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番外編1 柳沢笑香の完璧な恋人
58.懐古八景 18
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「それじゃあ俺は帰るけど。来月の話、忘れるなよ」
桜田が念を押した後、くるりとその場できびすを返す。
「桜田さんは一緒に食べないんですか?」
桜田も共に食事をするものだとてっきり思い込んでいた笑香は、ジャージの背中にあわてて言った。
桜田が振り返って笑った。
「時間もないし、邪魔する気もない。大体これ以上一緒にいたら水嶋が機嫌悪くなるだろ。後で面倒くさいんだよ」
史郎のことをよくわかっている桜田の物堅い振る舞いに、笑香はますます好感度を上げた。
──史郎君にはもったいない。
角を曲がって姿を消した軽快な背中を見送ると、史郎がむすっとして言った。
「今、僕にはもったいないって思っただろ」
とげのある声で心中の自分のつぶやきを当てられて、笑香が思わずぎくりとする。脇に立っている史郎を見上げると、彼は口元を引き結び、腕組みをして宣言した。
「もうあいつは君と会わせないことにする。君を見せるって目的は果たしたし、他に会わせる用はない」
「史郎君、やっぱり性格悪い」
あきれて笑香が一言こぼすと、史郎はきっぱり言い切った。
「誰に何と言われようとも、極力悪い可能性がある事柄は排除する。それが波風の立たない人生を送るための鉄則だ」
笑香は小さく息を落とした。史郎の生活信条に今さら口を出す気はないが、今後も彼とつきあう上で、改めて自分にもそれなりの覚悟が必要なことを思い知る。
店舗の入り口へと向かいかけた史郎に、笑香は急いでその後を追った。
「そういえば、史郎君。さっきの忘れ物をしたとかって話……」
ふと、先ほど耳にした史郎に関する珍しいエピソードを思い出し、笑香は本人の背中にたずねた。
すると振り返った史郎は大きく頬を引きつらせた。笑香はさらに首をかしげた。
「史郎君がドアにぶつかるって、編入した時何があったの?」
笑香の素朴な質問に、史郎は苦虫を嚙み潰したような顔つきをして口を開いた。
「おじさんの四十九日の後、何があったのかよく思い出してみろよ」
──四十九日。
笑香は両目を上によせ、記憶を思い返そうとしてはたとその場で立ち止まった。自分の顔が一気にほてり、耳たぶまで熱くなる。
史郎がため息交じりに続けた。
「あの後、一週間はあの時のことで頭がいっぱいで、何も手につかなくて……。とにかく大変だったんだよ。自分を作るどころじゃなくて、授業中もぼんやりしてたから、クラスのやつらに思ったよりもボケた編入生だって思われたらしくて。──まあ今考えれば、逆にそれが良かったんだと思う。結局それで桜田とか他の連中に色々聞いたり、借りたりするきっかけができたから」
「あ、ああ、そう。それなら、まあよかった」
笑香が頬に両手を当ててどもるようにして答えると、史郎は小さく肩をすくめた。
「桜田のやつ、僕がやっと落ち着いた頃になって、『俺、だまされた』とか言い出しやがった。こっちにそんな余裕があるか」
笑香はぷっと吹き出した。史郎ににらまれ、あわてて口元を手でふさぐ。
史郎は再度嘆息すると、あらためて店へ歩き出した。
桜田が念を押した後、くるりとその場できびすを返す。
「桜田さんは一緒に食べないんですか?」
桜田も共に食事をするものだとてっきり思い込んでいた笑香は、ジャージの背中にあわてて言った。
桜田が振り返って笑った。
「時間もないし、邪魔する気もない。大体これ以上一緒にいたら水嶋が機嫌悪くなるだろ。後で面倒くさいんだよ」
史郎のことをよくわかっている桜田の物堅い振る舞いに、笑香はますます好感度を上げた。
──史郎君にはもったいない。
角を曲がって姿を消した軽快な背中を見送ると、史郎がむすっとして言った。
「今、僕にはもったいないって思っただろ」
とげのある声で心中の自分のつぶやきを当てられて、笑香が思わずぎくりとする。脇に立っている史郎を見上げると、彼は口元を引き結び、腕組みをして宣言した。
「もうあいつは君と会わせないことにする。君を見せるって目的は果たしたし、他に会わせる用はない」
「史郎君、やっぱり性格悪い」
あきれて笑香が一言こぼすと、史郎はきっぱり言い切った。
「誰に何と言われようとも、極力悪い可能性がある事柄は排除する。それが波風の立たない人生を送るための鉄則だ」
笑香は小さく息を落とした。史郎の生活信条に今さら口を出す気はないが、今後も彼とつきあう上で、改めて自分にもそれなりの覚悟が必要なことを思い知る。
店舗の入り口へと向かいかけた史郎に、笑香は急いでその後を追った。
「そういえば、史郎君。さっきの忘れ物をしたとかって話……」
ふと、先ほど耳にした史郎に関する珍しいエピソードを思い出し、笑香は本人の背中にたずねた。
すると振り返った史郎は大きく頬を引きつらせた。笑香はさらに首をかしげた。
「史郎君がドアにぶつかるって、編入した時何があったの?」
笑香の素朴な質問に、史郎は苦虫を嚙み潰したような顔つきをして口を開いた。
「おじさんの四十九日の後、何があったのかよく思い出してみろよ」
──四十九日。
笑香は両目を上によせ、記憶を思い返そうとしてはたとその場で立ち止まった。自分の顔が一気にほてり、耳たぶまで熱くなる。
史郎がため息交じりに続けた。
「あの後、一週間はあの時のことで頭がいっぱいで、何も手につかなくて……。とにかく大変だったんだよ。自分を作るどころじゃなくて、授業中もぼんやりしてたから、クラスのやつらに思ったよりもボケた編入生だって思われたらしくて。──まあ今考えれば、逆にそれが良かったんだと思う。結局それで桜田とか他の連中に色々聞いたり、借りたりするきっかけができたから」
「あ、ああ、そう。それなら、まあよかった」
笑香が頬に両手を当ててどもるようにして答えると、史郎は小さく肩をすくめた。
「桜田のやつ、僕がやっと落ち着いた頃になって、『俺、だまされた』とか言い出しやがった。こっちにそんな余裕があるか」
笑香はぷっと吹き出した。史郎ににらまれ、あわてて口元を手でふさぐ。
史郎は再度嘆息すると、あらためて店へ歩き出した。
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