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諸戀
07
しおりを挟む腹を括り饒舌に話す瓢は、けれど何も楽しくなどなさそうだった。あたりまえだろう、好きで手を染めたんじゃない。山で暮らせば生活費はかからないかもしれないが、とりわけ雛罌粟は人間が好きで、彼らの暮らしに強い興味を持っていた。生前もその好奇心が災いして命を落としたほどだという。
街で暮らせば金はかかる。初めは皆優しいし、よくしてくれるし、楽しいところだと瓢も思った。しかし雛罌粟のお人好しを知り、世間知らずさを覚ると、悪い人間ばかりを引き寄せるようになった。
「どうせ男を奪られたとかそんなくだらない理由よ。いいカモがいるって嫉妬した女に吹き込まれたバカばっかり。そんな奴らにすらいい顔しちゃってさ、雛罌粟もバカなのよ。何回見捨てて逃げようと思ったか。……いっそ、いなくなってくれればいいのに」
「本当にそうなるかもしれねえよ」
「!」
ずっとあさっての方向を見て中空に話しかけていた瓢と、奇跡的に目が合う。驚いた顔に嘘のにおいはしなかった。今のひとことが、本音ではあれ言い過ぎだとは自覚があるのだろう。
「姉さんが今どこにいるかわかるか?」
「そんなの……それは、……そういえばここ数日見かけてない、かも」
急に不安になったようで家の中に雛罌粟のゆくえを知る者はいないか問いかける。盗みを働いてまで必死に養ってきた家族だ、その気になればいつでも別れられたのにしなかった、できなかったのはどうしてか。
一緒にいたかったからに決まっている。大切だからに決まっている。
「俺は行き先を知ってる。連れていってもやれるけど、あんたどうする?」
「――……」
中から一味の男達が出てきて何事かと訊いてくる。頭領以外はやはり皆人間だった。瓢のこの有り様では妖狐の魅了で惑わされたとは思えない。彼女自身に惹かれて、ひょっとするとその境遇を知り助けてやりたいと望んでついてきた者達なのだろう。だからなのか瓢は黙り込んでいる。
代わりに来良が事情をゆるく説明した。念のためあやかしがどうこうは伏せて、雛罌粟が遠くへ行こうとしていると話すや否や、彼らは「追いかけてください!」と瓢に詰め寄る。
「このまま生き別れなんて絶対後悔しますよ」
「ちゃんと言いてえことは言わねえと、聞いてくれる相手がいつまでもいるとはかぎらねえんです」
「雛罌粟さんだってきっと待ってます」
「……どうかしら。なんか、昔の男と会ったって浮かれてたじゃない。また騙されて、今度こそ売り飛ばされるってだけでしょ。この人だってどこまで信じていいものか」
朱炎のことを持ち出されて来良の頬が引き攣る。瓢には見えずとも力のない人間達には、半分同族の顔は見えているだろう。へたに反応するなと自分に強く言い聞かせる。ここでカッとなってどうする。すくなくとも彼が雛罌粟を売ろうとしているのだけは、言いがかりなのだから冷静にならなければ。
この発言に説得力があるのも大概まずかった。味方の筈だった男達が「そう言われればそうかも」という空気になりかけている。あの美しい彼女の素行がどんなものだったか思いやられた。来良でも身内にいたら誰かに愚痴くらい零すかもしれない。
「とにかく、このまますっきりさよなら出来るってんじゃなけりゃ、俺についてきてみなよ。無駄足でもこの際いいじゃねえか。あんたの時間は長いんだからさ」
「……」
どういう意味だろうと眉を寄せる一団に人間ひとり包める大きさの丈夫な布はないかと尋ねる。ややあってこれはどうかと用意されたのは麻で編まれた厚手の生地だ。盗品の梱包に使用していた物らしい。強度は問題ないけれど、若干足りない。しかし策はある。
「あんま悩んでる時間ねえけど、決まったか?」
「――わかった。みんなに話をさせて」
ということは行くつもりだ。
瓢が男達全員をしもた屋の中に入れて、何やら口上を述べている間に来良は特殊なかたちをした笛を胸元から取り出す。いつも首に掛けているものだ。咥えて吹くと、他の動物の耳には聴こえない音が鳴り響く。
待ち時間は短くはなかった。心に懐いてきた気持ちをすべて告げるにはいくらあっても足りないかもしれないが、それでも思いきらなければならない。ようやく出てきた瓢はすこし目元をあかくしていた。本来は情の深い、姉と似た面を持つ女性なのだろう。
「えっ……何?」
見あげた空や家の屋根に群がる異様な数の梟に怯える彼女を先程の布に座らせるが、やはり心許ない。来良はあやかしでもあるので駆けていく。瓢の足に合わせていると時間がかかるため、彼女は呼び寄せた仲間に運んでもらうつもりなのだ。共に飛ぶには上空からだと今ひとつ案内も不安だった。瓢が来良に触れてしまう危険性もある。
梟は夜行性なので夜明けを過ぎたら昼の鳥達と交代する。説明を受けて瓢は目を白黒させているけれど、この先が最も肝要だ。
「で、これを食べてくれ」
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