愛してしまうと思うんだ

ゆれ

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愛してしまうと思うんだ

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 男のよがり声なんて聞いて愉しいものでもないのかもな。ゆうべは龍の欲求をさぐる実験みたいなもので、奔放に上げたからこそこのしゃがれぶりなのだ。よく憶えてないが唯一の当事者の証言となると嘘ではないのだろう。我慢しなかったからきもちよかったという因果関係は今ひとつ不確かなため、次回からは恐らくまた抑えると思うが。

「オイ」
「……へ?」
「今なんかくだらねえこと考えてたろ」

 考えをすべてくちに出すなんて愚かしい真似は誓ってしていないというのに。すべてを明らかにしたわけでもない。それでも龍が主に過去に意識を向けていると、察してやめさせようとするのは他に使い途はないが立派な特殊能力だ。この人も魔法使いなの?と知能指数の低いことを思ってしまう。
 何かやり返したいというか、意表を突きたいとふとひらめいた。

「香さん、俺がタチやりてえっつったらどうすんの」
「!」

 好きなようにしろと言われたから、どこまで含むのかなんとなく知りたくなったのだ。振り返れば初めから八色は龍を組み敷くつもりで実際そうしてきたわけだが、特段不満もないのだが、どうなんだろうと興味本位で訊いてみる。
 バイでも慣れてきたらネコもすると聞いたことはあるけれど。どっちもしたほうがうまくなるという話は普通に考えて勝手がわかるからだろう。八色はそういう意味では経験者なのかとも思えるが、尋ねたことはまだない。過去には極力触れたくない。

 ほんのわずか双眸に怒気が揺らめいたので、これは失敗だったかと龍は首を縮める。しかし待てど暮らせど怒鳴り声はしない。

「あの」
「龍、俺よりうまく責められんのか?」
「……あー、たしかに」

 同性をカウントしていいかは謎だが龍は童貞を切った時しかタチをしたことがない。たぶん。努めてそうしてきたわけじゃないが、縦に長いし一切かわいいところなど無いにもかかわらず、大抵ネコ扱いを受けていた。そういう意味では互いに場数が違う。だったら現状がベストなのかなあ、という結論に辿りついて、八色が秘かに安堵しているのにほっこりした。かわいい。

「あんぐらいでへばってるようじゃ、タチとか一生無理なんじゃねえの」
「ぐう……」

 言われてみると、前夜の役割が逆だったとしても朝の光景は今とおなじになるような気がして、それはそれで男の矜持が損なわれて龍はくちを尖らせる。昨日なんかひょいと抱き上げられたくらいだ。でも本当にもうすこし体重を戻さなければ、これ以上抱き心地が悪くなるのは申し訳なかった。

「香がいいほうでいい」
「あ? お前はまたそういう……」
「それが俺のしたいことだから、いいんだよ」

 感激した恋人に熱烈なキスを貰って、ちょっとさわり合っていたら時間がとける。慌ててシャワーをくぐり洗濯してくれていた服を着て出ると、洗い物を終えた八色も出掛ける支度が終わっていた。
 忘れ物がないか確認し、オートロックで閉じたドアのまえでアウターのポケットに何か入れられる。先にエレベーターホールへ向かう長身の背中を追いながら確かめると合鍵だった。

「今度から一緒にジム行くか?」
「ジムは体力つけにいくとこじゃなくて、体力ある奴が行くとこだろ」
「ハハッ、違えねぇわ」
「てかこれ」

 預かっていいのだろうか。近森の言葉は冗談めかしていたが恐らく本音なのだと思う。鍵があったほうが一緒のところを見られなくて済むかもしれないけれど、やはり何となく、気が引けてカバンの中に仕舞えない。もしまたあんなすれ違いがあったら? 改めてすこし試用期間を設けたほうがいいのでは。
 地下駐車場まで降りて車に乗り込む。何時に迎えがくるのか龍は知らないが八色は送っていってくれるつもりだった。正直ひとりで電車でアルバイトに行くのは途方もない気がしていたので助かる。こんなにした責任を取れという気持ちも、実のところひとさじくらいはあったりする。

「いいの?」
「ああ、また連絡するし車だすからなるべく早く越してこいよ」
「え……」
「やっとルコの件も落ち着いたしな」

 龍が仲を誤解しているのは何となくわかっていたので、宇賀神の存在を馨子から打ち明けるか、八色から話すかしていいか打診するつもりでいたと聞いて、それがもうちょっと早かったら事態は変わっていたのだろうかと思いを馳せる。否でも一二三どれみが思い詰めるまえに龍からばらすのもどうだろうだし、そもそも匂坂との関係はどう足掻いても事前には知り得なかったため、やはり影響はなかったか。

 何の衒いもなく関係性を公表できることが今はすこし羨ましい。龍のまえに付き合っていたという八色の彼女も、そこがネックで別れてしまったのだろうか。自分がその道をなぞりかけたので同情する。

「セキュリティは万全だし、別れたとか元鞘とか? なぁんも気にしなくていいからよ」

 すてきな笑顔なのにちくちくと棘が痛い。だがここで俺だけが悪いのかと逆ギレしては成長の跡が見られないため、ぐっと堪えて、うすぼんやりと考えていたことを勇気を出して声にする。決意表明だ。

「や、それじゃダメだから」
「あ?」
「たぶん……八年でもまだ足りねえと思うけど、あんたに追いつきてえから。一緒にいるからには対等じゃねぇと俺はだから、自力であの家出るまでは、その……半分でお願いします」
 
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