン。とある小学生が拾ってきた犬で、彼のたっての希望で飼っていたのだが散歩中に交通事故に遭って亡くなってしまい、家族は、特に母親は犬を見ているのもつらくて飼育放棄になってしまったらしい。見かねた彼女の知人がもっふぁ~を紹介してくれたと言っていた。

 代表は従来通りに『もう二度と動物を飼いません』と念書を作成してもらい、厳しい言葉もいくつか掛けていたのだがその母親は本当に何の反応も示さなかった。振り返りもせず犬を譲って帰ったのだが、そんな人間でも犬のほうはあるじだと認識していた。食事を与えても見向きもしなくて、心配で仕方なかった。

 いつもお願いしている獣医に診せ、どうしても駄目な時は栄養剤を打ってもらったりもするのだがやはりくちから摂るのが一番だからと職員達も毎日あれこれ試している。元の家であげていたフードを始め、事務所にストックのあるものはすべて試してみたしレチルトパウチのおやつやジャーキー、ミルク、生肉、果ては白粥まで出してみたけれどくちを付けようともしてくれない。

 家族を呼んであげてもらうことはさすがに出来ない。期待を持たせるような真似はしてはいけない。わかってはいるのだが、すっかり痩せてしまったこの姿を見せてやりたいと龍は思ってしまうのだ。ロンロンがこんな仕打ちを受けるのを、息子さんが喜ぶ筈がないだろう。

「お前はすごいな」

 どんなにひどい飼い主でも、犬は無償で愛してくれる。気高いいきものだ。来たばかりの時も汚れていたので洗ってやろうとしたが誰にもさわらせてくれず、これもまた獣医に相談して眠らせてから男性職員がふたりがかりで風呂に入れてやると真っ白になった。

 知らない場所で自分の匂いがなくなってしばらくは警戒度がさらに高くなっていたのだが、毎日散歩に連れていき、水と食事を用意して世話をしているうちにケージの掃除やたまに身体を拭くくらいは許してくれるようになっている。あとは食べてさえくれれば。そう思いながら、毎日毎日こうして顔を見ている。

 大きな三角の耳は龍のほうへ向いている。名前を呼ぶとピクピク動いて、つぶらな瞳がじっとこちらを見つめる。黒い鼻はすこしだけ先っちょにピンク色がまじっていて、調しらべが「色が変わってないか?」と不思議がっていた。今度また先生が来たら訊いてみようか。大抵の犬がそうであるように、ロンロンもあの白衣の人間は敵だと嫌っているようだけれど。

「ちょっとでいいから食べてほしいなぁ」

 龍も精神的なことですぐ食欲が失せるタイプなので気持ちはよく理解できるのだが、さすがに何日もは無理だ。限界が来る。それに浮上するような出来事があったりもして復活する。ロンロンにも何かそれがあればいいが教えてと訊くわけにもいかず、家族に尋ねるのもこれは酷な気がして、想像してみても経験がない身ではさっぱりだ。
 おもちゃで遊ぶとかだろうか。でも食事もできないのに遊びたい気分になるとも思えないし、もしどこかにぶつけたりして怪我をしてはかわいそうだ。取り敢えずケージの扉を開け、掌を鼻先に差し出して、触れていいかどうかお伺いを立てる。アルバイトを始めて知ったやり方だった。

 頭を撫でるのは嫌な子もいるため、OKが出たら顎の下など顔の周りをさわってみる。徐々に耳の裏などまで上げていって、大丈夫そうな場合は目の上や鼻筋を掻いてあげると気持ちよさそうだった。犬の脚で届きにくいところを目がけると良い。口元と手足、特に下半身はさわらない。馴れれば腹をみせてくれるのでその時は撫でてあげる。ロンロンがそうなる日はだいぶ遠そうだ。

 誰にも懐かないとなると新しい家族を見つけることができない。まだ若い犬なので、それは避けてあげたかった。可愛がられていた時間より飼育放棄の期間のほうが長かった所為か子どもらしく弾むような動作も、さかんに吠えるふうもない。ただひっそりと息を詰めるようなしぐさは、大好きな少年に置いていかれた悲しみといないもののように扱われていた苦しみが透けて見えて、どちらにも覚えのある龍にはたまらなかった。じわりと涙が視界の端をにじませる。

(もし)

 このまま誰もどうにもできなかったら、俺が家に連れて帰ろうか。庭にそのくらいのスペースはあるし弟も好きかもしれない。勿論面倒は自分でみる。急になんだか元気がわいてきて、龍はすぐに気が付かなかった。

 指先に湿った感触。

「……ん?」

 見るとロンロンが舐めてくれているではないか。

 もしやと思い「ちょっとごめんね」と言って立ち上がって、ノンアルコールの除菌剤で手をきれいにすると、冷蔵庫から粒状のドッグフードをすこしふやかしたものを取りだす。容器のまま鼻に近づけたらふんふんと匂いは嗅いだのだが顔を逸らした。掌に少量のせ、冷えが抜けてから差し出すと、ロンロンが鼻面を寝せるようにしてくちを開き、もそっと食べた。

「た、食べ……っ!!」
 
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