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57.魔性 2

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 言葉は冷ややかな響きで終わった。

「館に伝わる幽霊話など、おおかた臆病な使用人がおびえただけだとふんだのでしょうが。……この世に存在するものは、目に見えるものだけではありません」

 視界が水のようにゆらめき、庭師はわずかにめまいを感じた。現実感がうすれている。暗闇の中、違う世界に迷い込んでしまったようだ。

「お、お前、何者だ!?」

 得体の知れない恐怖から前の師教を怒鳴りつける。
 師教が笑みをのぞかせた。

「あなたはわかっているんでしょう? 例のうわさがうわさではないと。『ベッセラ家では、第一子は死産で生まれることが多い』──昔からある言い伝えです。夫人が初めての子を身ごもると館に幽霊が現れる。昔、当主が手をつけた若く美しい侍女を、夫人がねたんで毒殺した。恨みを抱いて死んだ侍女が子孫を絶やそうと現れるとか。……記録に残る限りでは解決されていなかったので、手に負える事例ではなかったのでしょう」

 またさらさらと音がした。硬直している庭師の前に白い女が現れた。どこか見覚えのある姿。なぜか指先で壁をなで、自分の方へと近づいて来る。

──女は毒で目がつぶれ、壁を伝って逃げようとした。

 テーブルといすがかたかたと耳ざわりな音を鳴らし続ける。

「ほんの少しだけですが、私には女神の加護があります」

 無感情な声が続いた。

「黒い力を持つものを使役することができるんです。人に仇なす力を抑え、服従させて用立てる。今後、ベッセラ邸でうわさにおびえることはないでしょう」

 声が笑いの響きを含んだ。

「大丈夫ですよ。少しの間、ここで眠ってもらうだけです。夜明け前には村長達が見回りに来ることになっています。どうかそれまで大人しく私とここにいてください」

 近づいて来る女の姿は奥にいる師教とは違い、どこか輪郭がぼやけている。城壁の間に危なっかしく立っていたのはこの女だ──そんな小さな確信が思考の表層に浮かび上がった。

「やめ……やめろ」

 庭師は喉を引きつらせた。うつろな声で抵抗するが、幽霊は歩みを止めなかった。やせほそった腕を上げ、庭師の首に手をのばす。恐怖に悲鳴をしぼり出すが、喉の奥が凍りついていて全く口から出て来ない。
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