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しおりを挟む「俺あの子にどんなひでえことしたんだろう……」
散ってしまった恋を忘れられたらと思いはしても実際はそうならない。逆にそうならないから忘れられたらよかったのにと思うのかもしれない。明治もひどく傷ついて、自棄になってそう願いはしたかもしれないが本当に忘れたいわけじゃなかった。
杏里の悲しげな顔がまなうらに焼きついて離れない。あんな表情をさせるくらいなら、自分が忘れられたほうがましだと明治はテーブルの上で拳をかためる。彼に落ち度など絶対なかっただろう。赤みがかったオレンジジュースはまだ半分ほどグラスに残っているが、完全に氷がとけて分離している。
「……ひとつだけ、俺もわかることがある」
「何」
今まで引っぱっただけあって舞洲は相当気が進まない様子だった。明治がいいから話せと強めに促してやっと重いくちを開く。
「前後関係はよくわからんが学生時代の俺らのこと、彼に話しちまったらしいぞ。お前」
「半グレの話か?」
「じゃなくて……その、酔っ払って……」
「えっ」
見事に一瞬でざあっと血の気がひき、座っているのに昏倒しそうになった。
「は? えっ話したのか? あれを? 鴫宮くんに? なんで???」
「それは本人に訊けよ」
「ええ……」
経緯や意図はさっぱりでも結果は今の明治にもわかる。杏里は、裏切られたとひどく傷ついただろう。十年前の記憶なら欠けもない完全形で頭の中にあるのに八つ当たりだが腹が立った。それを選りに選って彼氏にばらす自分の迂闊さにも呆れしかない。御蔭で杏里は懐かなくていい不信感を舞洲に懐く羽目になり心を曇らせた筈だ。
自分はきちんと謝ったのだろうか。さっきも、杏里に心から謝罪できていたとは言えなかった気がする。いまさらわかっても遅い。無造作に話せることが恋愛感情の無さを証明しているとでも開き直って、もしろくに誠意も示してなかったのなら、認めたくないがフラれても当然かもしれなかった。
「疑われるような要素があったとは思えねえんだけど、お前俺のこと好きだったか?」
「俺もお前より杏里くんがいい」
「だよな。つかてめえ、人のもんに何堂々と粉かけてやがんだコラ」
「フラれてんだからお前のものじゃねえよ」
「ぐう……」
「いつ見ても思うけど、やっぱイケメンな」
その表現は多分に贔屓目や雰囲気を含んでいるので明治はあまり好きではなかったが、いわゆる今風のモテそうな男子を表す言葉としては的確なのが悔しい。いい加減暇を潰すのにも限界がきたようで、舞洲が「そろそろ出るか」と伝票を持って先に行く。いつまでも待っていても杏里は戻ってきてくれそうにないため、明治もしぶしぶ店をあとにした。
駐車場へ向かう途中にあるからと杏里の働くショップのまえを敢えて通りかかる。赤毛で肌の白い海外出身らしき男に、やや身振り手振りが大きいが特に物怖じする様子もなくごく普通に接客している。自分が身に着けているパンツの説明をしているのか、生地をつまんだり腿の部分に斜めに走るジッパーを開閉したり、熱心なのは素晴らしいがそれよりも男が頻りに杏里の腰を抱くのが気になって、いっそ割り込もうかと思ってしまった。
「営業妨害すな」
「別の営業になっちまってんじゃねえかあれ」
「杏里くんなら上手くあしらうだろ」
何を根拠にとむくれる明治を引っぱって舞洲は車に戻り、代金を精算して会社に向かう。混み始める時間帯なので終業は越えるだろう。今日はもう仕事には触れず、明治は助手席で先程渡された封筒の中身に改めて目を通した。さすがに本人のまえで読み耽る気にはなれなかったため中途になっていた。
指定した日の素行調査を依頼していたようだが、結論から言うと杏里はその間ずっと、実家に身を寄せていた。もともと実家住みだったのを三ヶ月前から明治と同棲生活に切り換えたらしい。
鴫宮家は両親が共働きで、杏里の他に高校生の麟児、中学生の真露というふたりの弟達がいる。親が仕事で帰宅が遅くなる場合もあるため食事の面倒をみてあげる者が必要で、家にいた頃は杏里がその役目を担っていた。彼自身、弟達をとても可愛がっており、仲の良い兄弟だと近所でも昔から評判だったそうだ。
「……こんないい子が、なんで俺と付き合ってくれてたのか今となっては不思議だわ」
最後まで報告書を読んだらそんな言葉が自然とくちを衝いていた。この内容から推測するに恐らく浮気でも疑っていたのだろう。自分のいない間に男でも連れ込んでいやしないか、一体この杏里のどこからそんな疑念をわかしたのか自分でも理解が追いつかない。恋情で目が曇っていたとしか考えられなかった。
「最低だわ俺……」
また会いに行くとして、どこから詫びていいかもわからない。舞洲が連絡を取っていたのでふと自分の私用スマホを調べてみたが、延々と一方的にメッセージを飛ばし続けているのが気持ち悪すぎて笑ってしまった。連絡先がちゃんと入っている。履歴も山ほどある。というか私用なのでしばらくさかのぼっても杏里の名前ばかりだ。
画像も映像も、もし誰かがこのスマートフォンを見たとして、持ち主がどんなに彼を好きかだけはすぐにわかってしまうくらいいっぱいだった。しかも報告書をめくったので気づいてしまったが、スケジュールに印をつけていたのは杏里の誕生日だ。まだ半年なら初めて一緒に祝うことになる。どれほど浮かれていたか目に見えるようだった。
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