48 / 57
諸戀
03
しおりを挟むその新妻の両親の計らいというか、たっての希望で、実家は大規模な改築が行なわれていたらしい。来良も朱炎も時間の感覚がゆるいので旅に出て以来ずっと伝書梟で定期的にやり取りをしているのだが、このたびそれが終わって、一度見に帰ってきてほしいと打診された。なので今は東へと引き返す道を選んでいる。
「ん……」
この地にとどまるのもそう長い時間ではない。朱炎も当然知っている筈だが、いいのだろうか。
集中しなければと思えば思うほど、逆に意識は散漫になっていく。変に頭が冴えて思考を走らせるのをやめられないのだ。いつもならすぐに炙られるように高められて何度も気をやるほどなのに。それを恥じ入るくらい乱れてしまうのに。
来良の茎ときたら、うんともすんとも反応しなかった。
「ッぁび、もう、むりだ」
「……ンン」
夜の入り口にかかるくらいの時刻にもかかわらず、腹が減ったとうるさい子どもがあっという間に妖艶な青年の姿になり、雑に敷いた布団に押し倒してきた。湯を使って旅の汚れは既に落とした身体を丹念に舐めまわされ、下帯を取り去って咥えられて、もうどのくらい経つのか。平生ならとっくに昂っている程度には奉仕してもらったと思う。
申し訳ない気持ちがさらに劣情を遠ざける。悪循環ですっかり来良は自信をなくしていた。朱炎をそっと押しのけると、座り込んで合わせを整える。
「ごめん。たぶん今日はできねえ」
「そうか」
機嫌をとるように軽くくちを吸われるが、それで飢えがおさまるわけがなく。朱炎は勿論のこと、来良も自分の身体に困惑した。こんな失態は初めてなのだ。これまではどんなに気が進まなくても愛撫されれば反応はしたし、体調も悪くない。
あてが外れてさぞ怒っているかと思いきや、朱炎は平穏そのものの様子でぼんやり外へ目を投げている。銀朱の双眸は静かに凪いで何を考えているのかわからない。まあそれはいつものことか。
実のところ来良が勃たなくても交合に支障はないけれど、そういう気分ごと洗ったように無くなっているし朱炎もそこまで食い下がってこない。今夜は解散だ。食事でも頼もうかと思っていると白髪頭がゆらりと立ち上がる。
「来良、ちょっと出てくる」
「あ、ああ……うん」
来良と変わらぬ長身の背は振り向くことなく宣言通り去っていった。どこへ、とは訊けないし告げなかった。鼻の利くあやかしが慣れない街だろうと迷子になるとも思えない。襲われる可能性はもっと無い。来良はひとりぼっちで広くなった布団にぽすんと横たわり、瞳をとじた。
(逢いにいったのかな)
昼間再会したあの妖狐。だからまるで粘らなかったのかもしれない。久し振りに恋人とまた会ったら、もうすこし話したいと思うかもしれない。話していればだんだん昔に戻ったような心地がするかもしれない。初めから身をすり寄せてくる相手だ、あとはもう野暮な会話も必要なく、止まっていた時間が流れるに任せていく、のかも、しれない。
朱炎はここに置いていくべきかもな、ていうかそうしたいかもな。投げやりにそんなことを考えていると、突然びっくりするほど胸と喉が痛くなって涙があふれて落ちた。
「えっ」
うわ、なんだこれ、止まらん。眦からこめかみへ伝い、耳まで濡らして流れていく。体内の水分がすべて涙になる病気じゃないかというほどあふれるので、もう放っておくことにした。拭うのも莫迦らしい量だ。
もしこの状態が続いたら朱炎は眷族を増やすのだろうか。考えてみれば来良が一生食い物にされるというだけで、他に拘束力はない。精気が得られるなら何でもいいのだ。
雛罌粟に至っては同族なので腹の足しにならない。それでも逢っているし、かつては傍らを許していた。彼女のほうがよっぽど特別に見える。手に入らなかった宝物だ。今思えば上の空だったのは来良だけじゃなかったのかもしれない、だから失敗したんじゃないか。それに来良ならいつでも食べられる。
「……ありそう」
誰も否定してくれそうにない。けものなんて目の前にうまそうな物がぶら下がっていればとりあえずくちに入れてしまう生き物なのだ。でないと二度は無い厳しさを知っている。
半妖の自分にもその才能はあるのだろうか。腹減ったな、と呟いてちゃんと身支度をやり直すと来良も宿を出た。主人にうまい飯屋を訊いて、そこへ向かう。
* * *
食糧がこの始末なので朱炎は無駄な妖力の消費をしないよう旅籠に残ることが多く、来良は逆に外へ出て見廻りがてら街歩きをしてと、別行動が目に見えて増えた。
うすうすそんな気はしていたのに敢えて傷を抉りたい心理が働きでもしたのか、ふと思いついて早めに宿へ戻ってみると朱炎がちょうど出掛けるところへ行き当たったので一旦にこやかに見送るふりをして、来良はこそこそ跡をつけた。それが間違いだった。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】
ゆらり
BL
帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。
着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。
凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。
撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。
帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。
独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。
甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。
※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。
★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる