【完結】その村には人魚が沈んでいる

小波0073

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第二章 祭り

3.

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 俺は思わず苦笑いした。加世の中にある優先順位を垣間見たような気がしたからだ。
 話のついでに、加世はこの話題を持ち出すのか。ふと。思い出したように。
 自分があの時、彼女だけに打ち明けたこの計画を。
 俺は左右に首を振った。

「……できない。やっぱり俺にはできない」
「そう」

 加世はほっとため息をついた。

「そうよ。やっぱり怖い。できないわ。あなたと同じ、私もそうだったのよ。あなたとならって、一度は決心したけれど、怖くて……だから……」

 俺は唇の端で再び笑いを形作った。だから、加世は出て行ったのだ。この西浦への思いではなく、根底にある恐怖でもなく。今、自分が持っている物を失わずにすむために。

「もういい。……もうわかった。お婆様に会うんだろう、そろそろ行った方がいい。俺ももう、他に用事がある。大叔父に伝えてくれ、気を使わせて申し訳ないと」

 俺は事務的にそう言い捨てると、きびすを返して離れに向かった。だが。
 疲れたような加世の声が、行きかけた俺の足を止めた。

「大先生に言われたの。──私は子供を産めない体なんですって」

 俺は肩越しに加世を振り返り、人形のような顔を凝視した。

「……何だって?」

 つやのある薄い唇が、俺の問いかけにゆっくり動いた。

「昔から生理が不順で、よく体調を崩していたでしょう? 結婚して三年も経つのに赤ちゃんができる様子がないから、気休めのつもりで見ていただいたの。それが」

 俺はぼんやりと加世の唇を眺めていた。
 加世には子供が産めなかった。
 それは加世にも、西浦の血筋にとっても恐ろしい事実だ。

「洋輔さんは……公彦は知っているのか?」

 俺のあからさまにこわばった声音に、加世は首を横に振った。

「まだ、誰にも。大先生には、私から言うって……洋輔さんにも」

 加世の夫の人の良い顔が俺の脳裏に浮かび上がった。俺は加世に詰め寄った。

「どうして先に俺に言う!? 話す相手を間違うな! もうお前とは何の関わりもないんだぞ!?」
「何の関わりもないなんて……あなたがそんな」

 ──もうたくさんだ。こんな思いは。

 俺は加世に背を向けた。

「帰れ」
「貢生さ……」
「帰れ! 先に洋輔さんと公彦の二人に相談するんだな。俺への連絡は公彦にさせろ。そうでなければ取り合わない。帰れ。話はそれからだ!」
「待って、貢生さん!!」

 追いすがるように自分の名を呼ぶ加世をその場に残したまま、俺は早足に母屋へ向かった。門前で響く太鼓の音に、子供達の騒ぎ立てる声。うるさい。
 もう、何も聞きたくはなかった。
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