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しおりを挟む「ねえねえ」
「ん?」
「あの白い妖狐とはどうやってくっついたのぉ? 馴れ初め教えてよう」
「えっ」
馴れ初めって恋仲じゃあるまいし。単に死ぬほど恨まれていただけだ、それは黄麻もよく知っていることだろう。来良は困惑して眉をひそめた。
「ヤッてたよね?」
「!!!」
ボン、と実際に音がしたのではないかというほど来良が真っ赤になる。初々しい反応に黄麻はにんまりと笑みを濃くする。
「っていうかさ、あの夜は何があったの? お芝居の日」
「あー……」
意識を飛ばすまえまでのことはちゃんと憶えている。驟雨に降られ雨宿りをして、朱炎と出会って、腹に風穴をあけられたことを来良は掻い摘んで話す。黄麻は自分から訊いたくせに悲しげに美貌を曇らせた。もし肩に触れることができていたらぽんぽんと優しく撫でたことだろう。
そしてあの社へ連れられて、生きたいかと問われ否と答えた。あとはもうくちにするのも憚られる日々だ。言いはしないが胸元まで染め上げる様子に黄麻は大体察したようで、ニヤニヤわらってつつくふりをしてくる。消えてなくなりたいと来良は恥じ入った。自分までけものに成り下がってどうする。
「あの伏魔刀にも、他の男のものになっちゃったから嫌われたんだぁ」
「別に、あやかしなんだしそんなんじゃねえよ」
「というと?」
「愛情なんて理解するとも思えねぇし食い物にされただけだ。ただ殺そうとしたけど、自分の力を高めるのに使えそうだから、妹見つけるまで手元に置くかってなったんだろ」
「……来良はそう思ったんだね」
「おん」
というか他に解釈のしようがない。黄麻は杯を乾すと唇を舐める。盆に置いた手で取り上げた小魚を咥えると天を仰ぐ。月のない昏い空には星が散らばって、美しさに来良も薄水の瞳を眇めた。遠くで犬が吠えている。
いつの間にか入り込んでいた野良猫が黄麻の膝にあがってまるくなる。この子はどうやら眷族ではないのか結界をすり抜けてきたらしい。来良が横から指を差し出す。ふんふん匂いを嗅いでいたが、フイと外方を向かれてしまう。おさわりの許可はいただけないようだ。
「これはあくまで僕の意見なんだけどね、おなじあやかしとしては、来良が思うほどあいつも割り切ってなかったんじゃないかなって気がする」
半身の契約は一生運命を共にする相手を決める行為だ。言わば永い生をかたわらで過ごす伴侶を選び取るようなもので、それを、幾ら並ならぬ恨みがあったとはいえ憎いだけの人間と交わすわけがないと黄麻は目を伏せた。来良は人間なのでそういう感覚が強いのだが、つがいが男同士でもあやかしの世界では別に不自然なことではないらしい。繁殖しないためか性別はあまり重要でなく、特に変化するものは男でも女でも自分の好む姿でいられる。
それとは別にあやかしだろうと個人の好みも普通にある。見てる分には可愛いし傍に置くなら僕はやっぱり女の子がいいんだけどぉ、という軽口はまあさておき。
「ただ眷族にするだけでも充分精気は得られるし、ちょっとだけ寿命が延びたりするんだよね。僕もこうやってネコチャン撫でてるでしょお? でもそれは契約とは違うから僕の寿命まで生きるわけじゃない」
「……うーん、どう違うんだ?」
「来良はあいつの真名を知ってる筈だよ」
それを教えることが契約に当たる。人間でいう氏名がそうらしい。何げなく呟いたが、どれだけ声を大にしようが黄麻には、契約者以外には聞こえないのだという。
「だから余っ程相性がよかったり味が気に入ったりすると契約するって感じなのかなぁ。生涯ひとりってわけでもないんだけど、まあ大抵はひとりかな」
「ふーん……」
「でもさあ、半妖になっちゃったなんて僕くらい長く生きてても初めてなんだけど!」
「そうなのか?」
「そうだよぉ! もともと来良がそういう特殊体質だったのか相性がよかったか」
「……俺が死にかけてたからじゃねえかな」
「あー、なるほどね。それはあるかも?」
通常は半死半生の状態ではなくちゃんと意識も意思もはっきりしている状態で契約を交わすので精気と妖気が雑ざることはない。しかし来良は欠けた部分を、死に瀕して弱っていた身体を、精気を妖気で補った。そうすることができたのは本当に相性がよかったのだろう。食い物にすると言いながら、回復するまでは朱炎のほうが来良に力を分け与えていたのかもしれなかった。
自らの手で殺しかけたくせに。なんでと思わなかったのだろうか、朱炎自身。あやかしの考えることなどわかりたいとも思わないが純粋に謎だ。きまぐれな性質なのだろう。
「あとちょっとでも割合が違ってたら完全にあやかしになってたりしてね」
「ええ……幸良と新良に祓われちまう」
「あはは!」
全然笑いごとではないのだが、黄麻があんまりかるく笑い飛ばすのでいつしか来良も頬をゆるめていた。
つがいだからなのか留守をしていても朱炎の居場所は何となくわかっていた。しかし門をくぐってしまった今は、もう捕捉できない。二度と会うこともないのかもしれない。悲しいとも淋しいとも思わないが、まだ実感がわかないだけだろうか。遠く星空を見つめる来良に黄麻がやわらかく話しかける。
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