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諸戀
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しおりを挟む来良の不能の所為で腹を空かせていたのはお互い様。この際ゆっくりして、たっぷりと妖力を満たしてくればいいと思っていた。時が薬になってくれるから。
されど沈黙は続く。聞いていないわけではなさそうだけれど、返事をしてくれない。唸ってないのが不思議なほど警戒心をむき出しにしているので、あやかし違いかしらとまで思いかけた。そっくりさんは意外といるとつい先日体験したばかりだ。
「あの、朱炎……だよな?」
大ぶりな三角の耳をひくひくと動かし、白銀の大狐が寄ってくる。低めに結んだ来良の腰紐に鼻面をすり寄せると、とんと軽く突いてきた。そこから胸元や脇腹、肩に首筋、喉元、背中をおりて腰まわり、あらゆる箇所の匂いをたしかめるので気恥ずかしくなった。
「ちょ、オイ、やめろって」
『うるせえ』
頭の中に念で直接語りかけてくる低音はいつもよりさらに地を這うようで、ご機嫌ななめの様子。元から朗らかな男でもないけれど、今はせっかくかわいいけものの姿をしているのに、勿体ないなあと的外れなことを思った。
「妹さんには逢えたか?」
『……おん』
「そうか、よかったな。もっと遅くても大丈夫だったのに」
いらえの代わりにゆらりと頭を擡げ、視線をかち合わせてくる。鼻にしわが寄っている。人形の朱炎が怒っていてもさわらぬ神に何とやらだと放置するだけだが、この姿に来良はとても弱かった。顎の下を撫でさすり、ことさらやわらかい声を出して機嫌を取ってしまうのだ。
耳のうしろを優しく掻いてやると長い鼻先が合わせをくぐって懐に入ってきた。ふんふん嗅いで肌の上に結んでいる水の玉を舐めとる。初めはちろちろ控えめだったのが、徐々に大胆になり、わざと乳首を掠めるように舌を動かす。来良の肩がうすく跳ねたのをみとめれば、さらに遠慮なくねぶって、ツンと立ち上がるのをきつく吸われて快感が走った。
「んんっ……オイ、」
『てめえが何考えてんのか全然わかんねえ』
舌による丹念な愛撫は胸だけでは飽き足らず、鎖骨のくぼみや喉元、耳の中まで行き渡る。何もわからないのもお互い様だ。こんなところでいかがわしい行為に耽るなんて御免だった。やめてほしいと何度頼んでも、今日の朱炎は聞いてくれない。
「アッ待て! そこは、……~~ッ」
下帯をつけていなかったのが災いし、股間に顔を埋められて思わず鋭い声が出た。濡れた舌を巻きつけるようにして扱かれ、敏感なくびれを責められて、長いこと放っておかれた反動で来良は早くもガチガチに硬くなる。
あんなにへこんで使い物にならなくなっていたのが嘘のような元気ぶりに白い妖孤が目を細める。牙があたらないかひやひやするこっちの身にもなれと来良は睨むが、強烈な快楽に濡れた瞳ではねだっているみたいにしかならなかった。大きなくちに根元まで咥えられると、思いきり吸われてつがいの咥内に放埓する羽目に陥った。
「ゃ、……ッは、ああ……っ」
すっかり立たなくなった腰の所為で平衡感覚を失い、けものに急所を預けたまま、彼にもたれながら頽れる。さすがに悪いと思ってか、朱炎もゆっくり伏せの姿勢を取ると、ずるりと舌を動かして残滓まで来良を味わってからくちを離した。
毛皮に覆われたしなやかな身体に顔を埋める。ふかふかの尾に手をのべても、いつもみたいに純粋な気持ちでかわいいなんて喜べなかった。火を点けられた官能が内側で暴れている。はあと吐いた息が熱く熟れていて、水けを失った皮膚の上を赤い襦袢がすべっていくだけで落ち着かなかった。
「こんなことすんな」
まただんまりだ。ぺし、と背中を叩いて「聞いてんだろ、朱炎」と重ねる。
『薄情者』
「俺が?」
目の前で女と消えた野郎に言われたくない。が、何をしていたかは既に明かされているので筋違いの反論になってしまう。
でも来良が何も感じてなかったとは思ってほしくなかった。たまには素直に告げてもいいか。身体は仲直りしたがっている。あれしきでは足りないとみだらな胎が訴えている。
「淋しかったよ」
『……嘘つけ』
「やっぱりお前は美女のほうがお似合いだと思ったし」
雛罌粟は見てくれだけでなく中身も美しかった。ああいう可愛い女性に出てこられては、自分が如何に捻くれて魅力に欠けるか痛感してしまって、思いの外こたえた。別に来良は男で、可愛くある必要など取りたててないし、そもそも朱炎とも惚れたはれたがあって共に生きることになったわけじゃないけれど。
「半分あやかしになったんなら、俺も化けられたらよかったのにな」
空がすこしずつ朝へと近づいている。そろそろ出立しよう。ぽんと妖狐の背に合図をしてから身体を起こし、座ったままものぐさをして装束に手を伸ばそうとすると背後から人間の腕にからめとられた。
ぎゅっと抱きすくめられ、身じろぎもできない。しっかりとまわされた腕に必死さを感じて、宥めるように掌でさすってやる。
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