26 / 57
26
しおりを挟む結局、女はどうかわからないが、男を孕ませることはできないのだろうと思う。だがあの話をして以来、朱炎が執拗に種付けしてくる。胎内の違和感は依然続いているので、別の生命でないとすればこれは何なのだろうか。引き締まった腹に、今も存在を感じて赤い襦袢越しに手をあててみる。
起きたとき布団に散らばっていたささやかな花に目を投げる。鳥達が教えてくれた話では、幸良と新良は旅路にいるらしい。きっと自分をさがしに出たのだと思い、来良は初めこそ喜んだが今は心配で仕方なかった。無理をさせることになるだろうと容易に想像がついたからだ。自分でも自分の状況がどうなっているのか判然としないが、生きているのか死んでいるのかわからない来良よりも身の安全を優先してほしい。
「何だ?」
徐々に明るくなってきて、社のほうから複数の気配がこちらへ近づいてくる。来良は身構えたが、ややあってその姿を目にすると思わず立ち上がった。座敷の中へ大股で入っていく。
「嘘だろ……」
「にいちゃん!!!」
「兄様っ!!」
「すげー、生きてるっっっ!!!」
旅装束の弟達が肩を貸して支え合い、すこし汚れた顔でそこにいる。これは夢かと思ったが泣く一歩手前の表情で勢いよく飛びついてきたので間違いなく実体で、その感触と重みに来良は胸がいっぱいになって涙を滲ませた。いとしい大切達。両親の形見。来良の宝物。交戦の痕跡はあったが大した負傷はないようで深く安堵した。
片や弟達は何かに驚いたように顔を見合わせる。来良の腕や肩に触れ、胸元に耳をあてて、困惑しきりという様子だ。
「どうした?」
「にいちゃん、その……」
「うん?」
「あの、こんなことを言うのもなんですが……お身体がすごくつめたいです」
「え……」
自覚のない変化を知らされ、来良まで激しい困惑に突き落とされる。つめたい? 自分で掌を宛がうがよくわからない。咄嗟に朱炎と触れ合っている時のことを思い出そうとしたが、幸良と新良の純粋な視線に晒されているのに気づいて、かあっと頬が火照る。しかし彼をあたたかいと感じることはあっても、熱さを覚えることはあっても、体温についてはやはりわからないかもしれなかった。
「とにかくご無事でよかったです」
「うん、五六八置いてっちゃってるからどうなることかと思った!」
「心配かけたな」
「だってもう半年? 経つんだもん、くじけそうだったよ」
「何?」
明らかな異変を突きつけられて、来良は再会の喜びもそこそこに固唾を呑んだ。
やはり。
誕生日どころか時間の流れ自体がこれまでと違っている。おかしい。もうとっくに死んでいる筈だ、あの日だって瀕死の深手を負って、何やら取引を持ちかけてきた妖狐を撥ね付けた筈だった。
どういうことだ。
「ちょっといーい? ――来良、久し振りっ」
表情をなくしていると可愛らしい声がして、黄麻がひょっこり顔を覗かせる。もしかしてと思っていたが実際姿を目にするとやはり嬉しい。さらに何故か居待月を担いでいるので困惑した。情報が多いがとにかく再会は喜ばしいことだ。ぺこ、と来良はかるく頭を下げた。
信じられないことに黄麻は居待月を雑におろすとこちらへ向かってくる。てっきりいつものように抱きつかれるかと思ったら、整った造作を大胆に引き歪めて袖口で鼻を覆って後退りした。
「うわ~、何コレ狐くさいよう~~!!!」
「マジか」
沢で清めても匂いは取れるものではないらしい。自分でもふんふん嗅いでみるがわからない。
「じゃあもしかして、」
と伸べられたちいさな手はバチィッと弾かれる。これまでで一番大きく祓われたのではないかという威力だ。
「あーやっぱりかぁ……」
「えっ何? どゆこと??」
なりゆきを見守っていた幸良が言う。新良も喋りこそしないが視線が同様に説明を欲している。
「そうだよね……じゃないと来良が生きてることに説明がつかなくなる」
「――感動の再会は済んだか」
「!」
「ああ、起きてたんですね」
一番後方から朱炎と、冬青が現れる。まさかこのふたりが連れてきたとでもいうのか、もっと信じられない事実に来良は目を丸くする。どうしてと言葉を借りずに問うてしまったらしく、銀朱の双眸に恨めしげにジロリと睨めつけられた。何も頼んではないし許されるとも思ってなかった。来良はこの屋敷から出られない。呼び寄せられるのは鳥くらいで、術は使えない。式すらもう飛ばせない。それは家族どころかこの世との断絶を強いられているとすら感じられた。
朱炎のそもそもの執着の発端を思い来良は弟達を背後に庇った。しかし白の妖孤はふたりには目もくれず、ひたと来良を見据えている。何かいつもと違う雰囲気をまとっているようで息が詰まった。かと言ってどうするわけでもないのだが、まっすぐに見つめ返す。
「来良はこいつと契約しちゃったんだね」
命が果てるまで、主となり精気を与え続ける。ただひとりの特別な相手。
「もう尽きてる筈の寿命が延びたのはその所為だよ。来良は、こいつが死ぬまでこのままの姿で生き続ける」
「……そうなのか?」
「何も知らないで契っちゃったの?」
「いや……」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
38
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる