愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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無明長夜

02

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 ここで大声を出して威かしては意図しない紐づけが行なわれてしまう。ぐっと悲鳴を呑み込むと龍はすこしずつフードを手に出し、ロンロンがそれをちまちま食べる。あまりたくさんあげすぎると胃がびっくりするかも、腹を壊したりしたらかわいそうだけど、今はその気でもこれが続くかはわからない。要求するだけ与えて結局容器がからになった。恐らく日々作り変えている一食分なので問題ない。

 ロンロンはぺろりと舌なめずりして、ケージに取りつけた給水器で水を飲んでいる。邪魔をしないよう、終わるのを待ってから「偉かったな」と褒めて何回も喉や身体を撫でてあげた。涙が溢れて止まらなかった。この子がまた生きようと思ってくれたことが嬉しくて、同時にとても心配でもある。今度こそ一生一緒にいてくれる家族と出会えるよう心から願った。

「よかった。ロンロン、元気になろうな」

 毛布の上に腹ばいで座ると、丸い瞳を龍のぐしゃぐしゃに濡れた顔に向ける。ロンロンがちいさく首をかしげる。変なの、と言われているようで泣きながら笑った。本当に癖がついてしまったみたいだ。恥ずかしい、手早くティッシュで拭って捨て、呼吸も落ち着くのを待ってから詰め所へ戻る。

「ああ龍、これ差し入れ……何どうした?!」

 目敏い歩が立ち上がってでかい声をあげるものだから、これでもかと視線が集中して痛い。思わずチッと舌打ちする。一二三も肉まんをかじったまま目を見開いている。もう帰るだけなのだが寒い外を数時間歩きまわっていた身体には魅力的な褒美だ。いい匂いが鼻から誘惑してくる。
 パーテーションの奥にいた馨子がひょこっと顔を覗かせた。くだんの騒ぎが落ち着いてくれたので今は平生どおり出勤している。来客だったんだ、と思って、もうひとつ見えた顔に驚きすぎて絶句した。咄嗟に前髪で目元を隠す。

「……どうもしねえよ」
「イヤそんなわけ」
「なあにー、どうかした~?」

 雇い主を無視する勇気はさしもの龍にもない。

「……あの、ロンロンちょっと食べてくれました」
「マ?!!」
「うそっ、ほんとに!?」
「はい」
「何あげた?!」
「カリカリっす。手からあげたら」

 わーよかった~、と残っているみんなが口々に安堵の声を洩らしている。唯一事情に通じてない客は、まっすぐに龍を見つめて、その端整な双眸をふっと緩めた。やわらかい笑顔になる。それだけで胸がきゅっとする。

「先生に連絡しておきます」
「調さんよろしく~! あーでもほんとよかった。安心した。さすが須恵くんだね」
「はあ」

 何がどうさすがなのかよくわからないがそう言ってもらえるのは嬉しい。しかし目的の猫捜しの成果はなかったので、気分的には差し引きゼロというところだ。犬と違って三次元に行動できるので捜すのが本当に難しい。しかも帰巣本能が弱く、一旦縄張りから出るとよその猫の縄張りに入ってしまい、そこを追われてを繰り返してどんどん離れていってしまうそうだ。

 家につくというだけあって散歩の必要もないため、基本的に外に出さないよう勧めても、たとえば元が野良猫だったりするとどうしても出たがって脱走してしまうらしい。加えて犬と違い車道にぴゃっと飛びだしたりする。せっかく見つけても、悲しい報せを持っていかなければならなかったことも何回かあったため、迷い猫の捜索は犬の時より不安が大きかった。

「冷めねえうちに食っちゃいなよ。うまかったよ」
「おん……」

 てっきりコンビニの肉まんかと思ったら中華街で買ってきたものだった。ラジオ局が近くなのでついでなのかもしれないけれど、大きな叉焼のごろごろ入ったこれは龍のお気に入りで、なんか、あれだ。
 続々とあがっていく人達にもおみやげに持たせてあげて、残り人数を確認すると「もう一個いけるな」と歩は包みを開ける。妙に気が利くと思ったらそんな算段をしていたのか。食いしん坊かよとツッコみつつ、やっぱり久し振りに食べてもうまい。

「しっかし黒部さんもさ、若いのつかまえたよな~」

 いきなり何を言い出すのかと思ったが近くに人はいなかった。遠くのデスクで調がてきぱきと本日の業務内容を記録し、夜じゃないと連絡の取れない人に電話をかけたり宿直当番への注意事項をまとめたり、いつもの締め作業に入っている。宇賀神はもう帰ったようだ。土曜は人の出入りが多くて把握できない。11月ともなると暮れるのが早く、窓の外は夜空が広がっている。

「宇宙人って臍ないのかな? 訊いていい?」
「やめたほうがいいと思うわ」
「いや性欲ねえならプラトニックで当然だろ?」

 なんだろうこの下世話なトーク。龍だけでなく一二三の顔にもそう書いてある。

「でも黒部さんはさ……」
「待て。知り合いのそういうの知りたくねーし考えたくねえから」

 一二三と匂坂さきさかもまったくおなじなので計算してみたが、ひとまわり以上は年の差があるのだ。龍と八色だって八つ違う。まあでも実際は性格で付き合うのだから、未成年でなければ問題はないのかもしれない。匂坂などは素の時は頑是ない印象だし、逆に宇賀神は謎の老成感があって、得体が知れない。きっとそれぞれ合うと感じたからそうなったのだろう。
 自分のことはよくわからない。八色やくさは大人だなあとも思うし、食事に嫌いな野菜がまざっていると全部取り除くあたりは子どもだなあと思う。外ではどうしているのか謎だ。人の目なんて気にしないタイプなので、あたりまえに残しているような気もする。
 
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