寿命が来るまでお元気で

ゆれ

文字の大きさ
30 / 57

30

しおりを挟む
 
「ねえねえ」
「ん?」
「あの白い妖狐とはどうやってくっついたのぉ? 馴れ初め教えてよう」
「えっ」

 馴れ初めって恋仲じゃあるまいし。単に死ぬほど恨まれていただけだ、それは黄麻もよく知っていることだろう。来良は困惑して眉をひそめた。

「ヤッてたよね?」
「!!!」

 ボン、と実際に音がしたのではないかというほど来良が真っ赤になる。初々しい反応に黄麻はにんまりと笑みを濃くする。

「っていうかさ、あの夜は何があったの? お芝居の日」
「あー……」

 意識を飛ばすまえまでのことはちゃんと憶えている。驟雨に降られ雨宿りをして、朱炎と出会って、腹に風穴をあけられたことを来良は掻い摘んで話す。黄麻は自分から訊いたくせに悲しげに美貌を曇らせた。もし肩に触れることができていたらぽんぽんと優しく撫でたことだろう。
 そしてあの社へ連れられて、生きたいかと問われ否と答えた。あとはもうくちにするのも憚られる日々だ。言いはしないが胸元まで染め上げる様子に黄麻は大体察したようで、ニヤニヤわらってつつくふりをしてくる。消えてなくなりたいと来良は恥じ入った。自分までけものに成り下がってどうする。

「あの伏魔刀にも、他の男のものになっちゃったから嫌われたんだぁ」
「別に、あやかしなんだしそんなんじゃねえよ」
「というと?」
「愛情なんて理解するとも思えねぇし食い物にされただけだ。ただ殺そうとしたけど、自分の力を高めるのに使えそうだから、妹見つけるまで手元に置くかってなったんだろ」
「……来良はそう思ったんだね」
「おん」

 というか他に解釈のしようがない。黄麻はさかずきを乾すと唇を舐める。盆に置いた手で取り上げた小魚を咥えると天を仰ぐ。月のない昏い空には星が散らばって、美しさに来良も薄水の瞳を眇めた。遠くで犬が吠えている。
 いつの間にか入り込んでいた野良猫が黄麻の膝にあがってまるくなる。この子はどうやら眷族ではないのか結界をすり抜けてきたらしい。来良が横から指を差し出す。ふんふん匂いを嗅いでいたが、フイと外方を向かれてしまう。おさわりの許可はいただけないようだ。

「これはあくまで僕の意見なんだけどね、おなじあやかしとしては、来良が思うほどあいつも割り切ってなかったんじゃないかなって気がする」

 半身の契約は一生運命を共にする相手を決める行為だ。言わば永い生をかたわらで過ごす伴侶を選び取るようなもので、それを、幾ら並ならぬ恨みがあったとはいえ憎いだけの人間と交わすわけがないと黄麻は目を伏せた。来良は人間なのでそういう感覚が強いのだが、つがいが男同士でもあやかしの世界では別に不自然なことではないらしい。繁殖しないためか性別はあまり重要でなく、特に変化へんげするものは男でも女でも自分の好む姿でいられる。
 それとは別にあやかしだろうと個人の好みも普通にある。見てる分には可愛いし傍に置くなら僕はやっぱり女の子がいいんだけどぉ、という軽口はまあさておき。

「ただ眷族にするだけでも充分精気は得られるし、ちょっとだけ寿命が延びたりするんだよね。僕もこうやってネコチャン撫でてるでしょお? でもそれは契約とは違うから僕の寿命まで生きるわけじゃない」
「……うーん、どう違うんだ?」
「来良はあいつの真名を知ってる筈だよ」

 それを教えることが契約に当たる。人間でいう氏名がそうらしい。何げなく呟いたが、どれだけ声を大にしようが黄麻には、契約者以外には聞こえないのだという。

「だから余っ程相性がよかったり味が気に入ったりすると契約するって感じなのかなぁ。生涯ひとりってわけでもないんだけど、まあ大抵はひとりかな」
「ふーん……」
「でもさあ、半妖になっちゃったなんて僕くらい長く生きてても初めてなんだけど!」
「そうなのか?」
「そうだよぉ! もともと来良がそういう特殊体質だったのか相性がよかったか」
「……俺が死にかけてたからじゃねえかな」
「あー、なるほどね。それはあるかも?」

 通常は半死半生の状態ではなくちゃんと意識も意思もはっきりしている状態で契約を交わすので精気と妖気が雑ざることはない。しかし来良は欠けた部分を、死に瀕して弱っていた身体を、精気を妖気で補った。そうすることができたのは本当に相性がよかったのだろう。食い物にすると言いながら、回復するまでは朱炎のほうが来良に力を分け与えていたのかもしれなかった。
 自らの手で殺しかけたくせに。なんでと思わなかったのだろうか、朱炎自身。あやかしの考えることなどわかりたいとも思わないが純粋に謎だ。きまぐれな性質なのだろう。

「あとちょっとでも割合が違ってたら完全にあやかしになってたりしてね」
「ええ……幸良と新良に祓われちまう」
「あはは!」

 全然笑いごとではないのだが、黄麻があんまりかるく笑い飛ばすのでいつしか来良も頬をゆるめていた。
 つがいだからなのか留守をしていても朱炎の居場所は何となくわかっていた。しかし門をくぐってしまった今は、もう捕捉できない。二度と会うこともないのかもしれない。悲しいとも淋しいとも思わないが、まだ実感がわかないだけだろうか。遠く星空を見つめる来良に黄麻がやわらかく話しかける。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない

北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。 ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。 四歳である今はまだ従者ではない。 死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった?? 十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。 こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう! そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!? クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。

処理中です...