愛してしまうと思うんだ

ゆれ

文字の大きさ
66 / 69
愛してしまうと思うんだ

01

しおりを挟む
 
「すみません、なるべく早く行きますけど何時になるかわからなくて……もしあれだったら黒部さんから先方さんに伝えてもらえますか。……はい、昼までには何とか……あ、そうすか、わかりました這ってでも行きます」

 横たわったまま器用に頭を下げながら、とおるは嗄れてうまく出ない声を何回も咳払いで誤魔化さなければならなかった。馨子にはひょっとすると感づかれているかもしれない。そうだとしても不用意に誰かに話したりは恐らくしない人なので不安はない。気にせずさらっと流してほしかった。
 惨憺たる有り様なのは喉だけじゃない。唇は腫れているし目元も赤くにじんでいる。最も影響が深刻なのは酷使された腰と、一晩中近く押し開かれていた股関節だった。ただ寝ているだけの今もプルプル震えている。

 用を終えたスマートフォンを顔の横に投げ出す。これすら耳にあてているのが重くて仕様が無い。これでもだいぶ力が入るようになったほうなのだ。先程までは指の一本も動かせないくらい疲労に負けて、痩せた身体を見苦しくさらしたまま気絶するように短い眠りに落ちていた。

(歩の奴マジ殺す)

 余計な事しやがって。今回ばかりは入れ知恵の存在を疑わずにいられなかった。どうせ「正常位が嫌いで、トロトロにした時しかさせてくれない」とかなんとか八色やくさに吹き込んだに違いないのだ。でないと平生は優しい彼が、あんなにも嫌がった龍をスルーして立て続けに吐き出し、それ以上絶頂へ押しやって、などという鬼畜の所業をする筈がないのだ。

 今日は元気くんの飼い主が直接お礼を言いたいと犬連れで事務所に来てくれることになっていたのに、寝坊したし起き上がれなかった。学校が休みなのは不幸中の幸いだったけれど、途中休憩や風呂を挟んだとはいえ結局七時間くらい耽ったことと何を言ってもやめてくれなかったことはまだ怒っている。散々な夜だった。

 信じられない。本当に、初めて酷くされて満たされている自分が。はっきり言ってドン引きだ。疲れているのに爽快感がエグい。そしてこんなことは滅多に思わないのだが、愛されたという感じが、まだ身体にありありと残っている。

「うう……」

 俺みたいなものがそんな莫迦な。雰囲気に酔っていて恥ずかしい。いつの間にか汚した寝具もきれいなものに取り替えられているし、身体にも体液のたの字も痕跡がみあたらない。因みに衣服もみあたらなかった。昼までそうのんびりもできるほど猶予がないため、いい加減ベッドの住人くらいは卒業しておきたいのだが。

 どうすれば八色が喜ぶか、何をしてほしいか、殆ど考える余裕も与えられなかった。したいようにしたセックスだからなのか、久し振りだったからか判別がつかないがきもちよかったのは間違いない。最後らへんはトロトロどころかどろどろになっていた。

「おー、起きたか。おはよ」
「おはよう、ございます……」
「ひっでえ声」

 トレーを持って現れた八色にケラケラと笑い飛ばされる。やった人が言うのはどうなんだろうか。太極拳ばりのゆったりとした動きで無理やり起きて顔をしかめる龍に「ほら」とあたためた牛乳を渡してくれる。煙草を喫んでいたのか、黒いシャツに匂いが移っていた。
 他にナッツのかかった軽めのサラダとフレンチトーストが載せられている。コーヒーの香りもするので、それは食後だろうか。食べやすいよう脂っこくないメニューは身体への気遣いが感じられ、ほんのちょっとだけ怒りが勢いを失くす。

こうの手料理ひさしぶり」
「お前ほどうまくはねえけどな」
「女ウケ良さそうなのはあんたのほうがうまい」
「……ゴチャゴチャ言ってねえでいいから食えっつうの」

 いただきます、と手を合わせてから有り難くブランチに手を付けた。

 激しく求め合っていたのが嘘のように、打って変わって穏やかな時間が過ぎていく。ひとくちずつもたもたと食べ進める龍を見守る八色は、こう言うのもなんだが幸せそうで、ベタベタに甘い笑みを浮かべてただの王子様になってしまっている。

(困るなあ)

 何が解決したわけでもないうちから、こうして甘い上澄みだけを味わうのはいけないことだ。世界を味方につけたわけじゃない。しっかりしなきゃ、と真面目に思っているのに長身が隣に移ってきて髪を撫でつけたり、口元を指で拭ったり、頬に鼻先を寄せたりされると途端に駄目になってしまう。
 こんな綺麗な顔してあんな酷いことするなんて。手もくちも留守にしてぽやっとする龍を、かるく小突いて八色が顔を覗き込んでくる。

「ゆうべ凄かったわ。身体も、声も」
「……」
「龍、実は乱暴にされんの好きなんだろ」
「調子乗んなよ……」

 人をM扱いするなと言いたい。痛いのも嫌いだし蔑ろにされるのも我慢ならない。どこに出しても恥ずかしくないノーマルだと胸を張っても、何故か八色の同意は得られなかった。まあ昨夜が盛り上がったのは事実なので、おとなしく食事に戻る。

 そもそも男だから声を出させる側にまわることが多いため、不慣れで呻くような声をあげる場合が多いのだと思うけれど、あっとかはんとか気持ちの悪いものも昨日は洩れていた気がする。歩はふざけて「声だしていこう!」などと嘯くタイプなので参考にならないが他に誰か、何か言われたんだったろうか。いつから押さえ込むようになっていたのかわからない。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

海のそばの音楽少年~あの日のキミ

夏目奈緖
BL
☆久田悠人(18)は大学1年生。そそかっしい自分の性格が前向きになれればと思い、ロックバンドのギタリストをしている。会社員の早瀬裕理(30)と恋人同士になり、同棲生活をスタートさせた。別居生活の長い両親が巻き起こす出来事に心が揺さぶられ、早瀬から優しく包み込まれる。 次第に悠人は早瀬が無理に自分のことを笑わせてくれているのではないかと気づき始める。子供の頃から『いい子』であろうとした早瀬に寄り添い、彼の心を開く。また、早瀬の幼馴染み兼元恋人でミュージシャンの佐久弥に会い、心が揺れる。そして、バンドコンテストに参加する。甘々な二人が永遠の誓いを立てるストーリー。眠れる森の星空少年~あの日のキミの続編です。 <作品時系列>「眠れる森の星空少年~あの日のキミ」→本作「海のそばの音楽少年~あの日のキミ」

かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい

日向汐
BL
過保護なかわいい系美形の後輩。 たまに見せる甘い言動が受けの心を揺する♡ そんなお話。 【攻め】 雨宮千冬(あめみや・ちふゆ) 大学1年。法学部。 淡いピンク髪、甘い顔立ちの砂糖系イケメン。 甘く切ないラブソングが人気の、歌い手「フユ」として匿名活動中。 【受け】 睦月伊織(むつき・いおり) 大学2年。工学部。 黒髪黒目の平凡大学生。ぶっきらぼうな口調と態度で、ちょっとずぼら。恋愛は初心。

処理中です...