寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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「顔はそうでもないけど、人間のくせにやたら強いところは父親そっくりだよ。あの子は」
「!」

 新良にとっては母以上に記憶の薄い、父のこと。唯一祓えなかったあやかしがこの黄麻だと聞いている。しかし仇というわけでなし、来良も幸良も手に掛けようというつもりはなさそうだった。

「父様も強かったの?」
「そりゃあね。来良は真面目っていうか正直っていうか、真剣勝負しようぜ!って感じなんだけど親父のほうはタチが悪かったな~。人をおちょくるのも大好きだったんじゃない? 遊んでるみたいにバンバン同胞がやられちゃってくの、ちょっと怖かった」
「ふうん」
「お母さんはすっごい美人だったね。来良が生まれた時は似てるからお嫁さんにしようかと思ったけど、男の子で残念だったぁ~」

 しかしすぐに占い師の不吉な予言を受けてそれどころではなくなったらしい。やがて幸良が生まれ、新良が生まれて、己の死期を覚っていた父に『あの子を頼む』と言われた時は、頭がおかしくなったのかと思ったと告げる黄麻の声は幾分ちいさい。

「だって僕はあやかしだよぉ? そんなの一族の誰にでも頼めばいいじゃんね。家族でも何でもないのにさー、忘れもしないよ来良ったら赤ん坊の時、僕のしっぽ結んでほどけなくしてくれちゃって、大変だったんだから!」

 猫又は尾がふたつに分かれているというので、それを悪戯されてしまったようだ。というか、新良はそこまでこのあやかしと顔を合わせているわけではないが、猫の姿どころか耳や尾すら出しているのを見た記憶が無い。彼なりに兄には特別扱いをしていたらしい。
 前言は撤回するべきだろう。あやかしは口約束だって大事に守る。人の子の命の果敢無さも、この化け猫は知っている。知っていて、嘆きつつも彼なりのやり方で慈しんでくれたのだ。だから上の兄も親しくしていた。大きな恩があるとも何回も聞かされている。視界の端が滲んできたのに気づき、新良はそっと指の先で払う。

 門番の役目をほんのすこしでも任されるようになり、自分が思っていた以上にこの立場にいると共生への道をさぐりたくなると知った。無論恨んで命を取ることしか考えてないあやかしも多いけれど、黄麻のような人間界に馴染んだあやかしもいる。奪った奪われたと殺し合いをするのはあやかしだけじゃない。人間もおなじだ。中には人の皮をかぶっているだけの、あやかしより残虐な悪党もいる。
 来良はある日依頼を受けてどこかの村へ赴き、そこで半拘束され、酷使されて、疲弊しきったあやかしを目にしたと話してくれたことがある。もういうことを聞かなくなったので始末してほしいと言われて絶句したが、そのあやかしのために憤りを抑えて、門を開いて異界へ送ってやったらしい。どれほど生が残っていたかはわからないけれどあのまま拘束されているよりは遥かに幸せだったろうと語った兄の、遣る瀬無い気持ちのありありと滲んだ表情が今も目に浮かぶようだった。

 彼らももとは血の通った動物なのだ。異界で生まれるあやかしもいるらしいが、力が強すぎて空間の裂け目を通り抜けることができず、未だ人間界への襲来は叶っていないらしい。その時が来たらこの世は滅ぶのではないかとも言われている。人間が絶滅し、それ以外の生物とあやかしだけが存在する世界。そうなると今度はその中でまた奪い合いや殺し合いが起こるのだろうか。

「――近づいたかも」

 紅い石の中にチカチカと微弱な光が瞬いている。黄麻にも何か感じるものがあるのか、歩みに迷いがなくなった気がした。ざく、ざく、と落ち葉や草の上を進み、時折方向を確認するように顔を上げる。

「音がする」
「え? 何のだよ」
「何かいる」

 その言葉に服の下で全身が一気に粟立った。不審な音はやがて新良の耳にも聞こえてくる。何か、大きなものが蠢くみたいな、それは踏み拉いている地面の奥から響くようで、ふたたび山が崩れるのではと咄嗟に跳びあがり樹の上に避難する。見あげてくる黄麻は完璧に表情を消して、夜の中でも青白く褪めていた。

「まずいよ。僕らとおなじもの狙ってるかも」







 風が止まっているのに森のざわめきがやまない。不穏な物音を聞きつけた朱炎は抉れたようになっている斜面を横目に社へ戻ってきた。奥へ入ろうとしたところに気配をさせて冬青が現れる。

「よう、おかえり朱炎」
「……ああ」

 どうせ役に立たないだろうが念のためと話を振ってみると、居候は「せっかくの客人を逃がしちまった」と渋面をする。

「どういうこった」
「例のガキらを見つけたんだよ」
 ここに来てる、と聞いて朱炎はひょいと眉を上げる。大方来良を捜しにきたのだろう。存外早く辿りついたもんだと秘かに感心した。

「聞かせろ」
「別に、話すようなことはねえよ。……ああ、あの時の化け猫もいたかな」

 社へ案内すると言って連れまわし、うまいこと来良の弟だけを引き離して攫おうと思ったようだ。失敗してぎりぎりと爪を噛む仕種は人間くさくて笑ってしまう。下心があると何事もスムーズに運びにくくなるのは本当らしい。

「つうか勝手に連れてくんな」
「あいつら、お前のつがいが死んだと疑ってなかったようだが」
「……だろうな」
 
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