愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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無明長夜

05

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「ええ……そりゃコウさんのファンとは言ってたけど、まさかそこまで? どうりで見かけなくなったわけだ」

 信号にかかり車が一旦停止する。運転席の八色が振り向いて、かすかな笑みを投げかけてくる。青みを帯びたグレーのニットキャスケットがよく似合っていた。左耳にだけピアスが光って、つくづくよく出来た造作だなあと感心する。男でそんなものを着けて許されるのは顔面に支障がない者だけだ。

 音にも申し訳なかった。俺じゃなければ、妙な気を起こすこともなかっただろうに。姉がおなじ行動を取りかけていると知り我に返ったと弁解しているそうだが、八色側はそれも疑っているようだが、そういうことでもういいと龍は思う。手を下されたわけじゃないし、音のくちから龍へ害意の暴露があったわけでもない。

 唯一それらしきものは彼の部屋に泊めてもらったあの夜。視線を感じて起きた、あの時音の眼には狂気の片鱗があった。ふたりしかいない室内で手に掛ければ疑われるのは必至だ。それで断念したのかもしれないが、今になってだいぶやばかったと震えがくる。

「てかこいつ音の部屋に泊まったんすよ!」
「はあ?!」
「バカ歩、余計なことを」
「龍くん……? どういうこった」
「言葉のとおり泊めてもらっただけだって。別々に寝たし、あたりまえだろ」

 こんなことを言わされる身にもなってほしいが、このふたりにはその方面で信用が無くても仕方ない気もする。というか歩は何でもないとわかっていてだろうし、今のは害される可能性があったのに一緒だったことについて言及した、のだと思う。疑っているのは八色か。前々から感じていたけれど、この人はけっこうよく妬く。

 歩がいつも傍にいるからというのもあるが女子に優しくしすぎるなとか、男とふたりきりになるなとか、どこのお嬢さんかという扱いに困惑しきりだった。一度見えるところにキスマークが付いてしまったことがあって、自分でしておいて扇情的すぎると消そうとし、体質的なものなのか無理とわかるとまだ暑かったのにぴっちり喉元を隠されて閉口した。誰も見ねえよという台詞が喉まで出掛かっていた。

 元彼には非モテ扱いしかされなかったので驚いたし、ちょっと嬉しいのも否定できなかった。すぐにその何倍も龍のほうが妬く羽目になって、あんたに言われたくねえと撥ね付けるようになってしまうのだけれど。今では八色以上に妬いている。
 そもそも泊まりに行ったのは一二三に誘われたからであって音は関係ない。仕組まれていたとも思えなかった。やはりあの夜は、特に何の計画もなかったと信じる。

「でも、じゃあ、龍じゃなかったらどっからばれたんすかね?」
「……それが、本人が言うには君らしい、塞くん」
「えっ」
「え……俺?!?!」

 龍がブチ切れて以来そういえばぱったりと止んでいたが、歩は以前から八色に粉を掛けるような発言をしていた。しかしちょっと調べればヤシキが八色の芸名とわかるため念を入れて彼氏呼ばわりで伏せていたのだ。音も初めはただ興味本位で聞いていたが、徐々に行動や活動時間帯が浮き上がってきて、八色のそれと微妙に掠ることに気が付いたらしい。

 まだ無害ないちリスナーとしてラジオを聴いていた頃から、コウの何げない受け答えからプライベートを抽出するのが癖になっていたようで、とどめに割り出したマンションにふたり一緒ではないが龍が帰っていくのを目撃して確定、というわけだった。すごい熱意に感心するし頭が切れる子でなければこうはならなかったのにと思わざるを得ない。

 改めて怖い仕事なのだなと思う。役や台本でもないかぎり、喋っていればどうしても自分の行動や経験、過去は言葉に滲み出てしまう。だって知らないことは喋れない。八色はこれまでもこれからも、こういう危険と隣り合わせに生きていくのだ。顔は出さないほうがよかったのではと手遅れだが考えてしまう。メディア露出を選ばない人にはそれなりの事情があるらしい。

 もっといろいろ言うかと思っていたが歩はおとなしかった。真後ろに頭のある龍からは姿がわからないのもあって、シュッと掻き消えてしまったのかと埒もない考えをするくらい静かだ。怪訝に眉を寄せ、かるくシートの背凭れをグーで押してみる。

「歩?」
「……あの、龍がばらしたって思われてたんすか」
「は? ああ……俺は違えけど俺の周りは疑ってたな」
「うあマジか~……龍ごめん!!」
「……おん」

 どうやら相当ショックを受けたようだ。滅多に落ち込んだりしない印象の歩が、すっかり消沈した声で謝ってくる。過ぎたことを言っても仕様が無いし実害は八色にあったのだから、俺はいいのにと内心思う。むしろ疑われたことによって八色にいろいろしてしまった龍も、よく謝らなければならない。彼自身はずっと信じていてくれたのだから尚更だ。

 駅に着いたのでもそりと起き上がる。すっかり暖かくなっていたので脱ぐのが惜しかったが、毛布を畳んでいると八色が「龍もうすこし時間あるか」と訊いてくる。ぎこちなく頷くと、ふわっと優美な笑みを返された。
 そういうわけでひとりで帰ることになった歩が、八色に礼を述べてからシートベルトを外して後ろを覗き込んでくる。

「龍、お前またなんかめり込んでんだろ」
「……別に」
「俺みたいにイケメンじゃねえから自分に自信持てねーのはわかるけどさぁ」

 事実でも面と向かって言われるとムカつくものだ。ぎゅっと眉根を寄せると、イケメンがへらっと笑う。

「そうやって怒ってる顔はかわいんだから、せめて怒ってれば?」
 
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