愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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一生一緒にいてあげよう

03

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 その後ゆるゆると距離が縮んで、どうなっていったかは、互いが一番よく知っている。始まりこそ後味の悪い思いをしたとはいえ八色といるのは楽しくて、知らなかった顔や他の人間には見せない顔を分け合って、幸せだった。何もかも自分と違って眩しい歩に嫉妬し、羨望し、大学へ進んだことで世界が広がって誰かに取られないか不安に喘いでいた龍は彼に救われたのだ。その自覚はあれど、よもや八色のほうにも助けた自覚があったとは知らなかった。

(そうか)

 だから何か特別なように勘違いしているのかもしれない。八色は目のまえでたまたま困っていた誰かに手を差しのべただけで、それは別に一生ものの責任など負う必要はない。ゆきずりの善行で充分だったのだ。龍もいつまでも救ってもらおうなんて思ってない。むしろゲイの自分といつまでも居ては駄目だとわかっている。音や近森の懸念は正しい。

「俺はお前との将来のためにちゃんとする。認めてもらえなかったのは俺のそういう、どっか浮ついた部分を見透かしてだったのかもしれねえしそんなの関係なかったとしても、お前をひとりにしたくねえからふたりでいられるようにする。だからそれも含めて、これからも傍にいてくれ龍」
「……気持ちは、嬉しいんすけど、無理かなって」
「なんで」
「さっきも言われたじゃん、住む世界が違うって。てかもう別れたし」
「別れてねえ」
「いや別れただろ」
「ンなの俺はひとことも言ってねーし聞いてねえ」

 たしかにもう会わないとは言ったが、その言葉は使わなかった。使えなかったのだ。疑われて傷ついても、何をされても、それだけはどうしても龍からは言えなかった。
 八色の行動がまさか自分に起因するとは思いも寄らず、気の毒ではあるけれど、彼が馨子とゴシップ記事を仕立て上げられて思い知ったのだ。自分達がどんなに危うい場所に立っているか。今どれほど求めていようといつかそれが苦痛になる日が来る。龍は知っている。愛には消費期限がある。

「香さん仕事増やして、これから露出も増えるしファンも増えるのに、彼氏なんているのばれたら致命傷すよ。そんなのダメでしょ」

 しかもおなじとは言わないまでももうすこしレベルの高い男ならまだしもだ。到底受け入れられる気がしない。

「これまでなんだかんだ言って男同士で付き合ってても、陰ではわかんねえけど面と向かって何か言われたことなくて、だから忘れてたけど俺おかしいんすよね。環境の所為にしてたら正当化される気がしてたけど、あの家で育ってなくてもこうなってたかもしれねえし、でも誰に迷惑かけるわけでもねぇからって思ってたけど音には憎まれてたし、あんたに相応しくねえし、俺……俺といることであんたまで悪く言われたら耐えらんねえから……」

 自分のことはどうでも良い。ただの事実だから。しかし八色は違う。女性とも付き合えるのに、わざわざ龍を選ぶことはないのだ。
 ご両親もそれで安心できる。仕事の幅が広がれば世界も広がる。世界が広がれば、出会いも増える。そのすべてに可能性が秘められていると思うととても無理だった。心がくたくたに疲れている。自分で守ったほうがいいと教えてくれた馨子も真理を見据えていたのだ。大人ってすげえなあと時間差で感服する。

「どうせ俺、見えない恋人だったから、いなくなっても困んねえっすよ」

 言いながら自分で傷ついているのだからしょうもない。でも、これで煩わされることはなくなるのだと思えば愛しい痛みだ。ぎゅっと涙の衝動を振り切って目元に力を込めて顔を上げる。ぎしっと無理やり笑みをつくる。じょうずに別れればその後の縁も繋げられる。歩が教えてくれた。だからできれば、年の離れた友人になってくれると嬉しいけれど。

「……んなわけねえだろ。お前がいなきゃ、何の意味もねえ」
「でも俺、先のことなんて何も信じらんねえから」

 母は龍に「ずっと傍にいるよ」と言った次の日に家を出ていった。そのまま数年帰ってこなかった。戻ってきたと思ったら別の可愛い子どもを連れていて、龍にはもう見向きもしなかった。
 そんな移ろいやすい血が、自分の中にも流れている。裏切られることだけじゃない。いつか裏切ることも恐れているから、ひとりで生きて死ぬと決めているのだ。

 今は悲しくてもそのうち潤ってきれいに乾く。そして傷は消える。大丈夫だから、世界は終わらないから自分を囲んでいる腕に手をかけて立ち去ろうとした龍を、逆に八色は掴み返してぐうっとたぐり寄せる。

「俺はお前の母親じゃねえぞ、龍。大体さっきから黙って聞いてりゃ、俺の好きな男目のまえでディスりやがって」
「えっ……」

 こちらが言うつもりでここまで来たのにあっさり先を越されて呆然とした。一拍遅れて実感がともない、ふわあっと頭が熱くなる。

「絶対なんて胡散臭えことは俺も残念ながら言えねえわ。でもそうなりてえと思ってるし、なるように努力する。何せあんなふうに付き合い始めたからよ、いつお前が他の野郎に靡くんじゃねえかって不安でしょうがねえが、できるだけ信じることにする」
「俺だって、いつあんたが女のほうがいいって言うか気が気じゃねえよ……」
「さっき近森にすげえびびってたろ」
「性悪」
 
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