【完結】優等生の幼なじみは私をねらう異常者でした。

小波0073

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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人

36.柳沢笑香の完璧な恋人 36

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 つかんでいた肩から手を離し、史郎はゆっくりとベッドから離れた。まるで喉元を押さえつけられたような、しわがれた声で笑香に告げる。

「君はここで寝ろ。僕は今日はリビングで寝るから。……お休み」

 明らかに傷ついているうつむいた彼の双眸に、今まで冷淡に史郎を見ていたはずの笑香は、ふと胸が痛くなった。
 部屋を出る時、最後に史郎が笑香を振り返って言った。

「僕だって子供の頃、あんな経験したくなかったよ。全部君とが初めてだったら良かったのに」

 悲痛な響きのこもった言葉を残して史郎は姿を消した。

     *

 かちかちと、史郎の部屋にかけられた時計の秒針が鳴っている。その規則正しい響きを聞きながら、笑香は暗闇でじっと息を殺していた。
 電気を消してはみたものの全く眠れる気はしなかった。秒針の音が気になるが、部屋の主である史郎はこの音が気にならないらしい。

『時間が動いてる気がする。そのうち朝になるだろうって気がするから』

 以前笑香が、秒針の音が苦手だと語った際に彼が話していた言葉。それは史郎が暗い部屋の中で、まるで時が止まってしまったような思いを抱えていたことを意味していた。

 笑香は腹を立てていた。誰でもない、自分自身にだ。史郎に過去の経験を教えろと言ったのは自分だし、彼は正直に笑香に話した。内容は確かにショックだったが史郎が悪い訳ではないし、むしろ彼は被害者のようだ。それなのに、なぜこんなにも自分は彼を許せない気がするのだろう?

 時計の針が動く中、いつもは史郎が眠っているはずのベッドの上で、笑香は初めて見る暗がりをただひたすら眺め続けていた。
 不意に笑香は起き上がった。ちりちりと胸が焦げるような、あせりさえ感じる痛み。これは……。
 やっと笑香は気がついた。これは、つまり嫉妬だ。

「──なんだ」

 思わず笑香は苦笑した。どうして気がつかなかったのだろう。笑香が会ったこともない、むしろ史郎本人でさえ嫌な思い出だとさげすんで、すでに忘れていた人間に自分は嫉妬をしていたのだ。
 自分は何でも史郎のことをわかっていると信じていた、そんな思い上がりにも似た感情に、笑香は自身を深く恥じた。

──史郎君に悪いことをしちゃった。

 笑香は罪悪感にとらわれた。
 彼はちっとも悪くなかった。悪いのは自分の狭量な心だ。それさえわかれば、後は史郎にそのことを伝えて正直に謝ればいい。きっと史郎は苦笑して、今は笑香だけだということを改めて教えてくれるだろう。

 笑香はベッドから下りた。部屋の主の姿を探し、ドアを開いて廊下を急ぐ。
 リビングに続く扉を開くと、先ほど二人が腰かけていたソファの上に横になり、史郎がこちらに背を向けていた。湯浅が使っているものらしい毛布を肩までかけている。
 毛布に覆われたその背中は、まるで泣いているように思えた。
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