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しおりを挟む「契約を結ぶとね、お互いの力を高め合う代償に離れられなくなるんだよ」
人間のほうは精気を奪われる一方かと思っていたが、黄麻曰くそうではないらしい。傷を負っても治りが早かったり来良のように病を克服したり、顕著な変化としては契約時の身体で成長も老化も止まる。来良にも多分に心当たりはあったのだが改めて聞かされると信じがたい。急に「だって綺麗になったもん来良」と言われたのには同意しかねるし渋面にもなる。男なのだからそんな筈はない。
強大な力を得たこともそのひとつだろう。それはまあ、シンプルに感謝しているが他にやり方があったのならそうしてほしかった。閨の相手は相当疲れるし、精神面でズタズタにされる。きもちいくせにと言われるともう死にたくなった。
「来良」
どんな表情をしていたのだろうか。黄麻がにっこりと猫らしい笑顔になって言葉を継ぐ。
「あいつは帰ってくるよ」
「え?」
「心配しなくても絶対また会うことになるから。むしろ覚悟しなよ」
「……どういう意味だ?」
励ましではなく揺るぎない確信に裏打ちされている気がして、来良は黄麻をじっと見た。それはそれはじーっと見つめ続けた。
「ちょ、顔で圧かけないでよぉ」
「俺にも言わせたんだから黄麻も言えよ。何か隠してねぇ?」
「もー美人なのに横暴!」
ぶうぶう文句をしながらも、黄麻は自分も居待月と半身の契約を結んでいると教えてくれる。まるでそんな素振りがなかったので来良はびっくりした。こんなに女の子が好きでたった今もそんな話をしたばかりなのに。しかしふたりとも黄麻の寿命まで生き、恐らく黄麻のほうが朱炎より年上だという。その言葉を信じるならば今度は自分がこのあやかしを見送る側になったかもしれないのだ。来良の想像力はもう限界で、首をかしげる。
狐の尾の数はそのまま強さを表していて、年月を重ねることで増す。朱炎はあれで最高位の九尾だったのだが、それより上となると黄麻はこう見えて相当のご長寿らしい。否だからこそ幼い容姿にこだわっているのかもしれない。居待月の年齢にはさらに驚かされた。改めて不自然というか、不思議な現象なのだと思い知る。
まだ黄麻が人を恨むあやかしだった頃、来良達の父である先代門番につけられた傷がかなりの深手で、追いつめられて、契約して回復しなければ消滅していたらしい。そんなに強かったんだな、と実の息子でも知らない話を聞くことができて嬉しい。まだ来良の生まれるまえだ。それまではどんなに永く生きていようとつがいなど持つつもりは一切なかったので、「運命って不思議だね」と遠い目をして黄麻は言う。
先代の話を聞くと思うがやはり子どもを持つと力は幾らか衰えるものなのかもしれない。しかし何があるかわからない身で、後世のためにも適齢期になれば一日でも早く跡継ぎを作らなければならない事情も理解できる。来良は実際に死にかけたので必要性が痛いほどよくわかった。
18を過ぎたあたりから分家の人達が縁談を世話しようとこの屋敷にもよく訪れていたが、体調を崩してからはまったく姿を見なくなったのは見限られたのだろう。それに弟達はまだ年齢が達していない。あからさまな態度は呆れたものだったがこうなった以上、来良もそちらへ協力しなければならない。
その気配を感じたのはほんの一瞬だった。
「――!」
目のまえに下駄履きの素足、濃紺のひとえを身に着けた白い少年が立っている。
「えっ……」
「うわあああああ!!!」
家の中から凄まじい悲鳴が聞こえてきたが少年に抱きつかれて身動きが取れない。代わりに様子を見にいった黄麻が「はあ?!」とキレ気味に叫ぶ声までして、余計混乱しただけだったが来良もすぐにそれどころではなくなる。少年の輪郭が揺らぎだしたからだ。
結界はまじない程度のごくかるいものとはいえ易々破って入ってきたらしい。見慣れた青年体の朱炎が来良の肩を押して背後に倒すと覆いかぶさるようにくちでくちを塞いできた。
「んっ、ふ、ンむ……ぁめろ、」
喋らせないまま合わせをはだけて忍び込んできた手が胸を撫で、裾を割られて腰を押し付けられる。それどころか脚を持ち上げて挿れてこようとしているのがわかって来良はさすがに朱炎を頭の向こうへ投げ飛ばした。
「ちょっと待てぇい!!」
急いで浴衣を整え、あがって見ると寝ていた筈の新良が冬青にまとわりつかれていて、幸良が激怒し五六八をかまえていた。
「……ってえなァ」
「オイ……どういうことだ」
「奴も婚活してぇんだと。邪魔してやるなや」
「婚……っつかなんでうちの弟なんだよ。やめろ。よそ行け」
「そりゃあいつの好みだわ。俺様がくち出す問題でもねえ」
「ぐっ……」
あやかしのくせにこんな時だけまっとうな言い分を返してくるのが腹立たしい。
というか、本当に来た。
「俺を呼んだだろ」
ここにいる。
「来良」
手を伸べられて、引き寄せられるみたいに近づいていく。壁を背に畳に脚を伸ばす男の膝のあわいに座り込むと来良は恐る恐る白い袷の肩に触れる。感触がある。来良よりはやや低いが体温も、ちゃんと、幻ではない。くすぐったいというように笑って朱炎がすうっと目を細める。来良の腰に手を添え、自分の身体に押しつけるように抱き寄せる。
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