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諸戀
08
しおりを挟むよもや持ち物まで全部が認識できないのではとひやひやしたが、来良の身体やまとうもの以外は見えるようだ。門番の携行食で作った通常より腹持ちのいい握り飯を竹皮で包んで水瓶のふたの上に置いておいた。
「どうして?」
「変化してもらうから。猫でも狐でも何でもいい、あんたより軽くてちいさい生き物にさ」
あらかじめ式を飛ばしておいたのが功を奏し、夜通し駆けて翌朝には辿りついた目的地でふたりを迎えたのは雛罌粟と朱炎と、もうひとり――西の門番という顔ぶれだった。
来良より上背は劣るが年齢は上で、門番になった時期はおなじ。年に一度の会合でも顔をあわせるので人懐こい性格は識っている。法雨の名に相応しく法力に優れた男だ。来良が五六八を佩いていたように、彼は身の丈以上もある長い錫杖を携えている。
「おー、来良! 久し振りやね」
「法雨、相変わらず元気そうだな」
「ボチボチってとこや」
ニコニコと人好きのする笑顔は老若男女惹きつけてやまないけれど、門番としての法雨は容赦がない。なので朱炎に行き先を聞いたあと保険に一三七を飛ばしておいた。朱炎も大概好戦的なため、勝手に戦り合ったり雛罌粟を祓われたりしてはさすがに困る。
体力の最も充実するときに時間の止まった来良は空腹以外は余裕だったのだが、瓢は思った以上に弱っていた。道中何度か精気の満ちる場所へ寄り道したため、予想よりは遅い到着になってしまい先触れは本当に役に立ったのだった。
「ありがとな」
しっかり褒めて労ってやってから一三七を懐に仕舞う。因みに法雨の式神は鹿の姿をしており、何回か見せてもらったがほの白く光ってとても優美だ。代々受け継いでいるもの以外は創り出す術師の感性に左右されるため、外見や性能に個性が出ていて面白い。
朱炎は意外そうな、でも何かこらえているような複雑な色を端整な顔立ちににじませている。今はちくと一瞥投げるだけにとどめておいて、来良は彼の隣に立つ嫋やかな美女に視線を注いだ。
「なんか君、ちょっと感じ変わっとらん? 色気づいたんかな……誰かいいひと見つけたんやないの」
「ええ……いやぁ、どうかな……」
蚊帳の外から法雨が能天気なことを言い出すので仰け反りそうになった。へたに匂わせるような態度を取ると各方面にばれて追及される恐れがある。門番の身であやかしと通じたのが未だに罪なのかそうでないのか判じることができずに、結局まだ家の中とごく内輪にとどめているのだ。前例はきっとあった筈だと思うけれど、体感でも後世に伝わってない事実を鑑みると悲しいが諸々察する。
どのみち長い目で見ると、この先は容姿が衰えないところから来良に起きた変化はいずれ明るみに出る。そのまえに一線から身を引く。今回の旅路はその予行演習のようなものだったのだが、余計なお節介をしたためにこのざまなのだから、今後は気を付けなければと思う。
まあこれは世間話の範疇か。適当に調子を合わせて「俺もお年頃なんすよ~」などと応えておく。恋をしたのはたぶん事実なのだ。来良はそう思っているし、そうであれと願っている。
「この美男美女もあっちに駆け落ちするらしいし、羨ましい話やねぇ」
「オイ、」
「――」
やはりという気持ちと、それでも傷ついてしまった痛みに秘かに息を呑む。うまく表情を取り繕えているだろうか。朱炎の眼を痛いほど感じているし自信がない。事情になど通じている筈もない法雨は無邪気にわらうと、そこでやっと来良の背後に意識をやった。
「で、そちらのあやかしちゃんは?」
「……うん」
できるなら背中を押して励ましてやりたいところだけれど、来良にそれは不可能だ。ちいさく「悔いが残らねえようにな」と囁いて促す。清浄な山の空気はあやかしにも心地よい。だいぶ気力を回復した瓢は痩せた細面を凛々しく持ち上げ、まっすぐに姉を見据えると唇をわななかせた。
「なに勝手な事してんの? あたしに黙ってどういうつもり?」
「うん、ごめんね」
「謝ってほしいって言ってるように聞こえたの?」
「そうだよね、ごめん……」
ずっと迷惑をかけ続けてきたこと、わかっていながらもどうにもできなかったこと。騙されぬよう気を付けているつもりで、そのときは本当に瓢の役に立てると思って男達の話に耳を傾け、今度こそはと信じていうことを聞くのに、悉く裏目に出て苦しかったこと。無力な自分が腹立たしくてもどかしくて、この上は、もう妹の手を煩わせないよう離れるしかないと決意をしたのだ。
雛罌粟の振り絞るような声で語られた胸中は、瓢には思いも寄らず、まるでおくびにも出されていなかったもののようだった。うすく開けたままのくちを閉じることも忘れて呆然としている。苦しい生活のことなど何も知らず何も考えず、ただただ他人事にしてわらって楽しく男と遊んでいるだけの姉ではなかった。その行動が却って災いを招いたのはたしかだが、そう責められることばかりでもないように来良も思う。
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