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諸戀
06
しおりを挟む「お前、いま何かしてんのか」
ひとりでこそこそ調べ回っていることを指しているのだろう。来良にも何と答えていいかわからない状態なので、曖昧に肯定するにとどめてみる。うんと頷く。
「手は足りてるからお前は遊んでていいぜ」
すると白い妖孤は若干ほっとしたような表情をして、ならば頼みがあると言い出した。
「ちょっと遠出してきていいか。雛罌粟とよ」
「えっ?」
一瞬激しく動揺したが行き先を聞いて了承する。迷わなかったといえば嘘になるけれど、御蔭でひらめいたこともあった。
こうしてはいられないと飯代を机に置いて立ち上がる。
「ちょうど良かった、それなら今から旅籠は引き払うわ」
「は、お前は?」
「適当に野宿する。……ところでさ、一時的にでも、俺のこと下級のあやかしでも見えるようにとかってなんねえ?」
「……はあ? 何言ってんだできるわけねぇだろ、お前は俺様の、」
「そうか、ならいい」
慌ただしく外へ出ようとして、物言いたげにまだ座っている相棒のところにそうだそうだと戻って「気を付けて」とだけ餞を送る。まあ朱炎なら何も心配はいらない。却って安心なくらいだ。でも一応の備えはしておこう。ニコッとわらいかけてから、来良は旅籠へと急いで向かう。
一旦自分の中に目的ができるとそれが一番になり、頭もいっぱいになってしまうのは来良の悪い癖だった。命に明確な期限が付いていた頃の名残だろうか。とにかくすぐやりたい。後回しにできない。直前まで朱炎を求めていた気持ちすら、その衝動には勝てないのだ。
つむじ風の如く消えた大切なつがいを淋しげに見送るあやかしになど、当然気づく日は来ない。
* * *
「さて……」
とっぷりと日が暮れるのを寝ているような寝てないような状態で待ってから、塒の周囲に結界を張った。出入り口のすぐ脇に水を溜めてある大きな甕があり、先程から何度か中身を持っていくのを確認したので一団は間違いなくここにいる。仕事前の準備中か、決行が別の日かは知らないが、こちらの都合で今夜と決めた。
コツコツと木戸を叩く。話し声がやんだが誰も応じない。もう一度繰り返すと、ややあって「どちらさん?」と女の声がした。
「あんたらのしたこと知ってるぞ」
「――!!」
泡を食って相手が扉を開ける。来良は水瓶の陰にしゃがんではいたけれど、特に術の類いは使ってない。普通に覗き込めば見つかる。
だが頭領の女は青褪めた顔できょろきょろと辺りを見回し、通りを窺い、家のぐるりを確認までしたのに、来良を見つけることができずすっかり狼狽えた。追い討ちをかけるようで申し訳ないが、こんな子どもの悪戯をしにわざわざ来たわけじゃないので、女が木戸のまえへ戻ってきたところで「そこを動くな。話がしたい」と命じる。
法力を使わずとも逆らうつもりはなさそうに見えた。おなじ顔である時点で予想はついたが、答え合わせのために尋ねる。
「雛罌粟とは何か関係あるのか?」
「……あたしは双子の妹よ。名前は瓢」
二尾の妖狐だと自分から申告するのは諦観ゆえだろうか。それとも姿が見えない“何か”には逆らわないのが吉という本能的な判断か。或いはすぐ姉の名を出したためこちらの正体に見当がついたのかもしれない。表情はかたく、花のひらくような優美な笑みを湛えていた雛罌粟とは真逆だった。そっくりな造作が今は別人めいて映る。
来良の姿が見えないのは妖力が著しくすり減った弊害で一時的なものだろう。彼女もギリギリまで節食しているのかもしれない。唐突に謎の親近感がわいた。
家の中も招かれざる客に動揺していたが頭領が応対しているのを見て、またもとの擬似的な団欒を取り戻した模様。何だったんだ今の、もしかして男でも逢いにきたんじゃねえか。とでも思っていてほしい。来良はゆっくりと立ち上がって瓢を見据える。
「盗みを働いてたよな。ずいぶん手際が良かったけど、どのくらいやってるんだ?」
「そんなの、もう数えるのも煩わしい」
鼻で笑い飛ばす彼女の青白い顔は辛苦と疲労がこびりついていた。美しいのに飾る余裕もなく、ひたすら地味でくたびれた服装と痩せた肩。袖口から見える手首は骨が浮き出している。変化してもこの外見だ。もとの狐になったらと思うと、輪をかけて胸が痛む。
あやかしに生まれ変わったというのに人を騙すこともできない雛罌粟に代わって生活を支えていた。それどころか近づいてくる男に逆に騙され、売り飛ばされそうになって、やくざ者から逃亡する目にも遭った。人間社会の仕組みに詳しくないのを利用されて借金を負わされもした。命をとると脅されれば何だってやらなければならない。御蔭で盗みの手口はすっかり熟練して、今ではお尋ね者になるまえに河岸を変えることすら可能だ。
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