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虎次と慶
05
しおりを挟む深夜枠に放映されている、虎次たちのいわゆる冠番組。さまざまな分野の達人をスタジオに呼んで対決する方式で、本日の収録では料理がテーマだった。わりと頻度の高い企画でもある。人気があるというか、獅勇の腕の良さとおなじくらい、月翔と虎次の完成品の壊滅さが毎度話題になり、深い時間にもかかわらず視聴率がいいようだ。
本人たちのドヤ顔どころかその力作までもがネットミームとして使用される始末。本日も、お題はグラタンだったのだが、出来上がりの声と共に虎次が差し出したのは、消し炭色も毒々しいかわいそうな耐熱皿だった。
「ほんっとこれ、俺らが試食することひとつも考えられてないよね~」
「ドSだわ……」
「料理っていうより実験?」
「月翔には言われたくないよ」
「楓馬くんはさすが配信もやってるだけあって手際よかったよ~」
「彩りも鮮やか!」
「食欲そそるぅ」
「マジでもう料理はやめにしよ? すくなくとも俺は」
豪快すぎる包丁さばきに始めこそ笑っていたスタッフも、さすがにここまで様子のおかしいものは食べさせるわけにいかないという空気になっている。楓馬くんのちゃんとしたグラタンを先に試食し、うだうだと感想トークで引き伸ばしながら、最後はお約束で慶がひとくち虎次作のダークマターを食べたところでエンディング。カットがかかる。
まあとりあえず火だけは通り過ぎるほど通っているので、死にはしないだろう。恐らく。ハードルが低すぎる。
「おかしいな……」
「逆におかしいとこだらけだろ」
これでも自主トレというかイメトレはしているのだ。タイミングが合うときは慶が料理するのを傍で眺めているし、コツを教えてもらったり質問したりもする。だが如何せん食に関して興味がうすく、甘い物以外は自分が何を出されても気にしないたちなので、きっと一生こんな感じだろうと虎次も思っている。
貰った水で後味ごと喉の奥へ流し込んでいた慶に、メンバーがナイスファイトと言わんばかりに寄っていって労っている。苦い笑顔で応えたのち、長身は楓馬くんとその母親に近づくと親しげに声を掛け、ちびっこ料理人の頭を撫でてやっていた。何やら話が弾んでいる。
きちんと膝を折って目線の高さを合わせ、つたない表現も洩らさず掬いあげて、的確に噛み砕いた言葉で返答する。高校時代からこうだった。ドラマの現場でも子役とすぐに仲良くなってくれるため、撮影がしやすくて助かると慶はしょっちゅう褒められる。同い年の虎次の世話すら進んで焼くくらいなのだ。本物の子どもは、もっと好きなのだろう。
(もったいない)
妹が生きていたら、結婚していい父親になっていたんだろうに。本人も望んでいただろうに。何年経っても悔やまれてならなかった。恋人同士だったのかどうかは知らないが、恐らく想い合っていたふたりなのに。遠い目をして、虎次はスタジオの片隅で慶を見つめる。
運転免許を取ってまだ半年かそこらだった筈だ。ある夜、兄の竜太が急に高熱を出し、夜間診療も受け付けている病院までももが車で送っていくことになったらしい。無理をせずにタクシーを呼んでいればよかった。あとになって祖父は甚く悔やみ、家を空けていた両親にも責められていた。虎次からすれば、そこにいなかった者にとやかく言う権利はないと思うのだが。
特別混み合っていたわけでもない夜の街は、暴走車両の迷惑運転が横行していた。案の定、初心者マークをくっつけたももはたちの悪い連中にあおられて事故を起こし、助手席に座っていた竜太共々かえらぬ人となってしまった。
悪いのはあおってきた奴らだ。しかし不運にもドライブレコーダーをつけておらず、うまく逃げ果せて逮捕もできなかったらしい。虎次だって正直誰かに憤りをぶつけたかった。しかし昔に比べて、目に見えてちいさくなった祖父の背中を目の当たりにすると、とても心無い言葉を投げつけていいとは思えない。おなじ悲しみに暮れている相手をさらに蹂躙するような、人でなしな真似は絶対にすまいと強く自制した。
だからなのか、両親が出ていったと連絡が来たときは、何となくほっとしたくらいだった。消沈した祖父の声が気に掛かったけれど、できるかぎり暇を見つけて顔を出し、励ますうちに、虎次自身も徐々に事実を受け入れられるようになっていった。
あおってきた相手が誰だかわからないことは却ってよかったのかもしれない。今はそう思っている。もしわかっていたら、そいつを呪って、呪って呪って呪って心を囚われて、生きながら鬼になっていただろう。自分でも何をするかわからない。慶も激しく悔しがっていたので、復讐のひとつやふたつ、一緒に成し遂げていたかもしれなかった。
「写真撮ろうぜ!」
リーダーの呼びかけに応じ、メンバー全員で楓馬くんを囲んで記念撮影する。オンエアの日時を連絡するまで公開はできないが、素晴らしい体験になったとちょっとでも思ってもらえたら嬉しい。勝利したのでサイン入りの記念品も贈呈される。因みに母親は慶のファンらしく、個人的にふたりで写真も撮ってあげていた。
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