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第二章 おもちゃの密室
30.
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僕は例の街灯を見上げ、笑香の帰りを待っていた。ちかちか光るまたたきは、まるで笑香に注意を呼びかけているようだ。
家の塀に背中を押しつけ、僕は汗ばんだ手の中にある自分の凶器を握りしめた。
僕は五百ミリリットル入りのペットボトルを二本持っていた。重さと汗でボトルがすべり、僕は大事な最後の武器を脇に抱え込むように持ち直した。
早く帰って来てくれないとジュースが温まってしまう。
目的はすぐにやって来た。街灯の下に浮かび上がる、見間違いようのない影。塀によりかかった僕を見つけて制服姿が立ちすくむ。
僕はにっこりと微笑んだ。
「……おかえり」
笑香は唇を結んだ。狙われた草食動物のように、笑香が警戒しているのを感じる。
僕は全身の注意を払い、笑香へ正体を明かす以前の優しい微笑みを浮かべていた。いつも笑香を見守っていたおだやかなまなざしを向けてやる。
「どうして……」
笑香はつぶやいた。黒い双眸がさぐるようにして僕の反応を見つめている。
僕はわずかに視線を下げて、やるせない表情をして見せた。
「ごめん。──今さらこんなことを言ったって、許してもらえないことくらいわかってる。ただ、最後にもう一度だけ君と話がしたかった」
すがるような声の響きに、笑香が明らかに動揺した。
「だって、二度と顔を見せるなって史郎君が言ったじゃない」
僕は内心ほくそ笑み、だがその思いを決して笑香にさとられないよう、きつく唇を噛みしめた。
「うん。わかってる。だから、ごめん」
笑香は僕を上目づかいに見上げた。
「そんな、今さら……!」
つぶやきかけて、ふいと僕から顔をそむける。
「もう帰るから」
僕の前から身をひるがえし、家の中に入ろうとする笑香の腕を僕が捕らえた。
一瞬笑香の表情が僕への恐怖に引きゆがむ。だが僕の必死の演技に、笑香は振り払う手を止めた。
「話を聞いてくれるだけでいいんだ。ほんの少し。一分でもいい、僕に話をさせてくれ」
僕の引き絞るような声音に笑香が憐憫の色を見せた。冷たい態度を取ってしまった罪悪感さえ見受けられ、僕は勝利を確信した。
「……わかった。少しだけね」
「ありがとう」
僕はまるで包み込むような、昔の優しい笑みを浮かべた。笑香が呆けた表情で僕の完璧な笑顔を見ている。笑香の腕から手を放し、僕は照れくさそうに続けた。
「よかったら、これ飲んで。喉かわいただろ?」
僕は手の中の凶器を見せた。何の変哲もないオレンジジュース。だが、僕には見分けがつくよう、自分の分には外装のビニールがほんの少しだけはがしてある。
自分のジュースを脇に抱えて、僕は笑香のジュースを持つときつく締まったふたを開けてやった。もともとふたが開いていたことなど笑香に気づかせないように。
笑香は気の利いた僕の行為に少しはにかんだ笑顔を見せた。何か月ぶりかで僕に向けられた、大好きな笑香のあの笑顔。
笑香はジュースを受け取ると、何の疑いも浮かべずにその飲み口を唇に運んだ。
家の塀に背中を押しつけ、僕は汗ばんだ手の中にある自分の凶器を握りしめた。
僕は五百ミリリットル入りのペットボトルを二本持っていた。重さと汗でボトルがすべり、僕は大事な最後の武器を脇に抱え込むように持ち直した。
早く帰って来てくれないとジュースが温まってしまう。
目的はすぐにやって来た。街灯の下に浮かび上がる、見間違いようのない影。塀によりかかった僕を見つけて制服姿が立ちすくむ。
僕はにっこりと微笑んだ。
「……おかえり」
笑香は唇を結んだ。狙われた草食動物のように、笑香が警戒しているのを感じる。
僕は全身の注意を払い、笑香へ正体を明かす以前の優しい微笑みを浮かべていた。いつも笑香を見守っていたおだやかなまなざしを向けてやる。
「どうして……」
笑香はつぶやいた。黒い双眸がさぐるようにして僕の反応を見つめている。
僕はわずかに視線を下げて、やるせない表情をして見せた。
「ごめん。──今さらこんなことを言ったって、許してもらえないことくらいわかってる。ただ、最後にもう一度だけ君と話がしたかった」
すがるような声の響きに、笑香が明らかに動揺した。
「だって、二度と顔を見せるなって史郎君が言ったじゃない」
僕は内心ほくそ笑み、だがその思いを決して笑香にさとられないよう、きつく唇を噛みしめた。
「うん。わかってる。だから、ごめん」
笑香は僕を上目づかいに見上げた。
「そんな、今さら……!」
つぶやきかけて、ふいと僕から顔をそむける。
「もう帰るから」
僕の前から身をひるがえし、家の中に入ろうとする笑香の腕を僕が捕らえた。
一瞬笑香の表情が僕への恐怖に引きゆがむ。だが僕の必死の演技に、笑香は振り払う手を止めた。
「話を聞いてくれるだけでいいんだ。ほんの少し。一分でもいい、僕に話をさせてくれ」
僕の引き絞るような声音に笑香が憐憫の色を見せた。冷たい態度を取ってしまった罪悪感さえ見受けられ、僕は勝利を確信した。
「……わかった。少しだけね」
「ありがとう」
僕はまるで包み込むような、昔の優しい笑みを浮かべた。笑香が呆けた表情で僕の完璧な笑顔を見ている。笑香の腕から手を放し、僕は照れくさそうに続けた。
「よかったら、これ飲んで。喉かわいただろ?」
僕は手の中の凶器を見せた。何の変哲もないオレンジジュース。だが、僕には見分けがつくよう、自分の分には外装のビニールがほんの少しだけはがしてある。
自分のジュースを脇に抱えて、僕は笑香のジュースを持つときつく締まったふたを開けてやった。もともとふたが開いていたことなど笑香に気づかせないように。
笑香は気の利いた僕の行為に少しはにかんだ笑顔を見せた。何か月ぶりかで僕に向けられた、大好きな笑香のあの笑顔。
笑香はジュースを受け取ると、何の疑いも浮かべずにその飲み口を唇に運んだ。
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