77 / 87
77.終幕 3
しおりを挟む
「なんっ……な、南方伯⁉ どうしてそんな大事なことを今まで黙ってたんですか‼」
「ですから昔の話です。神に仕える道を選んだ時点で縁は切れています」
「そ……そういう問題じゃないでしょう‼ だって、あなたはつまり──」
酸欠のようにぱくぱくと口を開け閉めしてしまう。
つまり、彼はまぎれもなく大貴族のご令息なのだ。まかり間違えばご領主様より格上の天上人である。道理でベッセラ邸でもまったく怖じ気づくことがないはずだ。あれだけ貴族を信用するなと言っていた当人が貴族の出とは。
言葉も出ない自分の妻に、グラタスは再びため息をついた。
「その反応を恐れたからです。神官だった頃はもとより、今の私は一介の師教です。あなたと結ばれることに際して余計な誤解を受けたくなかった」
思わずミラが後ずさると、彼はミラの手を引き寄せた。切れ長の目に見すえられ、ミラは一瞬息を止めた。真剣すぎるまなざしが怖い。
「いいですか? 何度でも言いますが、私はすでに一介の師教です。そしてあなたは私の妻です。それだけは変えられない事実です」
ミラのおびえに気がついたのか、グラタスは表情をやわらげた。
「でもまあ、あなたが私のためにわざわざ都へ呼ばれたことは、兄の身分もあったんでしょう。ヘリコニア家につながる者を簡単に死なせるわけにはいかなかった。ですから、私は自分などよりあなたのことが心配でした。あなたの術でどうにか事態を切り抜けたのはいいですが、口封じにでも及ばれてはと。……神殿で封じていたものが都を恐怖におとしいれるなど、あってはならないことですから」
彼の口から明かされた、思ってもいなかった自身の危機にミラはぽかんと口を開けた。あの時はただ思った通りにやるべき仕事をしたのだが、自分の知らない次元ではそんな思惑がうごめいていたのだ。
グラタスはにっこり微笑んだ。ミラの左手を両手で包み、薬指にはめられた指輪にふれる。
「ですが、あの事故の処理をした方々は大変に慈悲深く──あえて言うならお人好しばかりで、本当に助かりました。あわててあなたの行方を調べ、無事に帰ったと知った時には心から神に感謝しました。その後は下された自身の処分をふまえて身の回りの整理をし、できる限りの速さで村に赴任する手筈を整えたんです。……まあ、本当はあなたが帰らずにいてくれれば楽だったんですが」
最後にちくりと嫌味を言って、銀の指輪にキスをする。
「さて、午後の学校の時間です。取りよせた図鑑を見るために、早めに子供達が来るんです。そろそろ準備を始めないと」
まるで何事もなかったように彼はいすから立ち上がった。いつものようにミラの腰へと優しく腕を回して来る。
ミラは言葉を返せないまま、唇に彼のキスを受けた。いつまでたっても終わらない、その熱烈さに閉口する。少しの間離れるだけのあいさつにしては長すぎる。
ゆたかになった農村で、五人の子供にも恵まれ、二人はいつまでも幸せに暮らした。
「ですから昔の話です。神に仕える道を選んだ時点で縁は切れています」
「そ……そういう問題じゃないでしょう‼ だって、あなたはつまり──」
酸欠のようにぱくぱくと口を開け閉めしてしまう。
つまり、彼はまぎれもなく大貴族のご令息なのだ。まかり間違えばご領主様より格上の天上人である。道理でベッセラ邸でもまったく怖じ気づくことがないはずだ。あれだけ貴族を信用するなと言っていた当人が貴族の出とは。
言葉も出ない自分の妻に、グラタスは再びため息をついた。
「その反応を恐れたからです。神官だった頃はもとより、今の私は一介の師教です。あなたと結ばれることに際して余計な誤解を受けたくなかった」
思わずミラが後ずさると、彼はミラの手を引き寄せた。切れ長の目に見すえられ、ミラは一瞬息を止めた。真剣すぎるまなざしが怖い。
「いいですか? 何度でも言いますが、私はすでに一介の師教です。そしてあなたは私の妻です。それだけは変えられない事実です」
ミラのおびえに気がついたのか、グラタスは表情をやわらげた。
「でもまあ、あなたが私のためにわざわざ都へ呼ばれたことは、兄の身分もあったんでしょう。ヘリコニア家につながる者を簡単に死なせるわけにはいかなかった。ですから、私は自分などよりあなたのことが心配でした。あなたの術でどうにか事態を切り抜けたのはいいですが、口封じにでも及ばれてはと。……神殿で封じていたものが都を恐怖におとしいれるなど、あってはならないことですから」
彼の口から明かされた、思ってもいなかった自身の危機にミラはぽかんと口を開けた。あの時はただ思った通りにやるべき仕事をしたのだが、自分の知らない次元ではそんな思惑がうごめいていたのだ。
グラタスはにっこり微笑んだ。ミラの左手を両手で包み、薬指にはめられた指輪にふれる。
「ですが、あの事故の処理をした方々は大変に慈悲深く──あえて言うならお人好しばかりで、本当に助かりました。あわててあなたの行方を調べ、無事に帰ったと知った時には心から神に感謝しました。その後は下された自身の処分をふまえて身の回りの整理をし、できる限りの速さで村に赴任する手筈を整えたんです。……まあ、本当はあなたが帰らずにいてくれれば楽だったんですが」
最後にちくりと嫌味を言って、銀の指輪にキスをする。
「さて、午後の学校の時間です。取りよせた図鑑を見るために、早めに子供達が来るんです。そろそろ準備を始めないと」
まるで何事もなかったように彼はいすから立ち上がった。いつものようにミラの腰へと優しく腕を回して来る。
ミラは言葉を返せないまま、唇に彼のキスを受けた。いつまでたっても終わらない、その熱烈さに閉口する。少しの間離れるだけのあいさつにしては長すぎる。
ゆたかになった農村で、五人の子供にも恵まれ、二人はいつまでも幸せに暮らした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
137
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる