寿命が来るまでお元気で

ゆれ

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諸戀

05

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 別に予定もないので自分でべったり張りついてもかまわなかったのだが、さすがに朝や日中ともなると不審がられる可能性を考慮して式神をつけるだけにとどめておいた。夜になると自ら乗り出して動向を見守る。その他にも掏りや空き巣などをかるく撃退したりして、いくらか治安の改善に協力できたかなと思う。

 一団は活発で、今も次の家を物色しに積極的に歩きまわって情報をかき集めているようだ。この熱心さを違うところで発揮すればいいのにと残念がる半面、どんな理由があってこんなことに手を染めているのだろうと知りたくなる。
 好きで人の物を盗む者はたぶんいない。成長の過程でそれはいけないことだと大半の親に教えられる。育った環境で日常的にそれが行なわれている場合は悪と判じにくいかもしれないが、ごく稀だ。何か事情があって金が必要だったと来良は考える。

(わからねえ……)

 たとえば養う者がいて、ろくな生活をさせてやれないとか。ところが一団の連中はずっと一緒にいて、他に家族がいるふうもない。ばらばらに働きに出るふりをして情報収集し、ひとつところに戻ってきて成果を披露し合う。一名の抜けもない。
 どこかで大盤振る舞いしている様子は見受けられないし、博打もしていない。金はともかく盗品は換金の際に足がつきそうなものなのだが、持ち出さずに所有しているのだろうか。それはそれで危険だと思われるのに。

 病気の治療、借金、いろいろ考えてみるが行動から現時点では判明しそうにないので説得材料には使えないと諦める。妨害するのははっきり言って簡単なのだけれど、一回きりじゃ意味がなかった。足を洗わせなければ、根本的な解決にはならないのだ。
 誰に依頼されたわけでもないお節介だが、一度目にしてしまった悪事を放置して余所へ移るのも寝覚めが悪い。自己満足以外の何物でもない。ああそうだと開き直って、来良は眼を光らせ続けた。

「でもそれはそれとして……」

 真面目にそろそろ路銀が心許なくなってきた。飯屋の机で周囲には見えないように財布の中身を確認するが、溜め息しか出ない。旅籠はそろそろ引き払って野宿に切り換えようと考える。来良も朱炎も慣れているのでそこは問題ない。
 むしろ食べても食べても底のないような食欲のほうが手に負えなかった。

「あー腹減ったなぁ」

 来良も無計画に食事しているわけではない。最初の二回くらいで懲り、これでもギリギリまで腹を空かせてからどうしようもないときだけ食べているのだけれど、無駄に図体がでかい所為かなかなか満足しなかった。
 かつては病で食が細り、そのまえも門番の家系とあって貢ぎ物には事欠かず、依頼料も安くはないため食うに困った記憶はない。朱炎のもとに拉致されていた間など過ぎるほど与えられていた精気でまったく腹が減らなかった。あの頃はよかったなあなどとしみったれて思ってしまい、余計溜め息が深くなる。

 身体が飢えていると思考もうしろ向きになるし、見落としが増える。体力も気力も衰えて集中を欠く。いいことがひとつもない。いっそ眠って紛らわせたいくらいなのだが、来良は眠くないときに寝るのが好きじゃないし時間を無駄にしている感に耐えられないたちだった。結局あれこれと動きまわってしまい、空腹をかかえる羽目になる。

「幸良の飯が食いてえ……」

 香草たっぷりの焼いた鶏肉に味の染みた炊き込みご飯、数日干して旨みの凝縮された魚、これでもかと具の投入された味噌汁。脳裏に浮かべるだけでよだれがわく。挙句の果てに糠床の面倒まで見だしたときはいつ嫁に出しても大丈夫と新良と一緒によく褒めたものだった。今頃は愛する妻のために思う存分腕をふるっていることだろう。

 ひもじさってこんなにきついもんなんだな。これが続いたら俺もちょっとくらい悪い事して何か食べちまうかも。半分あやかしになった御蔭で逃げ足はめちゃくちゃ速くなったし、たぶん食い逃げしても誰にもつかまらない自信がある、が心はきっと死ぬ。だめだだめだしっかりしろ来良……。

「――ら、オイ来良」
「へ……あ?」

 気づけば向かいの席に朱炎が座っていた。幻覚かしらと目をこすると、盛大な呆れ顔をされる。唇の端に煙管を挟んでいた。

「お前、大丈夫か? 顔色ワリィぞ」
「ああ、うん」

 そう言うお前は意外と平気そうなんだな、とは、なけなしの矜持を総動員させた甲斐あって声にしなくて済む。
 今なら相手ができるかもしれない。根拠はないが漠然とそう感じた。朱炎の手から腕、胸元、肩、首と、徐々に視線をあげていき、秀麗な美貌に辿りつく。艶めかしくうすい唇が煙管の所為でしどけなくゆるんでいる。あそこにかぶりつきたい。内に隠した仮初めの熱を、いやになるくらい分けてほしい。

 恐らく気づかれているが最早どうでも良くなってそのまま凝視していると、朱炎が「あー……のよ」と言いにくそうに切り出してくる。いつも無頓着にずけずけ喋る男にしては珍しい。
 
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