【完結】インキュバスな彼

小波0073

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第二章 バレた後

9.

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 オカルトじみた内容にみのりは背中がぞわぞわした。そんなみのりの様子を見ながら雄基は小さく肩をすくめた。

「だったらすぐにそんなもの、捨てれば良かったのにと思うだろ? でも、それもできなかった。『捨てられない』って思わされたのも何となくあるような気がする。──だけど、やっぱり言われた話は俺にとって魅力的だった」

 渡したものが「夢魔インキュバスの指輪」だと雄基に教えたその老婆は、やはり楽しげに続けたそうだ。

──使い方は簡単だ。それを指にはめて寝ればいい。それを使えば、あんたは夢であんたの思い人に会える。ただの夢なんかじゃないよ、相手も同じ夢を見てるんだ。相手はあんたの思いのままで、相手にはあんたがわからない。──そんな不埒なまねはできない? 大丈夫、これはきっかけさ。私が見たところ、願いはかなうよ。あんたは一押しすればいい。きっと相手はあんたのとりこだ。

 雄基が語った老婆の様子にホラーが苦手なみのりはたじろぎ、自分の横に鎮座していたセミダブルのベッドにおののいた。まだ持っていたペットボトルをその場に落としそうになる。
 雄基はみのりの反応に苦笑し、落ち着いた声で言葉を重ねた。

「もちろん、初めは信じてなかった。だから使う気なんかなかったし、引き出しの中にしまっておいた。でも、やっぱり気になるんだ。さんざん考えた末に、何だか急に馬鹿らしくなってきて。一度ためしてみればそんなもの、すぐにうそだってわかるだろうって──結局使ってみることにした」

 みのりはごくんと息をのんだ。
 その後のことは自分も知っている。突然夢に現れた影はためらいながらもみのりに迫り、困惑しつつもみのりが受け入れると、ひどく感激したように力いっぱい抱きしめて来た。
 雄基は後ろめたそうな表情で、わずかにラグに視線を落とした。言い訳がましい口調で続ける。

「一ノ瀬も知ってると思うけど。気がついたらもうあの状態で、一ノ瀬と夢の中にいた。婆さんに最初に言われた通り、一ノ瀬は俺が俺だって全然わからないみたいだった。本当に会えるとは思わなくて、つい──その、うれしくて。思いが通じるとかって話だったし、な……何も着てない一ノ瀬に興奮して、その……」

──いきなり押し倒そうとしたんですね。

 何だか遠い目になって、みのりはあの時のことを思い出した。
  はじめは激しく拒否したみのりに、影は動揺をまる出しにしていた。あの時の彼のあわてた様子を今あらためて思い出す。
 話が違う! とかきっと思ったんだろうなあ、と同情する目で雄基を見ると、彼は深々とため息をついた。

「とにかくまあ、夢で一ノ瀬に会えて。目が覚めて本当に驚いた。本当にこんなことがあるのかと──それでもまだ半信半疑で、その日は一日中ずっと夢の中のことを考えてた。ちょうど教室がある日だったから、いても立ってもいられなくて。一ノ瀬も同じ夢を見たのか、早く話が聞きたくておかしくなりそうだった。でも本物の一ノ瀬の顔を見たら、全然いつもと変わらなくて。あんな話をいきなり切り出してたずねることもできないし、ただの夢だって言われるかもしれない。どうしていいかわからなくて……」

 そりゃそうだろう。だって、こっちはただの夢で──おかしな夢を見たせいで、スキル「エロい」を手に入れただけで、まさか雄基が同じ夢を見ていたなんて思いもしない。
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