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第二章 祭り
35.
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「そうだな。俺は逃げたんだ。この村から」
しかし自身を振り返る、すでに澄み切った俺の思いとは違い、公彦は爆発しかけた不満を無理やり押しつぶすように言った。
「もういい。……今さら何を言ってももう遅い。じきに式は始まるんだ。行くぞ」
顔をそむけると、俺の腕を強く掴んで歩き出す。傷が引きつれ、俺は喉から漏れそうになる呻き声をこらえた。
*
太陽が上がるにつれて、容赦なく頭に照りつけて来る真夏並みの強い日差しに、あらかじめ会場を用意する者は額に汗をして働いていた。祭りの始まりに活気づく村の通りを横目で見ながら、俺と公彦は村人達に迎えられ、役場の広場に到着した。
会場で俺達は昨夜のことなどおくびにもださず、今まで行った打ち合わせ通りに式の手筈を整えた。何も知らない村人達は引きずる俺の右足と、厳重に周りを囲む青年団に、あからさまに不審そうな目でこちらの様子をうかがっている。中には知り合いの気安さで、顔見知りの青年に今の俺の状態を質問しているものもいた。
だが、きっと公彦達から緘口令が下されていたのだろう。彼らは曖昧に言葉をにごし、決して返事をすることはなかった。この様子から察するに、大叔父はあくまでも式だけは無事に終わらせて、大叔父への無理な引継ぎをなるべく穏便に済ませてしまいたいようだった。
大叔父の心持を想像し、俺は唇だけで笑った。
前回の時の引継ぎは、当主の急死に村は混乱しきっていた。また、強引に跡を継ごうとした大叔父に反発の声が起こり、村は本家と新宅をそれぞれ支持する二派に分かれた。村人達の言い争いで怪我人が出るほどの騒ぎを起こしてしまったのだ。
今回も俺が大叔父への引き継ぎに抵抗したら、前回本家を支持した者が俺をかばうだけでなく、きっと俺が大叔父に陥れられたのだと吹聴するだろう。
──こんな波乱含みの引継ぎが、すんなり行く方が無理というものだ。
式の時間が近づくにつれ、三々五々、村人が広場に集まり始めた。計画通りに手筈は済んで式を進める役者も揃った。俺は公彦にうながされ、足の痛みに耐えながらも広場の奥に作られている、紅白の布が周囲を覆う式の舞台の席に着いた。
舞台の上から見下ろす広場はきれいに掃き清められていた。昨日皆の手で組まれたやぐらも新しい当主にふさわしく、例年に比べてさらに立派な木材が使用されているようだった。そのやぐらの両端に、一際高く立てられている二本の細い鉄棒も、高さからしてどうやら毎年使用しているものではないらしい。
「貢生」
公彦に呼ばれ、俺は振り向いた。そして一瞬息をのむ。
「蓮子……」
舞台のすそから現れたのは、満場の周囲から注がれる視線に満足げにうなずいている大叔父と、そのすぐ後にしずしずと続くまぎれもない俺の婚約者だった。
しかし自身を振り返る、すでに澄み切った俺の思いとは違い、公彦は爆発しかけた不満を無理やり押しつぶすように言った。
「もういい。……今さら何を言ってももう遅い。じきに式は始まるんだ。行くぞ」
顔をそむけると、俺の腕を強く掴んで歩き出す。傷が引きつれ、俺は喉から漏れそうになる呻き声をこらえた。
*
太陽が上がるにつれて、容赦なく頭に照りつけて来る真夏並みの強い日差しに、あらかじめ会場を用意する者は額に汗をして働いていた。祭りの始まりに活気づく村の通りを横目で見ながら、俺と公彦は村人達に迎えられ、役場の広場に到着した。
会場で俺達は昨夜のことなどおくびにもださず、今まで行った打ち合わせ通りに式の手筈を整えた。何も知らない村人達は引きずる俺の右足と、厳重に周りを囲む青年団に、あからさまに不審そうな目でこちらの様子をうかがっている。中には知り合いの気安さで、顔見知りの青年に今の俺の状態を質問しているものもいた。
だが、きっと公彦達から緘口令が下されていたのだろう。彼らは曖昧に言葉をにごし、決して返事をすることはなかった。この様子から察するに、大叔父はあくまでも式だけは無事に終わらせて、大叔父への無理な引継ぎをなるべく穏便に済ませてしまいたいようだった。
大叔父の心持を想像し、俺は唇だけで笑った。
前回の時の引継ぎは、当主の急死に村は混乱しきっていた。また、強引に跡を継ごうとした大叔父に反発の声が起こり、村は本家と新宅をそれぞれ支持する二派に分かれた。村人達の言い争いで怪我人が出るほどの騒ぎを起こしてしまったのだ。
今回も俺が大叔父への引き継ぎに抵抗したら、前回本家を支持した者が俺をかばうだけでなく、きっと俺が大叔父に陥れられたのだと吹聴するだろう。
──こんな波乱含みの引継ぎが、すんなり行く方が無理というものだ。
式の時間が近づくにつれ、三々五々、村人が広場に集まり始めた。計画通りに手筈は済んで式を進める役者も揃った。俺は公彦にうながされ、足の痛みに耐えながらも広場の奥に作られている、紅白の布が周囲を覆う式の舞台の席に着いた。
舞台の上から見下ろす広場はきれいに掃き清められていた。昨日皆の手で組まれたやぐらも新しい当主にふさわしく、例年に比べてさらに立派な木材が使用されているようだった。そのやぐらの両端に、一際高く立てられている二本の細い鉄棒も、高さからしてどうやら毎年使用しているものではないらしい。
「貢生」
公彦に呼ばれ、俺は振り向いた。そして一瞬息をのむ。
「蓮子……」
舞台のすそから現れたのは、満場の周囲から注がれる視線に満足げにうなずいている大叔父と、そのすぐ後にしずしずと続くまぎれもない俺の婚約者だった。
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