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諸戀
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しおりを挟む「朱炎」
「……雛罌粟には精気のある場所を案内してもらってただけだ。その礼がわりに力の使い方を教えてやった。俺様はそこまで飢えてもなかったわ」
「そうか」
予想していたよりだいぶ早く戻ったのはそういうわけだった。事前に言わなかったのは来良の所為と思わせないようにしたかった、のだろうか。毎日食事をするのは人間もあやかしもおなじだとしょっちゅうねだられていたあれは、じゃあ、朱炎が特別大食いというわけでもなく。
何でも己の都合の好いように考えるのはよくない。あとで現実との落差に苦しむ。我に返り地蔵のような無心に努める来良を、甘い囁きが駄目にする。
やっぱりあやかしはとんでもない悪だと思う。
「お前だけだ。来良、俺を信じろ」
「う、……ぁ」
首から耳の付け根に向けて吸いつかれ、終に唇まで到った。初めから割り入られ体液を啜られる欲望のくちづけに正しく身体の芯が炙られる。深くまで舌を捩じ込まれて朦朧とした。性急な手は来良の脚を開かせてふたたび分身をもてあそび、その奥の窄まりにまで侵攻してくる。
くちの気持ちよさにうっとり惚けているとそっと体重をかけられ、まえに倒されて朱炎の整ったかんばせが離れた。それを淋しく感じる暇もなく腹の底に熱い杭を打ち込まれて、来良はああっと細い悲鳴を洩らし胴震いしてなかで極めた。
「は、んっ、アッ……や、」
「来良」
「あ、びぃ、……それ、深い、って」
平生はつめたい顔をした青年があわい頬を上気させ、滲みだすような笑みを湛えて背にはりついてくる。律動は控えめなくらいなのに久々の交合だからなのかいつもより熱くて、内側がつがいのかたちを思い出すようにぴたりと添い、貪欲にしゃぶるのが居た堪れなかった。浅ましいと思われたくないのに、止められないどころかもっと求めている。
赤い薄布を引き剥がし、朱炎がはだかの背に唇を寄せてくる。甘噛みされるとぴくんと身体が跳ねてなかの位置が変わった。喘ぎ声がふたつあがり、どちらからともなくちいさく笑う。ずるりと引き抜かれ、またおなじ深さまで貫かれると、そんな余裕は互いに掻き消えた。
「うごいてくれ」
「ん」
「俺、ちゃんと、欲しいから」
朱炎が奪っているのでなく、来良も求めている。もう認める。腰をつかむ手に手をそえるとぐっと息を呑むのが聞こえて、唇をしなわせた。ああ、これは、幸せな勘違いじゃないのかもしれない。
この麗しいあやかしにも、伝染したのかもしれない。厄介な熱情が。
「お前は他の誰とも違う」
「……あ、」
「お前は、俺様のもんだ、っ」
「ン、はぁっ」
「来良、なあ、信じろ」
好きも恋も愛もわからないけものが、彼なりに拙い言葉で真心を伝えようとしてくる姿は、最短距離で来良の胸に届いた。うん、信じるよと涙を浮かべて頷く。抱きしめたいのにこの体勢では叶わない。意図をまるで見透かしたみたいに、朱炎が脚を持ち上げて来良をひっくり返し、最奥までもぐり込むと大きく腰を震わせた。
愛しいつがいをぎゅうっと胸に抱き、一滴も取りこぼさぬよう密着して精を受け止める。泡立つ肌は朱炎の掌に労られても、びりびりと過敏になったまま。さらに渇くどころか干上がるような心地に来良は目を眇めた。
水色になった空をぐるぐる回っているのは恐らく弟達の使いだ。役目を果たすことが出来ずに困っている。朱炎の肩越し、はるか上空に見つけてしまったが、まだ受け取れそうにない。来良のほうから腰を揺らめかせて誘うくらいだ。そして求めに応えない朴念仁ではない。よくできた造作も台無しの好色な笑みを浮かべると、抜かずに二回戦に突入した。
朱炎が頻繁にしたがったのは、ひょっとしてこちらの欲求を感じ取っていたからなのではないか。色に狂っているのは来良のほうだったのでは。自覚が追いつくと急にみっともなく恥ずかしくなって、反射的に嫌がる素振りをしたのが却ってつがいを煽り、激しく交歓することになってしまったのは災難としか言いようがなかった。変なところで相性が良いのも考えものだ。
けものの言葉で、朱炎だけのやり方で求められたいから、好きがどんな感情かなんていちいち教えないままでいよう。そのかわり来良も目一杯、真摯に彼に応える。報われてないなんて二度と思わない。君だけの愛をこんなにもたくさん注いでくれているのがわかった今は。
新婚の俺らより正直よっぽどあっちのふたりのほうが子ども生まれてそう。なかなか返信の来ないのに遠い目をする幸良を、口達者な新良でもさすがに何と励ましていいかわからなかった。
本来なら母屋には長男が住まうのだが、半人半妖の身でもあり後継ぎを授かれば弟に当主を譲るので、独立して生活できる離れを来良達のために用意したけれど。主が住み着くのはいつの話になるのやら。
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