27 / 57
27
しおりを挟む正直なところ半死半生で何もわからなかったのだ。天寿に逆らう気はないと告げた覚えは辛うじてあったが、その先は曖昧で、気が付けばもうつがいになっていた。一生食い物にしてやると精気を奪われ続けて、しかしその割に来良自身もどんどん回復していったので何か変だとは思っていたけれど。
どういうつもりなのだろう。殺しても殺し足りないくらい憎悪を向けられていたのに。一生嬲り者にする気だというならそうかと納得もするが、一度はたしかに命の火を消そうとしていたのだ。他に目的があって生かしているのだろう。
「でも別に、いつでも殺せるんだろ」
「それはそうだけど、そうしたところで特にこっちに得があるわけでもないんだよね。むしろおいしい食事ができなくなっちゃう」
「……なるほどな」
所詮あやかしにとっては人間などその程度の存在だと、知らしめるような物言いに来良はしかし傷ついて、そんな自分のめでたさに乾いた笑いを洩らした。あれだけ何度も肌を合わせて何かが芽生えるのは愚かな人間だけなのだろう。あやかしにはただの食糧でしかない。主と言いながら朱炎が来良を敬ってくれたことなど一度もない。
わかっていたのに。悲しい気持ちに胸をきりきり締めつけられる。
「痛ってぇ」
傷ついたから。
それにしてはえらく具体的な、発生源の明らかな痛みが腹の中から急に起こった。
「何だこれ……」
「ちょ、にいちゃん!?」
「っ先生!」
うずくまった長身を支えながら新良が居待月を呼ぶ。しかしそれより早く駆け寄ったのは朱炎だった。青褪めた来良の頬を撫ぜ、背中をさする。先刻と違い間近で見る白い妖狐の輝くような麗しさに新良は瞬きも忘れて見蕩れていた。
ばくん、と心臓がひときわ大きく拍動する。痛みに呻いて双眸を閉じる。ふっとあえかな息をひとつ吐いて来良は静かになった。
「来良?」
「にいちゃん!」
呼吸の素振りがないのに緊迫したのも束の間だった。
朱炎と冬青、黄麻、そして新良は気配を察知して顔を上げる。あまりにも強大なあやかしの気配だ。竹林やさらにその周辺に潜んでいた動物達が逃げていく。
「い、てえ……」
「まさかこれ、兄様なんですか?!」
支えてくれる手をとり、ゆっくりと身体を起こしていく。頭がくらくらした。平衡感覚がわからず揺らいだ来良を朱炎が抱きとめる。その時、驚いたような顔をしたのを幸良は見逃さなかった。何も考えず兄に手を触れる。
「あっにいちゃんあったかくなってる!!」
「そうなのか?」
特に意味はないが手を結んだりひらいたり繰り返す。胎内の熱さが消えている。というか今は、血のめぐりに沿って分散され全身へと届けられて力が漲っているように感じられた。
徐に濡れ縁へと出る。身体が憶えている印を目にも止まらぬ速さで結ぶと、ドォンと爆音が響き白煙が石庭を満たした。
「……門が」
「開いた……」
来良は青く神々しいその姿を確認すると、いきなり振り向いて斥力を発した。その先にいた朱炎が妖気でバチッと相殺する。勿論わざとだ。こんなものでやりたい放題された気が済むわけでは到底なかったが、一応溜飲は下がった。べ、と舌を出してみせると秀麗な美貌は上等だと言わんばかりに口角を引き上げる。
どうやら一時的に使えなくなっていた力が変容する胎動を感じていたらしい。そうならそうと教えてくれればいいものを、いまさら遅すぎるがとんでもない恥辱の数々に改めてわなわな拳を震わせる。耳まで真っ赤になった来良の内面を唯一つぶさに感じ取れた朱炎は、一変してニヤニヤと下卑た笑みを張り付けた。訊いた自分が馬鹿だったのだろうか。
「すげえなこれ」
まえよりもっと、強大な力を感じる。門も問題なく開けた。法力も斥力も使える。それに、あやかしに気配をさぐられているということは、恐らく妖力すらも。
「あ、そうだにいちゃん」
「ん」
幸良に五六八を渡され馴染んだ仕種で抜刀しようとした。
しかしこれが、びくともしない。
「ダメだわこれ抜けねぇ」
「マジ?」
「てか何か……やな感じする」
「えっ」
足元に叩きつけてしまうまえに速やかに幸良に返却する。反応がまるで黄麻とおなじで、これは、と新良が眉間に深くしわを寄せた。
「兄様、もしかしてあやかしになってしまわれたのでは……?」
「ええ?! そんなことある???」
「うーん……」
黄麻の指摘どおり契約を結んだのだとして、朱炎が死ぬまで寿命が延びたのは理解できた。しかしその際あやかしへと転生するとは彼は言わなかった。あやかし化してしまったら精気が得られない。本末転倒だろう。
完全に変容したら法力と斥力は使えなくなっている筈だ。強いて言うなら半分人間半分あやかし、になったのだろうか。いずれにせよ本来の役割を果たすことはできそうで、ならばと来良は天を見上げた。
たとえ目的があったとしても、情などなくとも、命を与えてもらったことに変わりはない。口許に揃えた人差し指と中指を宛がい呪文を詠唱する。長い長い呪文だった。来良は何度も息を継いだし新良は聞いたことのない文言に眉をひそめた。その間、一度として瞬きをせず空の向こう側を睨みつけ、目を凝らして、ようやく見つけたというようにカッと双眸を瞠る。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる