52 / 57
諸戀
07
しおりを挟む腹を括り饒舌に話す瓢は、けれど何も楽しくなどなさそうだった。あたりまえだろう、好きで手を染めたんじゃない。山で暮らせば生活費はかからないかもしれないが、とりわけ雛罌粟は人間が好きで、彼らの暮らしに強い興味を持っていた。生前もその好奇心が災いして命を落としたほどだという。
街で暮らせば金はかかる。初めは皆優しいし、よくしてくれるし、楽しいところだと瓢も思った。しかし雛罌粟のお人好しを知り、世間知らずさを覚ると、悪い人間ばかりを引き寄せるようになった。
「どうせ男を奪られたとかそんなくだらない理由よ。いいカモがいるって嫉妬した女に吹き込まれたバカばっかり。そんな奴らにすらいい顔しちゃってさ、雛罌粟もバカなのよ。何回見捨てて逃げようと思ったか。……いっそ、いなくなってくれればいいのに」
「本当にそうなるかもしれねえよ」
「!」
ずっとあさっての方向を見て中空に話しかけていた瓢と、奇跡的に目が合う。驚いた顔に嘘のにおいはしなかった。今のひとことが、本音ではあれ言い過ぎだとは自覚があるのだろう。
「姉さんが今どこにいるかわかるか?」
「そんなの……それは、……そういえばここ数日見かけてない、かも」
急に不安になったようで家の中に雛罌粟のゆくえを知る者はいないか問いかける。盗みを働いてまで必死に養ってきた家族だ、その気になればいつでも別れられたのにしなかった、できなかったのはどうしてか。
一緒にいたかったからに決まっている。大切だからに決まっている。
「俺は行き先を知ってる。連れていってもやれるけど、あんたどうする?」
「――……」
中から一味の男達が出てきて何事かと訊いてくる。頭領以外はやはり皆人間だった。瓢のこの有り様では妖狐の魅了で惑わされたとは思えない。彼女自身に惹かれて、ひょっとするとその境遇を知り助けてやりたいと望んでついてきた者達なのだろう。だからなのか瓢は黙り込んでいる。
代わりに来良が事情をゆるく説明した。念のためあやかしがどうこうは伏せて、雛罌粟が遠くへ行こうとしていると話すや否や、彼らは「追いかけてください!」と瓢に詰め寄る。
「このまま生き別れなんて絶対後悔しますよ」
「ちゃんと言いてえことは言わねえと、聞いてくれる相手がいつまでもいるとはかぎらねえんです」
「雛罌粟さんだってきっと待ってます」
「……どうかしら。なんか、昔の男と会ったって浮かれてたじゃない。また騙されて、今度こそ売り飛ばされるってだけでしょ。この人だってどこまで信じていいものか」
朱炎のことを持ち出されて来良の頬が引き攣る。瓢には見えずとも力のない人間達には、半分同族の顔は見えているだろう。へたに反応するなと自分に強く言い聞かせる。ここでカッとなってどうする。すくなくとも彼が雛罌粟を売ろうとしているのだけは、言いがかりなのだから冷静にならなければ。
この発言に説得力があるのも大概まずかった。味方の筈だった男達が「そう言われればそうかも」という空気になりかけている。あの美しい彼女の素行がどんなものだったか思いやられた。来良でも身内にいたら誰かに愚痴くらい零すかもしれない。
「とにかく、このまますっきりさよなら出来るってんじゃなけりゃ、俺についてきてみなよ。無駄足でもこの際いいじゃねえか。あんたの時間は長いんだからさ」
「……」
どういう意味だろうと眉を寄せる一団に人間ひとり包める大きさの丈夫な布はないかと尋ねる。ややあってこれはどうかと用意されたのは麻で編まれた厚手の生地だ。盗品の梱包に使用していた物らしい。強度は問題ないけれど、若干足りない。しかし策はある。
「あんま悩んでる時間ねえけど、決まったか?」
「――わかった。みんなに話をさせて」
ということは行くつもりだ。
瓢が男達全員をしもた屋の中に入れて、何やら口上を述べている間に来良は特殊なかたちをした笛を胸元から取り出す。いつも首に掛けているものだ。咥えて吹くと、他の動物の耳には聴こえない音が鳴り響く。
待ち時間は短くはなかった。心に懐いてきた気持ちをすべて告げるにはいくらあっても足りないかもしれないが、それでも思いきらなければならない。ようやく出てきた瓢はすこし目元をあかくしていた。本来は情の深い、姉と似た面を持つ女性なのだろう。
「えっ……何?」
見あげた空や家の屋根に群がる異様な数の梟に怯える彼女を先程の布に座らせるが、やはり心許ない。来良はあやかしでもあるので駆けていく。瓢の足に合わせていると時間がかかるため、彼女は呼び寄せた仲間に運んでもらうつもりなのだ。共に飛ぶには上空からだと今ひとつ案内も不安だった。瓢が来良に触れてしまう危険性もある。
梟は夜行性なので夜明けを過ぎたら昼の鳥達と交代する。説明を受けて瓢は目を白黒させているけれど、この先が最も肝要だ。
「で、これを食べてくれ」
0
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
冷酷無慈悲なラスボス王子はモブの従者を逃がさない
北川晶
BL
冷徹王子に殺されるモブ従者の子供時代に転生したので、死亡回避に奔走するけど、なんでか婚約者になって執着溺愛王子から逃げられない話。
ノワールは四歳のときに乙女ゲーム『花びらを恋の数だけ抱きしめて』の世界に転生したと気づいた。自分の役どころは冷酷無慈悲なラスボス王子ネロディアスの従者。従者になってしまうと十八歳でラスボス王子に殺される運命だ。
四歳である今はまだ従者ではない。
死亡回避のためネロディアスにみつからぬようにしていたが、なぜかうまくいかないし、その上婚約することにもなってしまった??
十八歳で死にたくないので、婚約も従者もごめんです。だけど家の事情で断れない。
こうなったら婚約も従者契約も撤回するよう王子を説得しよう!
そう思ったノワールはなんとか策を練るのだが、ネロディアスは撤回どころかもっと執着してきてーー!?
クールで理論派、ラスボスからなんとか逃げたいモブ従者のノワールと、そんな従者を絶対逃がさない冷酷無慈悲?なラスボス王子ネロディアスの恋愛頭脳戦。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる