寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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 朱炎に襲われたとまではわからないにしろ、門番が姿を消してひとつも音沙汰がなければ何かあったと考えるに違いない。人間にしては長く生き、特殊な力を持っているが不死身ではないのだ。況して来良はあの夜、匂いがなければ判別がつかないほど容貌が変わってしまっていた。

 痩せて、枯れて、生きているのもつらそうな様子だった。朱炎はまだ動物の身体だった頃に母がそうやって死んでいくのを目の当たりにしていたので揺り返すだけでくちのなかが苦くなる。自分と妹をかばって傷を負った所為で命を縮めてしまった。そのうえ今はその淡桃まで、どこへ行ってしまったのか、生きているかもわからない。
 自分が何をしているのか、何もかもが嫌になって暴れ出したい衝動に駆られる。こんな時は来良を抱いて発散するのが一番だ。身体に力が漲れば気分も変わる。ふらりと中へ入っていくと、つがいは座敷の真ん中に敷かれた布団の上にしどけなく横たわっていた。

「おやすみのようだな」
「――……」

 それは見ればわかるのだが、艶やかな黒髪に白や薄い黄色や桃色の小ぶりの花が散っている。この塒の周囲には咲かないものだ。よもや勝手に脱け出しているのかと心中穏やかではなかったが、答えはじきに判明した。
 朱炎には名前もわからない小鳥が飛んできて、眠る来良の上に咥えてきた花を落としていく。上級のあやかしの視線に気づくと慌てて飛び去った。夜行性なのか眷族か知らないけれどどうやら無垢な贈り物を捧げられていたらしい。或いは自分が留守にしている間はこうして動物達と戯れていたのかもしれなかった。

 すうすうと健やかな寝息を立てて無防備な胸がふいごのように膨らんではしぼんでを繰り返す。来良が生きていることを知ったら、連中はさぞかし喜ぶだろう。朱炎も、たとえ自分がどうなっても幸せに生きていてほしい者がいる。気持ちは理解できる、けれど。

「放っといても死ぬ筈だったんだろ」

 だからだと、今はもうまるで見違えた端整な顔立ちを見おろして呟く。
 つがいになり気を通わせ合ううちに化けたようにも思えるが、これが本来の来良の姿なのだろう。気が強くて、起きている時はあまり見られない柔和な表情は、どこか幼ささえ感じさせる。それなのに劣情をいたく掻き立てるのだからたちが悪かった。

「美しい男だな」
「……は」

 他ならぬ来良自身がその賛辞を惜しみなく注いでいたであろう冬青のくちから聞けるとは思わなかった。こいつは自分の容姿を正しく識っているので滅多に他者にそんな言葉は使わない。『うまそう』と評するのは何度となく耳にしたけれど、食い物でなくまるで同胞みたいに褒めるなんてどういう風の吹き回しなのか。

「まあ寿命とは言ってたか。俺様にやられたからかと思ったが、別の理由だったのかもな」
「今のこの状態も、奴らにとっちゃ生きてるとは言えねえのかもしれねぇが」
「さあ?」
「死んだと教えてやればよかったか?」

 来良が家族と会いたがっているのかどうかは朱炎にはよくわからなかった。弟達の存在はそもそも朱炎にとっては仇のようなものなのだから、逆に遠ざけたいくらいかもしれない。理由はともかく初めこそ脱出を図ろうとあれこれ悪さしていたが、そのうち諦めたのかおとなしく身体だけ開くようになった。体調がよくなってからも、実のところ逃げ出しても気配は追えるのだけれどそうした様子もない。大体が彼は天命に逆らうつもりはなかったのだ。

 ならば会わせたりせずこのまま隠し通したほうが、意には副うのかもしれない。そう思いたいだけだろうか。否、思うもなにも最早契約は成立している。それに朱炎はまだ目的を果たしていない。手掛かりすら見つけられずにいるのだ。やはり来良に何か知っていることがないか尋ねてみるべきだろうか。恨みがどうのと意地を張っている場合ではない気がする。

「なあ朱炎」
「……あ?」
「お前、妹が見つかったらどうするんだ」

 まさに頭の中を覗き込まれたようなタイミングで訊かれて思わず冬青を睨みつける。パリッと朱炎の指先で妖気が弾けたのと、急に現れた強大なあやかしの気配を察知したのとは殆ど同時だった。

 ものも言わずに社を出て飛ぶように森を駆け抜ける。「崩れたのはその所為か?!」と冬青がぼやいていたが居合わせなかったので朱炎には何とも答えようがない。ただこんな異変は感じなかったため、恐らく違うのではないかと思う。
 辿りついたのはあの崩れた斜面の下のほうだ。黒く、太い胴の表面に無数のささくれみたいな突起を持った、大きな蛇のようなものが地面を醜く這いつくばっていくのが見える。

「気味の悪い姿だな……」
「野槌だ」
「にしちゃでかいが」

 全体的に興味のなさそうな冬青の意見など初めから聞いてなかった。朱炎は、やっと巡りあえた嬉しさに口角をつり上げる。のろまな性質に似合わない動きは獲物の気配を察知して追い詰めているからだろう。頭部と思われる一端を見やれば、行く手に人影があった。
 草や落ち葉を踏んでザザザと不穏な音を立てる。通常の野槌は斜面を転がり落ちて移動するが、これだけの太さと体長があると蛇のような動作も可能のようだ。よく目にするものはこれとは比較にならないくらい小さく、食べるのも体に見合ったウサギやリスなどの小動物で、すくなくとも朱炎達には害もない。
 
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