愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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無明長夜

04

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「友達っつうか……まあ、あのNPOに資金援助きふしてっから俺」
「えっ」
「マジすか?!」

 龍も知らなかったのかというように歩がちらと後部座席を振り返る。そんなのめちゃくちゃ初耳だ。

「じゃあ八色さんが『一生かかっても資産を使いきれないどこぞやの金持ち』? マジかすげえ!! 完璧じゃないすかチクショー!」
「いや親の金だから。遺してもしょうがねえし、世の中のためにじゃんじゃん使ったほうがいいだろ」
「ッカ~~言ってみてえ!」

 実のところ管理は専門家に丸投げしていて、八色自身は大まかな使途と他にやりたいことがあれば要望を聞く程度であとは世間話のようなものだという。龍と付き合ってからは専らそのことばかりと言われて、思わぬ目付役にびっくりした。宇賀神が珍しく敵意をいだいていたのも、彼と馨子が日頃からこうして親しくしていることに起因するのかもしれない。教えてあげれば見識を改めるだろうか。

 しかしこう言ってはなんだが、歩と同レベルだが本当に何もかもを持って生まれてきた人だなとしみじみ思う。そこに然して執着してなさそうなところも含めて信じがたい。もうモテなければいけない星の下に生まれた男だ。ここまでくると羨望も追いつかない。大樹を見あげたり、仏像を眺めるのと似ている。

 何ゆえ俺みたいなくたびれた大学生と交際しているのか。知れば知るほど謎は深まる一方だ。本気でどこかにぴかぴかの婚約者がいて、時期が来るまでのお遊びなのかもしれない。そう考えると必要以上にしっくりきた。旅先のアバンチュール系恋愛。なんだそうかそうか。毛布に顔をうずめて、ばれないように目元を拭う。

「ルコにも特に伏せるよう言ったわけじゃねえけど、お前らマジで俺のこと何も知らずに知り合ったんだな」
「ですね」

 顔が見えない分、余計によくわかった。八色の声に嬉しさが滲み出ている。龍と歩にとってはそれが普通でも彼にとってはそうじゃなかったのだ。そしてその普通を渇望していた。歩と比べてどうかは未だ不明だが“そうじゃなかった”人達よりは、自分が好ましく思われた理由が知れて龍もすこしだけ浮上する。

 八色のプロフィールを初めから識っていたら絶対に近づかなかったと思う。何なら今からだって若干腰が引けているくらいだ。こんな足がわりにしていいわけがない。無邪気に会話を続けている歩の神経が羨ましかった。お前も大概大物だ。

「ストーカーの件だけどよ、龍の言ったとおりだったわ」
「!」
「あ、犯人わかったんすね」
「……歩お前、知ってたのか?」

 龍は話してない。もとより八色とのことを歩に話さない。元彼に今彼の話をするなんて狂気の沙汰だ。歩がたちの悪い冗談をしてきた時だって、内情は告げずに打ち返していたのだ。
 だとすると他に辿れそうな線はない。八色からだ。篠田の件と違い、これはどこにもまだ報道されてない。知るのは当事者と、恐らくあのSPくらいだろう。

「俺が事情説明して見張ってくれるよう頼んだ。龍に危害加えるかもしれなかったからよ。大学の中はともかくバイト中も、俺が見てやれればよかったけど最近忙しかったし」

 も何も揉めて殆ど顔を合わせてなかったと思うのだが、洗い浚い実情を並べる必要はない。そこは然して問題じゃなかった。

 半月前のハロウィーンの翌日、龍は恥を忍んで自分から八色に連絡を取った。昨日起きたことと推理とも呼べないような己の中の直感について、彼になんとか説明したのだ。すると既にその人物はSPによって特定されており、問い詰めても「ストーカーが現れないか監視してるだけで、俺は違います」の一点張りだったのだが、龍の、正確には一二三の推測が駄目押しになってようやく認めたらしい。

 八色が龍と半同棲していたマンションから移り住んだ家を特定し、住人でもないのに周辺をうろついていたため発覚した。新しい住所は龍には知らされてなかったので、龍が情報を売ったという疑惑は晴れた。初めから疑ってないと八色は言ってくれたが一応ちゃんと潔白が証明されたのはよかった。よかったけれど、かわりに明るみになった事実はあんまりよくなかった。

「実害はあったんすか?」
「今はまだ跡つけたり家特定して眺めたり写真撮ったりしてるだけっぽかったが、まあそれでも充分迷惑行為だろ」
「たしかに、ガチの個人情報っすもんね」
「俺はそれに加えて……」

 八色は濁したが歩には伝わった。龍の存在だ。世間にばれたら二重の意味でまずい。それにロスになると言っていたが、それ以上に、どうして龍なのかと強く反発したらしい。折に触れ自分でも思うことなので納得はするけれど、やはり端から見てもそうだとわかると、しみじみ傷ついた。というか篠田の事件とおなじで、実際に悪意にさらされたことがとてもショックだった。

 しかも比較的近しい人物に。電話で話したり、顔を見たりしながら腹の底では何を思っていたのだろうか。ファンならたぶん自分が恋人に成り代わりたいのではなく、単純に人選が気に食わなかったのだろう。だから害するつもりで、己の信仰を守るつもりで姉の部屋を訪ねた。

「――まさか音? えっ……ウソだろ!?」

 一二三のいるまえで話さなかったのは八色の気遣いだ。ひょっとするともう識っている可能性もあるけれど、本人が告白するにせよ姉が告発するにせよ、タイミングは家族に委ねたほうがいいという。それに彼は受験生だ。大事な時期に、事を荒立てて人生をめちゃくちゃにするのは八色も望んでない筈だった。
 
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