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月翔と小雨
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しおりを挟む「よくない」
「じゃなくて、その……買ってある、から」
「えっ」
既に充分あかくなっているくせに「お前の大きいんだよ」などとさらに耳まで染めて言うものだから再燃しそうになる。俺にはこんなに素敵な恋人がいるにもかかわらず、名前も知らないどこかの誰かの所為でけだものみたいに発情し、挙句にその醜い衝動を大切な彼にぶつけたのだ。情けなくて泣きそうになる。
「連れてってあげるからシャワー浴びてきなよ。ベッドに入るならそのほうがいいだろ」
「だいじょ」
「ぶじゃないからね」
脚が震えてろくに立ちあがれもしない小雨を支えて立たせ、力が戻ってくるまでしばらく待つ。筋トレの恩恵に加え彼が痩せたことで今や抱き上げるのも難なくこなせた。横抱きにして運ぶのも愉しいが小雨の尊厳を重んじて腰に手を添えるだけにする。脱衣所で上半身も服を脱がせてギプスをビニールで覆って、すこし考えてやっぱり月翔も一緒に入った。
こんなに元気な怪我人もそういないよなと思いながら、ぎゃあぎゃあ文句を言われつつ丁寧に身体のなかを洗い流す。片手では不便だろうと気を利かせただけだったが、さっきあんなにひどく責めたてた手前つよく出られない。そのうち声が甘くとろけだし、ビクビクと震えて悶え始めると打って変わって自ら差し出すように腰を押しつけてくるのだからたまらなかった。
でも今日はこれ以上は無理だ。月翔じゃなく小雨が。心を鬼にしてただ洗うだけにとどめ、バスタブに浸からせる。すると今度はちょっかいを出して月翔が洗うのを邪魔してきた。最近はもう年上ムーブはやめたのだろうか。可愛くておかしくて、素の自分を見せてもらえている幸せに口元が緩みっぱなしだった。
のぼせる前にあがらせて、裸にタオルのまま寝室へ移動して服を着る。窓は勿論すべてカーテンに覆われている。高層階なのだし誰が覗くわけでもないけれど、日頃しないことをするのはすこしテンションが上がる。小雨もケラケラ笑っていて、ようやくご機嫌が直ったかなと愁眉を開いた。
「ごめん」
「……んー?」
掃除を終わらせて戻ってくるとシーツの冷たいところをさがして寝相を変えていた小雨が目だけをこちらに向ける。
「今日」
「ああ、うん。いいよ、怒ってない。ちょっとびっくりしたけど」
「あーもう最悪……」
22時を過ぎて帰ってきた月翔は鍵をあけて入ってきて、キッチンにいた小雨におかえりも言わせず襲いかかったのだ。暴漢と何も変わらない。壁やシンクに押しつけたりテーブルに磔にしたり、終いには床に引き倒して彼に圧し掛かった。小雨はずっと呻き声と啜り泣きを行ったり来たりして凶行に耐えていた。きもちいいと言ってくれたこれまでのセックスとは、明らかに互いの反応が違っていた。
というのも帰り際に寄ったマンション近くのコンビニでヒート状態のオメガとニアミスしてしまったのだ。自分はラットになるわ向こうは酔っているのか薬でも盛られたか知らないが何人かに囲まれているわで店員に通報を頼むのが精一杯で、そこから全速力で帰ってきた。これがもうちょっとでも家から遠かったら、或いは途中で誰かとすれ違っていたらどうなっていたか自分でもわからない。アイドル生命は確実に不名誉な終わりを迎えていただろう。
アルファでもフェロモンに敏感なタイプや鈍感なタイプがいる。また相手のオメガによっても、いくらか相性があってマッチング率の高いほうがより早く強く作用するとも言われる。運の悪いことに今夜出くわしたのは選りにも選ってその相性のいいオメガだったのだろう。小雨を愛する理性など易々と振り切ってしまう本能の威力をまざまざと見せつけられた気がして、今になって月翔もじわじわとショックを受ける。
「俺のほうこそごめんな。何もわからなくて」
「それは全然……」
「あんなことがいつ起こるかわからないなんて、月翔は大変なんだな」
何だろう。どこがどうという台詞でもなかったのに、小雨の内面が不穏に波立っているのを感じて思わず右手を掴む。握り返してくれるかと思ったのに、されるがままで大きな目はすうっと月翔から逸れていった。
ベータと付き合うとこの問題には遅かれ早かれ誰しもが直面する。月翔もラジオで悩み相談をしたり友人に愚痴られたりしたことがあるので、対処法にはいくつかあてがあった。ただしそのどれを小雨が望むかまではわからない。
「あんたも大変だろ。俺だけじゃない」
「……いや俺はベータだから、」
「俺がいつあんた置いてオメガのとこに行くかって、不安でしょうがないだろ?」
「!」
信じて、疑って、申し訳なさに自己嫌悪に陥って、それがこの先永遠に続いていく。傍にいるかぎり。その苦しみは実際フェロモンの影響を受ける月翔だけのものじゃないと思うのだ。もっと言えば第二性がなくたって悩まされる。誰かに執着するというのはそういうこと。
しどけなく横たわる小雨のすらりとした美脚に目を奪われ、つい手を伸ばしてしまった。もう秋も半ばになるのに暑がりの彼はまだ短パンを穿いて過ごしている。「家の中だからいいだろ」と言うがもし誰か来たら、そして襲われたらどうする。月翔は真面目に心配しているのにちっともとりあってくれない。
ん、と小雨がいきなり悩ましい声を洩らしたと思うと腕を伸ばしてヘッドボードの棚から指サックと薬の箱を取り出す。いつの間に用意していたのか全然気づかなかった。避妊具やローションもそこに置いているのに。
「俺が塗るよ」
「いい」
「小雨見えないだろ?」
「……だ、大体わかるよ。たぶん手前のほうだし」
「やらせて」
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