寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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 大丈夫かと心配になるくらいどきどきしている。なんで突然こんな気持ちになるのか、胸が押し潰されそうで息が苦しくて、悲しくもないのに泣きたい気持ちになってそっと奥歯を噛み締める。まるでその早鐘の鼓動を聞きたいみたいに耳を押しあてられて居心地が悪いったらなかった。ほんの今まで何とも思ってなかった筈なのに?

 開けて寄せられた襖の陰になって見えないのをいいことに、今度はちゃんとくちづけに応えた。濡れた唇をやわらかく吸い上げられあわく歯を立てられて、じんと痺れがまわるまで重ねる。与えられて初めて自分がどんなに渇いていたのか来良は知った。
 とっくに情がわいてしまっていたことを改めてこんなかたちで突きつけられるとは。今度はすこし零してしまった涙を、気づかれるまえに指先で払う。弱いところなど弟達に見せられない。

「妹さんはもういいのか」
「…………」

 途端に眼つきが険しくなった。朱炎はチッと舌を打つと「危ねえから置いてきた」と嫌そうに教えてくれる。他に同種族の仲間がいるらしい。或いは回復に時間でもかかっているのかと尚も気遣わしげにする来良に秀麗な美貌をますます縦に顰める。訊かれたくないようなのはわかったが、気になるものは気になるので来良もひかない。

「言っとくがてめえは俺様のつがいだからな」
「お、おう……」

 そんなことはわかっているが、急に何だろうとまごつく来良に朱炎は胡乱な眼を向ける。覗いていた黄麻は白い妖狐の嫉妬深さに慄いていた。まるで通じない来良の鈍さもいっそ驚異的と言える。妹が大事なのもそうだろうが単に会わせたくなかったのだ。来良を奪られたくないから。

「――オイ化け猫。覗いてんじゃねえぞ」
「あはっ、ばれてたぁ?」

 ならば遠慮は要るまいと黄麻はふたりの傍に寄ってくる。来良は居心地の悪さに離れようとしたのだが朱炎がさせてくれなかった。浴衣の肩にすり寄っては頬を押し付け、ゴロゴロ喉を鳴らしそうに懐いている。

「随分遅かったね。もっと早く戻ってくるかと思ってたよ」
「あ? そうか? 充分早ぇだろ」

 寿命を思えば無理もないのだが、人間とあやかしとでは時間の感覚が異なるらしい。来良が半年も家を空けていたことに驚いたのとおなじだ。朱炎も然程間隙を感じてないようで平然としている。
 上級のあやかしになるほど人間界に来るのは難しくなる。ちいさな裂け目では空間を通り抜けることができないのだ。自分が通れるほどの裂け目を見つけるのに手間取ったと言いのけて朱炎が、髪のあわいからさがしだした来良の耳に舌を這わせる。ちゅ、ちゅ、と啄まれてビクンと身体が跳ねる。そのまま首筋までべろっと舐められて思わずあっと声が出た。

「……にいちゃん? って、ああ! お前、離れろコラァッ!!!」

 様子を窺いにきた幸良がブンと五六八を振り回した。朱炎も来良も、ひょいと躱したが幸良は白い妖狐を追撃し、それすらも華麗に避けられて余計苛立つ。激怒する。うがあああと吼える弟に、来良はまあまあと掌を見せて宥めようとした。幸良もわざとではない。ただ勢いがついていただけだった。

「クソッ」
「――あ、」
「来良!」

 スパ、と掌底が切れてぱっくりくちを開けた。

「ああっにいちゃんごめん!!!」
「大丈夫だ、こんくらい舐めときゃ治る」
「ほーん」

 聞いていた朱炎が来良に寄っていき負傷した右手を取る。くちの外に出した舌でべろりと傷を舐められ、来良は敏感に肩を跳ね上げた。流れ出た血液も丁寧に舐めて清めていく。

「痛てぇって朱炎」
「もう治ったわ」

 ごちそうさん、と唇に付いた血まで舐め回して手を放す。見ると本当に傷は消えていた。覗き込んで幸良もびっくりしている。

 新良もすっかり目を覚まして護符ふだまで握っている。このふたりがこんなに警戒するのも無理はない。妖狐は人間に憑かず主を持たない、自分の意思で行動するので悪事を働くものが多いと教え込んだのは他ならぬ来良なのだ。異常に警戒心が強くもなる。
 その上、最愛の兄を二度も攫われる羽目になって。

「私と契約するとああいったこともできるようになるんですよ」
「そうなの?」
「オイオイどさくさに紛れて何いってんだてめえ」

 可愛い可愛い弟に余計なことを吹き込まないでほしい。馴れ馴れしく新良の肩を抱く冬青を睨めつけると、来良は幸良を傍に行かせる。五六八があれば簡単に手は出せないだろう。厭そうに避けていて効果は覿面だ。

 契約を結ぶとなると黄麻みたいによしよし撫でるだけで済むわけではないだろう。来良がそうだったように、深く身体を交わらせて精気を送り妖気に触れる。想像するのすら厭だった。それに幸良と新良にはどうしてもしてもらわなければならないことがあるのだ。来良にはもうできないことでもある。
 なんだか頭が痛くなってきた。とにかく、こいつらを家の外へ追い出さなければと思って、あれと気づく。

「あんたらどこに住むんだ?」
 ここに用はないと言っていた、まえの社は森と共に移動しているだろう。とうの昔に行方知れずだ。

「俺様はもう離れる気はねえぞ」
「……っ」
 
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